イマジナリーフレンド

田無 竜

「イマジナリーフレンド」

 物心ついた時から、人間という存在が怖かった。


「こんにちはー。お名前は何て言うのかなー?」


 手を伸ばしてくる保育士の笑顔が怖かった。

 優しく俺の背を押してくれる両親も怖かった。

 共に遊ぼうと言ってくる他の子ども達も当然怖かった。

 同じ人間として生まれたはずなのに、俺はとにかく人間が怖かったのだ。


     *


十四年後


友利ゆうりー。ご飯よー」

 母の声を聞いて俺はベッドから起き上がる。

 返事は一階に降りてからする。俺はそんなに大きな声を出せないからだ。


『返事したげなよ。お母さんが可哀想』


 ベッドの方からそんな声が聞こえてきた。

 ……いや、実際には聞こえていない。

 ベッドの方には誰もいない。


(俺は一階に届くような声を出せないんだ。分かってるだろ?)

『分かってるよ。でも形だけさ』

(そんなの……何の意味も無い)

『もぉ。しょうがないなぁ』


 俺は会話をしているようで何一つ口には出していない。

 全部心の声だ。そう、『彼女』の声も。


(……じゃあまた)

『うん。またね』


 部屋の扉を閉じる前に俺は電気を消した。

 当たり前だ。中にはもう誰もいないんだから。

 そして俺は何食わぬ顔でいつも通り居間に夕飯を頂きに向かう。

 ……と思ったら、目の前に妹がいた。


「ご飯だってよ。友利」

「……聞こえた」

「え? 何て?」

「……今行くよ」

「お前声ちっさいんだってば!」


 痛い。

 腿を蹴られた。

 しかしこれは声の小さい俺が悪い……のか?


「つーか今誰かと話してなかった?」

「……いや」

「だから声! ちっさい!」


     *


草創そうそう学園付属高等学校


 啓生友利けいせいゆうり

 その名前の気に入っているところは、大体一学期の座席が出席番号順のために、どちらかと言えば出入り口側に近い席になることが多いという点だ。

 しかし今の俺の席は、一度の席替えの末その逆の一番出入り口から遠い席……窓側の最後部になってしまっていた。

 絵になる席ではあるが、ここは実は一番教師が目に付く席であり、おまけに転校性などが来たときには必ず俺の後ろに席を構えることになる。

 人付き合いの苦手な俺にとっては正直苦しいことこの上ないだろう。


『ねぇ部活入んないの? 入ろうよ。折角の高校生活だよ? 青春だよ? 一度きりのオンリーワンなんだよ?』

(うるさいなぁ。俺に部活なんて出来るわけないだろ。コミュニケーションが不可能なのに)

『やれば出来る!』

(やらないから出来ない)

『やろうとしないと!』

(それが出来ないんだよ)


 俺と『彼女』の会話は誰にも聞こえることはない。

 しかし、俺にだけは一言一句良く聞こえている。


(というかさ、そろそろその席に座るの止めてよ)


 今『彼女』は俺の隣の席に座っていた……という設定。

 俺は律儀にもその設定を守って隣の席を見つめていた。

 しかし、もしこの姿を周りの人が見たら、俺がこの席の人に何か用事があるのではないかと思われてしまう。


『良いよ。ってかさ、その席じゃなくて誰の席かちゃんと言いなよ』

(……)

『覚えてないんだ!? 隣の席の子の名前も!?』

(いや違うよ! 今思い出す。えっと……お、岡崎……? いや、岡野さん!)

『正解かどうか分からない……』

(そりゃそうだ。だってフレン、お前はここにいるけどいない存在。俺の……イマジナリーフレンドなんだから)

『……』


 そう、彼女の名前はフレン。

 俺のイマジナリーフレンド。

 誰とも話さないし話せない俺がいつも一緒に過ごしている……という設定の、妄想の存在。

 俺は精神に異常をきたしているわけでもないので、彼女が俺の頭の中にしか存在しないことをきちんと理解している。

 だから心の中でしか彼女と会話はしないし、周りに心配されたくないので彼女のことは誰にも言うつもりはない。


     *


「体育祭の種目決めしまーす」


 そんなことをクラスの体育祭実行委員が言い出した。

 担任の先生は職員室に戻ってしまい、今はクラスのみんながそれなりにざわついている。


『どうする? 友利は』


 今彼女は俺の斜め後ろの窓枠に座っている……という設定。

 俺は周りに変に思われないために前を向いている。

 いや嘘だ。前向きになれない俺は下を向いている。


(……当然百メートル走だな)

『どうして?』

(決まってる。個人競技だからさ。俺が周りに合わせることなんて出来ると思うか? いや不可能だね)

『リレーは強制参加だけど……』

(……それは甘んじて受け入れるしかない。まあでも人数が多ければ俺の責任も減るしそこまで悪くはないよ。最悪なのは二人三脚だな。これだけは論外。絶対にこれだけは避けないと)

『どうしてさ』

(いやいや当たり前だろ? 二人で仲良く一緒に走るとか、友達のいない俺が一体誰とやるのさ! 怖くて無理!)

『……そんなに怖いの? みんな優しい人だよ?』

(……分かってるよ。分かってるけど……怖いんだよ)


 俺は物心ついた時からフレンと一緒だった。

 時を同じくして、その頃から自分以外の全ての人間が怖くなった。

 その理由は分からない。

 とにかく、それ以降俺は、他人はもちろん家族とすら最小限の会話しかしなくなったのだ。


「まだ手挙げてない人―」

「!?」


 体育祭実行委員の声を聞いて俺が顔を上げると、既に種目のほとんどが埋まっていた。

 どうやら俺は機を逸したらしい。


『やっちゃたねぇ』

(まずい……どうしよう。もう百メートル走埋まってんじゃん!)

『他の競技でいいじゃん』

(そうだな……綱引きとか玉入れなら何とかなるか……)

『うーん、せめて人数の多いとこが良いよね』

(ああ。とにかく責任逃れ出来るのが良いな)


 俺は手を挙げて立候補をしようとする。

 ……が、上がらない。腕が上がらない。

 だって俺がここで手を挙げたら間違いなく注目を浴びる。そんなのは怖いじゃないか。

 授業中ならまだ大丈夫なんだ。だって、俺の発言を聞くのは先生だけで、みんな明らかに俺には目を向けていないから。いやまあそれでもきついのは確かだけど。

 でもそれより今はもっと駄目だ。きつ過ぎて比べ物にならない。

 壇上に上がって進行を進める体育祭実行委員の二人には敬意を表すよ。


「えっと…………あ。啓生君、まだ手挙げてないよね?」

「……!」


 流石にこの席は壇上からよく見えるか。

 話を振ってくれた実行委員に感謝しよう。

 聞いてくれ。俺は――。


「二人三脚でも良い?」

「……」


 俺は弱い。

 頼まれたら断れない優しい性格なのだ。

 気が付いたら俺は、それはそれは分かりやすく大きめに頷いていた。


「あと手を挙げてないのは……代永よながさん? 二人三脚でも良い?」


 いやいや良くないだろ。

 冷静に考えたら何で二人三脚を押し付けられているんだ、俺達手を挙げてない人間は。

 冷静になって黒板を見ると、どうやら俺とその代永さん以外は皆すでに希望を挙げているらしい。

 それによって他競技は埋まっていて、よくよく見たら埋まってない競技は二人三脚だけ。

 だからこそ実行委員の彼らは『二人三脚でも良い?』と一応聞いたのだ。

 それで頷いてくれたらこの先の希望人数が飽和している競技の話し合いがスムーズに進むから。

 あと嫌なら断ればいいだけだし……。俺はそれが出来ないけどね。


「ありがとう代永さん!」


 どうやら代永さんも俺と同じ様に頷いたようだ。

 ……うん?

 待てよ……。


『ねぇ友利。これ……』

(ああ。このままだと彼女は俺と二人三脚を組むことになる。彼女はそれを分かってるのか?)


 見たところ代永さんはヘッドフォンを装着している。話し合いに興味も無いのか?

 他の二人三脚希望者はペアで立候補しているようだし、俺と彼女が組むのは間違いない。


 ……え? ホントに良いのか? 

 ……良いの?


     *


 話し合いが終わると代永さんは俺の机の方に向かってきた。

 一緒に二人三脚をするのだから練習とかもしないといけない。俺達はこれから交流をしなくてはならないのだ。

 どうしよう。怖い怖い怖い。


『深呼吸して友利。はい。スー、ハー。スー、ハー』

(スー、ハー。スー、ハー)

『いや心の中でしてどうすんの』


 分かってる。でももう彼女は目の前に来ていてうわ怖いどうしようどうしよう。


「啓生君」

「ひゃい」


 声が上擦った。


「うちらは練習しなくて良いよね?」

「へ?」

「じゃ」

「……」


 有無を言わせぬ圧力で交流を断られた。

 もしかして俺は嫌われているのだろうか。

 いや、それも仕方ない。だって俺暗いし無口だし何考えてるか分からないし二人で練習とか嫌だろ普通。


『卑屈にならない』

(うるさい。でも……一瞬でも青春的なアレを期待した俺が馬鹿だった。代永さんはただメンドくさがりなだけだな……)

『私がいるよ!』

(フレンは俺じゃん。所詮は俺の妄想……それ以上の存在じゃないだろ?)

『……まあね』


 妄想と恋をするほど俺はおかしくなっていない。

 そうだ。俺ももう高校生。現実を見ないといけないんだ。

 現実を……。

 ……せめてリレーの練習はした方が良いかな。みんなに迷惑かけたくないし。


     *


数日後 校舎裏


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」


『大丈夫? 友利』


 大丈夫じゃない。

 俺は何故放課後になって一人で校舎裏で走り回っているんだ?

 周囲から見たら怪しいことこの上ないじゃないか。

 いや……よく見たら他にも体育祭の練習をしている人はいる。

 グラウンドを使っている者もいれば中庭を利用している者もいる。

 そしてこの校舎裏にも大繩やら二人三脚の段取り確認やらをしている人がいた。

 ちなみに俺が今練習しているのはリレーのスタートダッシュだ。


『意味あるの? これ』

(……無いかも。どうせ一夜漬けみたいに練習したところで毎日練習している運動部のように上達はしない)

『だったら何の為の練習?』

(……リレーにはバトンの受け渡しがある。そこでミスったら反則負けもあり得るんだ。俺は……せめてみんなに迷惑かけたくない)

『本音は?』

(みんなに怒られるのが怖い。俺の所為で体育祭を台無しにされたって言われたら不登校になるかもしれない。だからせめてそつなくこなしたい)

『よぅし! じゃあ私が協力しよう!』


 というわけで、俺はフレンからバトンを受け取るという体で、バトンの受け渡しの練習を一人で行うことにした。

 彼女がバトンを渡してくれるという風にイメージしながら、走り出しを練習する。

 ……傍から見たら少し変かもしれないな。


『良い感じじゃない!?』

(どうだろう……まあ、イメージは出来たな)

『転ばないようにね』

(それだけはマジで気を付けたい。大戦犯になって晒し首確定だよ)

『大丈夫大丈夫! 転ばないようにもうちょっと走り出しのイメージ付けとこ!』

(……うん)


 こうしてフレンから元気づけられているが、全部俺の一人芝居だ。

 結局のところ俺を応援してくれているのは俺だけで、俺の努力を見てくれている人も俺だけ。

 いや、まあそれで良いんだけど。

 だからこそ俺はフレンから卒業できないんだろうな……。


     *


体育祭 当日


 ついに二人三脚の時が来た。

 俺は心臓をばくつかせつつ出場の順番に並んだ。

 隣には代永さんがいる。

 フレンは今浮いている……という設定。


「これどう結ぼう」


 代永さんが手ぬぐいを握りながら言った。

 これは二人の足を一つにするために必要な物だ。


「か、固結びで良いんじゃないかな……」


 語尾が小さくなる。果たして彼女には聞こえていただろうか。


「こう?」

「あ……八の字に交差させながらが良いらしくて……」

「……ありがとう。初めの一歩はどっちの足が良い?」

「あ……そ、外側からが良いって聞いたけど……」

「……じゃあそんな感じで」


 俺はこの日のために一応二人三脚のコツを調べてきた。

 もっとも、俺から率先して伝えることは出来ないけど。


「……」


 何だ? 代永さんが下を向いている。

 あ。アレか? やっぱり俺と一緒に走るとか嫌? どうしようごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


「……ごめん」

「へ?」

「……練習しておけば良かったね。一回くらい」

「え? い、いや、いや、だ、だいじょ、大丈夫だよ。はは……」


 俺がどもっていると、代永さんは何故か小さく笑った。


「啓生君は練習してたもんね。一人きりで」

「え!?」

「……啓生君って、意外とそういう人なんだね」


 体中が熱くなる。きっと今の俺はタコのように真っ赤だろう。

 まさか代永さんが俺の恥ずかしい練習風景を見ていたとは……。

 こんなこと今までなかったのに……。


「体育祭とか面倒に思ってたけど……頑張るよ私」

「……!」


 この体育祭、俺はこれ以降フレンと一度も言葉を交わさなかった。

 代永さんと俺が一位を取ってしまったことが契機だったかもしれない。

 俺はクラスのみんなと一緒に応援に精を出していた。

 声は全然張れないけど、みんな体育祭の空気に当てられて俺みたいな奴にも気さくに話しかけてくれる。

 その所為で俺は妄想の世界に入ることが出来ず、ずっとずっと、みんなと共に体育祭に全力で取り組んでしまったのだ。


     *


数時間後 


 体育祭が終わると、何故か打ち上げという話になった。

 正直……冗談じゃない。

 俺みたいな人間にそんな陽気なことは出来ない。出来るはずがない。

 いや、でも……今の俺なら出来るのか?

 でも……。


「啓生君」


 声を掛けてくれたのは代永さんだ。


「行くよね? 打ち上げ」


 彼女は優しく俺に微笑んでくれた。

 俺は……そんな顔を向けられるような男じゃないなのに。

 駄目なんだよ。

 怖いんだよ。

 何が怖いのか分からないけど……俺は怖くて怖くてしょうがないんだよ。


「啓生君?」


 俺は、気が付いたら走ってその場から逃げてしまっていた。

 恐ろしい何かから必死になって逃げだしたのだ。

 彼女がどんな顔をしていたかは分からない。

 ああ、しかも最悪のタイミングだった。

 打ち上げの話を教えてくれたのは代永さんで、俺に連絡先を交換しようと言い出して、俺が走り出したのはそこから間もなくのことだった。

 体育祭が終わってすぐ帰ればこうはならなかった。

 俺は下心満載で代永さんから話しかけてくれたことに期待してしまい、そこから先のことを何も考えていなかったんだ。

 連絡先だけ交換してすぐ走り出した所為で、彼女はきっと俺のことを気持ち悪いと思ったに違いない。

 周りに何人かいたし、この後陰口も言われるはずだ

 体育祭はうちのクラスの組が優勝したのに……もう何もかも滅茶苦茶だ。


     *


啓生宅


 俺はいつの間にか家にいた。

 ベッドに仰向けになると――彼女が現れた。


『やらかしたねぇ』

(フレン……)

『午前中振り? 午後はずっと私と話してくれなかったね』

(……そうなんだよ)


 俺はもう、自分が何を恐れているか気付いていた。

 いや、もしかしたら……初めから気付いていたのかもしれない。


『どうして逃げちゃったの?』

(……怖かったんだ)

『何が?』

(俺は……)


 俺は、ベッドから起き上がっていないはずの彼女を見つめた。

 そして――。


「お前を失うのが怖かったんだ! 俺はずっと、ずっと、お前との会話を妄想する時間が何よりも大切だったんだ! だから誰とも話せなくなった! その時間がお前との会話を妄想する時間を奪うから! 今日みたいにみんなと上手くやってしまうと……お前が必要でなくなってしまう……。俺はそのことが怖くて怖くてしょうがなかったんだ!」


 果たして誰がこんな俺の気持ちを理解できるだろう。

 他の人にだって誰にでもある一番大切な事柄……俺にとってはそれが、『妄想』だったという話なのだ。

 こんな滑稽な話があるか?

 こんな下らないことのために他人を拒絶して怖がって……。俺は……俺はどうかしている……。


『そんなことないよ』

「お前に何が分かるんだよ」

『分かるよ』


 フレンはまっさらな笑顔を向けてくれた。


『だって……私は……』


 ああ……そうだ。彼女は……。


「『俺なんだから……』」


 俺が恐れていたのは人間じゃない。

 俺はずっと、人間という現実の存在に俺の妄想の存在を奪われるのを恐れていたんだ。

 でも俺は選ばなくてはいけない。

 今の俺は高校一年生。いつまでも子どもではいられない。

 そろそろ現実と向き合うべきなんじゃないだろうか。


『大丈夫だと思うよ?』

(……どういう意味だよ)


 その時、俺のケータイが音を鳴らした。

 俺のケータイが音を鳴らすことなど滅多に無い。

 すぐに俺はその音の理由を確かめた。


「……代永さん……?」


 急いで応答のボタンを押す。


『……あ。啓生君?』

「代永さん……」

『えっと……大丈夫?』

「……ご、ごめんなさい。その……」

『今ね、みんなでレストランいるの。まあみんなって言ってもクラスの何人かだけど……』


     *


レストラン『みやび』


「代永、誰と電話してんのー? 彼氏―?」

「うるさい」


 彼女はクラスメイトを無視して友利との電話を続ける。

 友利の一人での練習風景を見た彼女は、自然と彼のことが気になっていた。


「良かったら来なよ。啓生君……頑張ってたからさ」

『……でも……迷惑だし……』

「そんなことないよ。みんな待ってるよ」

『……俺は……駄目なんだよ……』

「だからそんなことないって」

『俺はまだ悩んでるんだ……。俺は……妄想が好きで、現実を見る時間がもったいないと思ってしまうどうしようもない奴なんだ。もう高校生なのに妄想を捨てることが出来なくて……だから……そっちにはいけなくて……』


 ハッキリ言って彼女には友利が何を言っているのかまるで分らない。

 しかし、今の彼女は彼を理解したくなっていた。


「代永ちゃん。何々? 啓生君といちゃついてるの?」

「ちょっと黙って。今、多分……大事な話してるから」


 周囲のことなど気にしてはいられない。

 既に友利を現実で受け止めてくれる人間はここにいた。

 初めから、彼を見ている人間はここにいたのだ。


『……俺は……妄想か現実かを選べないんだよ……。だから現実のみんなと関わるのが怖くて……このままじゃいけないってことは分かるんだけど……』

「……別に、そのままで良いんじゃない?」

『え?』

「現実逃避したいときに妄想して、暇なときに現実に目を向けてくれれば……それで良いと思うけど」

『でも、そんなんじゃ――』

「私は今のままの啓生君が良いと思うよ?」

『……!』

「いつでも……待ってるからね」


     *


啓生宅


 通話を終えると、友利は立ち上がっていた。


『行くの?』

「うん」

『……行ってらっしゃい』

「ああ。でもさよならじゃないよ。フレン」


 恐怖がいつの間にか消えていた。

 彼は初めから何かを恐れる必要などなかったのだ。

 時間は確かに有限だが、まだ若い彼がそこを気にする必要は無い。


「『……またね』」


     *


 啓生友利は今日も明日も明後日も、まだまだイマジナリーフレンドのフレンと共に過ごし続ける。

 だが、彼女だけではない。

 友利は現実でも友人を増やし、多くの者と共に過ごし始める。

 だからと言ってフレンをないがしろにするわけでもなく、むしろイマジナリーフレンドはこれからどんどん増やし続けるのだ。

 妄想も現実も自分のものにして、彼は恐怖を捨てて自分の世界を広げていく。

 彼が取り巻く人間関係の輪は、ずっと、ずっと、広がり続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イマジナリーフレンド 田無 竜 @numaou0195

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ