未来の日本の住宅事情

となりのOL

未来の日本の住宅事情

 21XX年。

 日本は都市部に人口の約九割が集中し、その内、七割以上が単身世帯となっていた。


 田舎部に住んでいるのは、土地を代々受け継ぐ者か、自然を求めて都市部から移住する僅かな者のみ。

 そんな彼らも、最終的には都市部を終の棲家とするようになる。


 この日、全国的に珍しい田舎部出身の俺は、大学に進学するために都市部へと引っ越した。


 初めて訪れた新宿第二区。同じような高層ビルに囲まれたそのエリアは、文字通り田舎者の俺にとっては目新しく、新鮮で、映画で見るような最先端の日本の姿そのものだった。

 

 その景色に圧倒されつつ、真新しいリュック一つを背負ってこれから住むマンションへと向かう。

 歩いても歩いても、視界に入ってくるのは同じような建物ばかりだ。


 新しく買ったスマホの画面に映るナビゲーションを見ながらマンションへとたどり着き、登録した指紋をドアにかざして部屋の中に入る。

 部屋は、全て家具付きのワンルームだった。


 一人用12㎡、外付けキッチン・バス・トイレ付。

 ここが、今日から俺だけの城。これから一生、付き合うことになる部屋だ。


 驚くべきことに、田舎では当たり前だった内見といった文化は、都市部にはほとんど存在していなかった。


 『キューブ』と呼ばれる統一規格の部屋を買い、引っ越しの度に、キューブごと移動するというスタイル。

 都市部でキューブを持たないのは富裕層のみであり、引っ越し先の部屋の内見、そして部屋に合わせた調度品のしつらえというのは、富裕層にのみ許された娯楽の一つと化していた。

 

 部屋の中を見回し、ベッドの縁に腰かける。

 この部屋キューブにあるものすべてが、サトウキビ等のバイオ素材で出来ており、環境への配慮がされているのだという。

 部屋に持ち込める物も、すべて同じ素材の物のみという徹底ぶりだ。

 

 田舎部にいた頃には考えられないような価値観にただただ驚くものの、白で統一された空間は、これまで住んでいた家とはかなり違って落ち着かない。


 そうだ。これも都市部ではもはや消えた文化とは聞いてはいるが、隣の住人へ挨拶でもしようか。

 一応持ってきていた手土産を持って、隣の部屋を訪れる。


 ピンポーン。

 

 馴染みの音に、少しホッとする。

 しかし、どれだけ待っても隣の住人が出てくる気配はなかった。


 ……? 

 大学の授業も仕事もリモートで行い、趣味もVR上かつ買い物は宅配のため、都市部の人々は基本的に部屋にいると聞いたのだが、運悪く出かけているのかな?

 

 そう頭をひねって立ちつくしていると、作業用の服を着て、何やら機械を背負った男性がやってきた。


「……この部屋が、どうかされましたか?」

「あ、いえ、今日隣に引っ越してきたので、ご挨拶でもと思いまして」

「ああ、まだそういう事をされる方がいらっしゃるんですね。ただ、残念ですが、この部屋の住人にはもう挨拶は不要ですよ」

「え? それってどういう……」


 作業員の男が言っていることが理解できずに、思わず聞き返す。

 すると男は小さくため息をつきながら言った。


「この部屋の住人は、生体感知システムにより、昨日死亡が確認されたのですよ。私はこのキューブを、焼却炉へ移動させるためにやってきたのです」


 男はそう言うと、背負っていた機械を起動させ、キューブを外から掴んで持ち上げた。

 キューブを担いだまま俺に背を向けて移動し、その度に足元が少し揺れる。


 男とキューブの姿が見えなくなった後、目の前には、ぽっかりと空洞が広がっていた。


 ……そういえば、かつて政府配信で言っていた。


 都市部での単身世帯の半数以上が高齢者であり、孤独死が社会的問題となっているということを。

 賃貸オーナー達は高齢者に部屋を貸すことを渋り、都市部は高齢者のホームレスで溢れ、治安が急激に悪化していったという。


 そこで、孤独死による事故物件化を回避するために、政府主導で作られたのがキューブだった。

 都市部のマンションは全てキューブの規格に揃えられ、生体感知による見守りシステムで住人の生死を常に監視していた。


 そして、死亡が確認されると、部屋はあらためられることなくキューブごと焼却される。キューブを購入し、入居した時点でそれに同意したと見做みなされる。


 そのため……キューブは別名『棺桶』と呼ばれていたのだ。

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