夜会で『適当に』ハンカチを渡しただけなのに、騎士様から婚約を迫られています

六花きい/ビーズログ文庫

1 『適当』に渡した白いハンカチ

1-1


 

 はくしゃくれいじょうミリエッタは、うんざりしていた。

 人前に出るのが苦手な上に内向的な性格、友人も片手で余るほどしかいない。

 いまだこんやく者もおらず、女性としてのりょくが足りないのではと、不安が増していく日々。

 勉強だけはゆいいつ自信があるが、婚約者探しはとして進まず、いくら頭が良くてもこれでは貴族令嬢としてあまりにない。

 特筆すべきは、あっとうてきなコミュニケーション能力不足、である。


だれでもいいからわたしてきなさい!」


 しゅくじょおもいを込めてしゅうしたハンカチを、気になる男性にわたす『出会いのハンカチイベント。

 母にふくめられたはいが渡したい男性もおらず、かといってもらってくれそうな心当たりすら無く、日を追うごとにうつになってくる。

 本来であれば一針一針想いを込めるべきところだが、へきえきとした心持ちも相まって、何となく構図を決め何となく刺繍をし、短時間で完成させた無難な刺繍ハンカチ。

 これを貰って喜ぶ人が果たしているのかと疑問に思いつつ、いやいや参加した婚約者探しの夜会で、ミリエッタはためいきいた。

 デビュタントの日を除けば、夜会に参加するのはこれで二回目。

 両親は「お前が気に入った相手を選んで良い」と再三にわたり言うものの、初めて参加した夜会では運命的な出会いもなく、としごろの令息がはなけてくれる訳でもなく、視線を向ければ目をらされる始末。

 それでも勇気を出して自分から歩み寄ってみれば、下を向いて足早にげられ、あまりのショックでその時は、その場にくずれてしまいそうになった。

 話し掛ける勇気すら無くなり、それ以来夜会に参加する気力もかず、招待状は来るものの行きたくないとすべて断り、両親に心配をかけること早二年半。

 時間だけが過ぎていき、あせる気持ちは行き場をくし、内にもって落ち込むばかり。

 お年をした四人の公爵達とかんだんし、本日の婚約者探しも不発に終わりそうだ。

 毎度のことながら上手うまくいかないお相手探しに、そして話し掛ける事すら出来ない自分の不甲斐なさにうんざりしつつ、早々に逃げ帰りたい気持ちでいっぱいである。

 だがしかし、よいに限っては『ハンカチを手渡す』というノルマを母に課せられているため、何もせずに帰るわけにはいかないのである。

 ……とはいえ、社交界にうといミリエッタ。

 婚約者がいないこんの成人男性など、分かるはずもない。


「閣下、おそりますが、少々おたずねしてもよろしいでしょうか」


 背に腹は代えられず、さきほどまで歓談していた年配の男性に仕方なく声を掛けた。


「実を申しますと本日の夜会で、どなたかに『ハンカチ』を渡すよう母に申し付けられておりまして……渡しても角が立たない婚約者のいない未婚男性で、おすすめの方はいらっしゃいますでしょうか?」


 そう問いかけた次のしゅんかん、周囲の視線がいっせいにミリエッタへと向けられる。


「ふむ、それではたよれる年上とわいらしい年下なら、どちらがお好みかな?」


 閣下と呼ばれたしらの男性はおもしろそうに目をかがやかせ、ミリエッタに二択を提示してくれた。


「どちらでも……年がはなれすぎていなければ、ねんれいさほど程気になりません」


その答えに、先程まで歓談していた一人目の公爵が、ビクリと大きくかたふるわせる。


「では職業について希望はあるかな?」

「いえ、……職業に、せんはございませんので」


 今度は二人目が、今にもつかみかかりそうな勢いでミリエッタをぎょうした。

 ふと白髪の男性の視線が動き、ミリエッタがつられてその先をると、射るような視線を向けておんな気配を発する先程の二人の男性が目に入る。


「――?」


 何かしてしまったのだろうかと不安気なおもちで目をまたたかせると、「ああ、あれは気にしなくていい」と、白髪の男性がしょうした。


「それでは最後の質問だ。少し気難しいが、真面目で勤勉な男。……しんちょうで多少決断力に欠けるが、やさしくづかいの出来る男」


 少し考えながら、ゆっくりと、言葉を選ぶようにせんたくを提示してくれる。


もくで面白味がないが、努力家で向上心のある男。ああ、あとはちょとつもうしんでたまに暴走するが、誰よりもいちで大事にしてくれそうな男もいるな。何名か心当たりはあるが、希望はあるかな?」

「……選べるような立場ではございませんので、閣下が薦めてくださるのであれば、どなたでも。ですがあまりに立派過ぎると、私には少々荷が重いかもしれません」


 またしても動いた視線の先をミリエッタが辿たどると、直前に話をしていた三人目が、顔をこわらせながらこちらの様子をうかがっている。


「――――!?」

「あれも気にしなくていい。持病のしゃくのようなものだ」


 のどの奥でクッところすように笑い、かべぎわに立つ四人の男性をあごで示した。


「それならば、ほれ、そこに立つ男達はどうだ? みな、婚約者どころかこいびとすらいないさびしい独り身だ。あとからちがえましたとていせいしても、問題ないだろう」

「……ですがその、見る限りどの方もとてもてきで……私なんかのハンカチを受け取ってくださるでしょうか」


 四人が四人とも貴公子然としているため、急に不安になってくる。


「どなたも貰ってくださらないのでは」


 ぽろりと弱音をこぼすと、そんなミリエッタをはげますように、「ではその時は、私が貰えると期待してもいいのかな?」と茶目っ気たっぷりにほほんでくれた。


「重く考えずともだいじょうだ。さあ、一番気に入った者に渡しておいで」


 しゅんじゅんするミリエッタの背中を、トンと優しくあとししてくれる。


「……ありがとうございます」


 それもそうね、何も重く考える必要なんて無いのだわ。

 あんなに素敵な方々だもの、ハンカチを渡されるなんてにちじょうはんでしょうし、本気になんてするわけないわと思いつつ、受取きょをされないかしらとやはり不安にもなりつつ、ミリエッタはそっとハンカチを取り出し、男性達のもとへと近付いて行く。

 実は見覚えのある……デビュタントでも、そして最初に参加した夜会でも、唯一目が合った四人組。

 以前けた時と同様に、れいじょう達がチラチラと視線を送っているが、いつもの事なのだろう。

 それを気にめる風も無く、四人で固まっている上に身体からだが大きい男性が二人もおり、その存在感は周囲の人々をあっとうする。

 あつ的で少しこわいからだろうか。

 遠巻きにしているものの、話し掛ける勇気のある御令嬢はいないようだ。

 たまにミリエッタを見て話をしている時もあり、あきらめの悪い令嬢だとあきれているのかもしれない。

 おおがらな男性のうち一人はミリエッタの事がきらいらしく、最初の夜会同様に怖い顔でにらんでくるため、本夜会でも極力目を合わせないよううつむきがちに行動していた。

 今日は任務中だろうか、この服を着て会場内にくまなく注意をはらっている。

 どの方にお渡ししようかと迷いながら歩みを進めると、四人が四人ともこちらを見ており、おどろき視線を泳がせた先で、自分を見つめる周囲の人々が目に飛び込んだ。

 きょうしんしんで成り行きを見守る白髪の男性はともかく、ミリエッタの一挙一動に注目しているような、そんな圧を感じる。


「あ、あの……」


 誰に渡すかも決まらないうちに、ミリエッタが四人に向かって声を掛けると、ざわりと会場の空気がれた。

 辺りが何故なぜか水を打ったように静まり返り、余計にたまれない気持ちになる。

 断られたらどうしよう。

 きんちょうくちもってしまうのは許してほしい。

 勇気を出してまた一歩近付くと、いつも睨みつけてくる騎士服の男性が驚いて目を見開いた。

 えたくらいだろうか。

 近くで見ると、首を四十五度上に傾けなければ視線が合わないほど大きく、黒曜石のようなしっこくひとみが、ミリエッタをとらえて離さない。

 なんだかたんずかしくなり、緊張でひざが小刻みに震え始める。

 やっぱり帰ろうかと俯き、きびすかえそうとした次の瞬間よろめいて、ミリエッタは真横にあった柱へと頭からっ込んでいった。


「危ないッ!!」

 

 すべもなく、ギュッと目をつぶった瞬間大きな声が場内にひびき渡り、何かをたたきつけるような音がするどく空気を震わせる。

「!?」


 飛び込むように割って入った何か・・が、しょうげきに備え強張る小さな身体を宙で受け止め

――しばしのせいじゃくの後、ミリエッタは恐る恐る目を開いた。

 包み込むように回された長いうでと、肩をき寄せる大きな手。

 柱にぶつかるはずだった側頭部は厚いむないたれ、そのはくどうがミリエッタのまくを浅く揺らす。

  眼前に立つ大きなたいを見上げると、近衛のえりしょうが目に映った。

……無理な体勢で飛び込んだのだろう。

ミリエッタを抱き込んだ自身の身体を支えるため、柱身に刻まれたみぞりにこぶしを叩きつ

けたらしく、じわりと血がにじんでいる。


「きゃあああ! 申し訳ございません!! あ、あああの、ありがとうございます!!」

 

 あおめながら礼を述べるミリエッタと、至近きょで視線がからんだ途端に目が泳ぎ、何故かとつぜん狼狽うろたえたように腕をほどく騎士服の男性。

自分の事を嫌いなはずの彼が助けてくれた事に驚きつつ、距離の近さにおののきつつ、ミリエッタは数歩後ろへ退いた。

大事な手にを負わせてしまった事にあわてふためくと、気にしなくていいとでも言う

ように、血が滲むその手を大きな身体の後ろにそっとかくす。

 ただぐにミリエッタを見つめる漆黒の瞳が、何か言いたげに小さく揺れ、熱を帯び、輝きを増していく。


 打ったひょうに切れたのだろうか、後ろに回した手から一筋の血が伝い、ポタリとゆかに落ちた。


「あの、こ、これ……」

 

 ミリエッタはハッと我に返り、少し身体をのけらせながら震える手だけを前に出す。

恐る恐る差し出されたハンカチに、男性は驚いたかのようにいっしゅん動きを止め、―― 今度は大きく、一歩前にした。

「ももも申し訳ございません! さ、差し上げます、ので、ふ、ふ、いて……」

 緊張のあまりそれ以上何も言えずに固まっていると、男性は目にも留まらぬ速さで動き、

 次の瞬間怪我をしていないもう片方の手で、ミリエッタの手ごとガシリとハンカチをにぎり|締しめる。

 ひぃぃぃ、ち、近い! 近い!!

 どうしよう、もしかしておこってる!?

 ミリエッタの手を握り、ぐいぐいと無言でせまり来るきょ。 

 何が何やら分からないくらいに混乱しつつ、一刻も早くこの場からのがれたい一心で、ミリエッタはさけんだ。


「あッ、ありがとうございましたッ! 特に深い意味はないので、その、受け取っていただけただけで光栄です!」


 こうなったら逃げるに限ると、ミリエッタは摑まれたその手を勢いよくシュッと引き、礼を述べるなり身をひるがえし、逃げるように会場を後にする。

 よ、よし、渡せた。

 大丈夫、私はやりげた。

 そう自分に言い聞かせながら、け去りざまにり返ると、その場に棒立ちでハンカチを握り締める男性の姿が目に入った。


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