第30話 自称『美少女忍者』

 西陶大学の構内にある迷宮ダンジョン、通称──『西陶地下道迷宮ダンジョン』。

 政府主導による迷宮ダンジョン研究や実験が日々行われている、大規模迷宮ダンジョンである。


 大学が設置されてから十余年。

 かなり研究が進んだことにより、1~2フロアは学生探索者ダイバーによる小遣い稼ぎなどに利用されている迷宮ダンジョンだが……これが5フロア以降となると、話は違う。

 危険な現象、危険な魔物モンスターと遭遇確率が高くなり、おいそれと入ることもできない場所となるのだ。


 そんな『西陶地下道迷宮ダンジョン』の地下深く、8フロアは攻略の最前線であるとともに、異常現象研究の最前線でもある。


 ──『アウターグリッチ』。


 迷宮ダンジョン発生に関わるとされる、謎の設置物。

 スケッチでしか見たことはないが、初めて『アウターグリッチ』を発見した探索者ダイバーは、それを『世界の端』と表現した。

 それ以来、この危険な8フロアに潜って、直接『アウターグリッチ』を研究しようという迷宮ダンジョン学者は後を絶たない。


「難易度が高すぎないか?」

「相沢社長の懸念もわかるッス。ただ、企業として相当のうまみがあるッスよ?」


 指を折りながら説明する正雀曰く。

 まず、大学側の弱みを握っている今なら、フロア8への潜行ダイブ許可が下りるであろうこと。

 次に、世界でもまれな迷宮ダンジョン発生研究の最前線を映像に収めることができること。

 そして、ここのところの迷宮ダンジョン特別通報トクツーの多さから、何かしらの異常がある可能性が高いこと。


 それらを総合して、『西陶地下道迷宮ダンジョン』に行くべきだ、と正雀は主張した。


「拙者は賛成にござる」

「あたしもいいわ!」

「不安だけど、がんばる」


 俺としてはもう少し慎重に、と思ったが……他のメンバーがやる気ならば、挑戦も悪くないかもと思えてしまった。

 だが、さすがに連携確認なしで『フロア8』は危険だ。


「わかった、目標は『アウターグリッチ』として、まずは連携確認と装備ギア調整が必要だ。まずは大学側に申請をして、3フロアまでの進行練習から入る。それでいいか?」

「落としどころとしては固いっスね」


 うなずく正雀に、俺は頭の中でプランを固めていく。

 その中には、『大学に行って迷宮ダンジョン進入申請をする』が含まれているので、気が重い。


 ただ、正雀の言うことも理解できる。

 最深部フロア8への進入は、大学側がかなり渋るのが通例だ。

 なにせ西陶大学における独自性を保持する唯一の異常現象オブジェクトなのだから。

 それを配信に収めるだなんてとんでもない……と、以前であれば拒否されただろうが、俺への冤罪事件が世間を賑わせている今ならば、許可が下りる可能性がある。


 それに、わが社の社員ではあるものの……正雀は政府側の息がかかった人間だ。

 何の目的もなく、こんな提案をするとも思えない。

 きっと、内閣調査室から何かしら言い含められている可能性が高い。


 そうなれば、『許可は下りる』と考えて自然だろう。

 『西陶大学』は国立大学だからな。

 そこまで考えてから、俺は口を開く。


「じゃあ、今日のミーティングは解散。正雀とジェニファーは、とりあえず荷ほどきを。夜は藤一郎も呼んで歓迎パーティーをしよう」


 ◆


「意外にあっさりだったな」


 拍子抜け、とはまさにこのことである。

 もしかすると、復学要請をセットにするとか調査的連携を提案してくるとかあると思ったんだが、メール一本で簡単に許可が下りてしまった。


「よかったじゃないっスか」

「まあな。なんだか、君の手の平で転がされてる感は否めないけど」


 社長室のソファに腰を下ろす正雀が、俺の言葉に軽い苦笑を見せる。


「人聞きの悪いことを言わないでほしいッス。ほんのちょっとだけ、お手伝いしただけっスよ」

「やっぱり、か」

「社長のストレス軽減も、ボクの仕事っスから」


 正雀から意外な言葉が出てきたので、俺は首を傾げてしまう。

 

「そうなのか?」

「そうなんスよ」

「まあ、助かるっちゃ助かるけどさ。内閣の何某さんとか偉い人が出張ってきたりしないだろうな」


 心配事を口にする俺に、今度は正雀が首を傾げた。

 メガネが少しずれて、ちょっとコミカル。


「誤解があるっスね?」

「気を悪くしたなら申し訳ない」

「えーっとっスね、ボクは正確には内閣調査室の回し者ではないッス」

「そうなの?」

「そうなんス」


 敬礼っぽい仕草をして、からから笑う正雀。

 その軽い様子に、俺も少し吹きだしてしまった。


「社長はボクのことをちょっと警戒し過ぎっス」

「バレてたか」

「そりゃわかるっスよ。こう見えて、諜報畑の出身っスからね」


 ソファから立ち上がって、デスクまで歩いてくる正雀。

 だぼだぼのTシャツにスパッツというラフな姿は、なんだか実家感があって気安く見えてしまう。


「正確には、社長を篭絡するために送り込まれた、ハニトラっす」

「ハニワとトラで?」

「はにとらー! ……ではなく、ハニートラップのことっスね」

「それ、堂々と宣言するようなことじゃないと思うけど?」


 首を傾げる俺に、首を傾げ返す正雀。

 なかなか可愛い仕草にぐっと来ないでもないが、なるほどこれがハニートラップか。


「正直に言っておいた方が、信頼関係が結べるかなと思ったんスよね、社長とは」

「で、何で俺を篭絡するんだ?」

「言い方が悪かったかもしれないッスね。ボクは、社長が日本政府を裏切らないように差し出された生贄って感じスかね……」


 説明に全く同意できないし、理解もできない。

 いったい、どういう事なんだろうか。


「ボクが社長に仕えて尽くせば、海外に引き抜きされた時に断ってくれるかもしれないって事っスね」

「話が全く見えてこない。まるで俺が重要人物みたいに聞こえる……」

「重要人物の自覚ないんスか!?」


 正雀が驚いた顔で俺を見る。


「正雀、君は知らないかもしれないけどさ、重要人物は冤罪で大学を放校されたりしないんだぜ?」

「それがあるから余計にボクが投入されたんスよ。国立大学の失態となれば、国や政府の失態ってはなしになりかねないっスからね」


 少し慌てた様子の正雀が、両手をぱたぱた振りながら言葉を続ける。


「Aランクの魔物モンスターを単独討伐でき、日本全国どこでも進入できる資格と知識があって、あの明智藤一郎のお気に入りっスよ? 政府にも各国から『アイザワとは何者か』と問い合わせが殺到中っす」

「……マジで?」

「こんなところでウソついてどうするんスか……」


 ため息をついた正雀が、がっくりと肩を落とす。

 なんだか、心労を駆けてるようで申し訳ない。


「そこで、ボクなんスよ」

「事情は分かったけど、安心してほしい。藤一郎への恩があるから引き抜かれたりしないよ」

「ホントっすか? もったいなくないッスか?」

「何が?」

「内閣調査室特殊部隊『鬼蕊』肝いりの美少女忍者を合法的に好き勝手にメチャクチャにできる大チャンスっスよ!?」


 自分で言っていて恥ずかしくないのだろうか。

 まぁ、自信があるのはいいことだ。別に誇大表現ってわけでもないしな。


「俺には恋人がいるし、間に合ってるよ」

「え?」

「調査不足だな、内閣調査室」


 唖然とする正雀に、俺は軽く笑って見せた。

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