第27話 復学を要請されてももう遅い
「それでは、復学はしないということかな?」
波乱に満ちた採用面接から五日。
そろそろ採用した新メンバーと顔合わせを……と考えている時分に、俺は『西陶大学』へ呼び出されていた。
「しないというか、できないというか」
言葉を濁す俺に、御手杵教授と学生課課長が顔を見合わせる。
突然、呼び出されたかと思えば「復学の準備がある」などと言われて、俺も戸惑っているのだ。
「なぜかな?」
「逆にお聞きしたいのですが、どうして急にそんな話になっているんです?」
俺の言葉に、二人が少しばかり目を逸らしてばつが悪そうな表情を見せる。
どうにも、奇妙だし理由がわからない。
この様子だと、俺にかけられていた嫌疑が晴れたわけでもなさそうだ。
「私としては前途ある若者の未来を考えての提案のつもりなんだがね?」
「君のこれまでの実績を勘案した結果、後期から復学を認めるべきという意見が出ていてね。どうかな?」
まさに、それだ。
遅きに失したというか、いまさらというか。
すでにあの冤罪事件のせいで三年次の前期単位が、丸ごと落ちている。
後期をフル単位で取得したとして、いくつかの必修単位は取り戻せないし、卒業に影響が出るのは確実だ。
「せっかくの申し出ですが、停学期間が明けたら別の大学に移ろうと考えているんです」
俺の返答に、教授と学生課長が驚いた顔を見せる。
そこまで、驚くようなことではないと思うのだが。
そもそも、後期が始まるまでに転学届を出せと言ったのは、そちらではなかっただろうか。
すでに公認探索者資格を取得している俺としては、特に西陶大学にこだわる必要はあまりなく、大学卒業資格──修士を取るだけならば、『ピルグリム』の仕事をしながら夜間大学にでも通えばいいと考えていた。
「これはチャンスなんだぞ? 相沢」
「教授、少なくとも俺の一件が冤罪だと証明されるまで大学には戻れませんよ」
「それは何とかする」
「何とかなってから言ってください」
あまりに適当で曖昧な御手杵教授の言葉に、少しばかり語気が強まってしまった。
むっとした表情を見せる教授の横で、焦ったような顔をした学生課長が口を開く。
「そ、それについての調査も、いま進めているところでね。どうだろうか、前向きに考えてみないだろうか」
「俺が申し出をしたときは、自分で訴訟を起こせという話でしたが?」
「それは言葉のあやというか、そういう決定だった時もあるというか」
どうしよう。この人達ったら、何も決めずに俺に話を持ってきてるみたいだ。
問題点がまるで理解できていないし、たかが学生という侮りが全然抜けきっていない。
あー……これを見越していたのか、さすがは藤一郎だ。
まったく、かなわないな。
「その、生意気を言うようですが、しっかりと調査をされた方がいいと思います」
「どういう意味かな?」
「いずれそちらにご連絡がいくと思うのですが、『ゲートウォール社』の顧問弁護士が俺の冤罪事件について訴訟の準備を進めています」
「は──?」
「異論があるなら訴えろ、とおっしゃったのは貴学ですので……」
切り札を切るのが早すぎると藤一郎に笑われそうだが、あまりまどろっこしい話をしていたくはない。
新入社員の諸々や次の
こんなところで、前にも向かない話をダラダラとやっている場合ではないのだ。
「相沢、どういうつもりかね!」
皴の深い顔を赤くして激昂する御手杵教授。
子飼いの学生に手をかまれたなんて考えてるかもしれないが、最初に手を出したのはそちらである。
「聞き取りや提出された資料の開示請求はすでに行われていると思いますよ」
「待ってくれないか、相沢君」
「どちらにせよ、このことはもう顧問弁護士に任せておりますので、俺ではどうしようもありません」
「そんな……」
うなだれる学生課長に、少しばかり同情するが……これについても、俺が手を回したわけではない。
藤一郎が「社長の身上はクリーンでないといけませんぞ!」なんて言って強引に手配したので、ある意味業務命令みたいなものである。
「君には恥という概念はないのか! 恩知らずにもほどがあるッ」
「落ち着いてください、御手杵教授。そもそも、俺が横領やハラスメント行為があるとして学校側に訴え出たのは、教授でしょう?」
「その通りだ! 私のゼミでそのような行為が行われていたのは由々しき事態だからな!」
「それをはっきりさせようって、話ですよ。俺は、やってないんですから」
「証拠は挙がってるのだぞ?」
御手杵教授の言葉に、俺は少し不思議な感覚を覚えた。
証拠、証拠と言うが……御手杵教授は、基本的にゼミの活動にそこまで積極的ではない。
自分の学会発表のためにゼミを利用してデータ集めをしているような印象の人だ。
それが、突然どうしてゼミ内の問題に首を突っ込んで、俺を放逐したのかがさっぱりわからない。
自分で言うのもなんだが、教授の役に一番立っていたのは俺だろうに。
「その証拠なんですけど、教授がご自分でウラを取られたんですよね? 大学側に提出する前に」
「……」
俺の質問に沈黙する御手杵教授。
その様子を見て慌て出したのは、学生課長だ。
「御手杵教授? まさかと思いますが、確認されていなかったのですか?」
「それは、だな……まぁ、なんだね。それなりに、目を通しては」
口ごもる御手杵教授を見て、ふつふつと怒りが湧いてきた。
まさか、こんな適当なことで俺は夢を閉ざされかけていたのか、と。
俺は絶望して一晩泣いたというのに、この人は「それなりに目を通した」なんてぞんざいな感覚でいたのだ。
いくらなんでも、ひどすぎる。とてもじゃないが、看過できない。
「そういう事でしたら、徹底的にやらせていただきますよ。教授のことも、学校側の対応も。全部、白黒はっきりさせて……配信にでものせましょうか」
「あ、相沢君……!?」
「困るんですよ。こう見えて、会社の代表を務めてる身ですからね、横領やハラスメントで大学に停学を言い渡されたなんて話が広まると」
俺の言葉に、二人の顔色が目に見えて悪くなっていく。
適当な真似をした教授も、それを鵜呑みにして判断した学生課も、俺の本気を感じ取ってくれたらしい。
「我々を吊し上げにするつもりか!?」
「自分の名誉のために、真実を公にするだけの話です。俺が横領とハラスメント行為で停学になったと周囲に発信している人もいますから、対応はしっかりしないといけないんですよ」
俺の言葉に学生課長が顔色を変える。
「それは、どういう……?」
「匿名の掲示板やSNSに、そういった誹謗中傷が発信されています。内部事情に詳しい人ですかね?」
まぁ……十中八九、丸樹の仕業だろう。
こちらもすでに顧問弁護士によって情報開示請求の申請が行われている。
尻尾を掴むのは、時間の問題だ。
「話は終わりです。あとは、弁護士を通してください」
「待ちたまえ! そんな勝手をしていいと思っているのか? 君はウチのゼミ生だろ!」
「あいにく、追放を言い渡された身でして。それでは」
静かにそう告げた俺は、軽く頭を下げて応接室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます