第26話 不採用
「お疲れ様でした。合否に関しましては追ってご連絡いたしますのでお待ちください」
人事部長の言葉にお辞儀を返して、スーツ姿の女性が帰っていく。
これでようやく六人目。一人当たりの面接時間は、約15分。
これが長いのか短いのかはわからないが、俺の胃痛はひどくなる一方だ。
おっさん臭いなどと思って胃薬など飲まなかったが、これは飲んでおけばよかった。
「では、次の方お入りください」
案内役の十撫がそう告げて、扉を開く。
誰が入ってくるかは手元の資料を見てわかっているので、逆に緊張がひどい。
リクルートスーツを着込んで現れたのは──丸樹だ。
向こうも、俺を視認して一瞬驚いた顔を見せる。
まぁ、そりゃびっくりするよな。
「どうかしましたかな?」
心乱されたのか、動きを止めた丸樹に藤一郎が冷えた視線を浴びせる。
おいおい。圧迫面接じゃあるまいし、そうプレッシャーを出すもんじゃない。
別に丸樹に気を遣うつもりはないが……採用責任者として、そこはフラットな態度であらねば。
「所属とお名前を」
「『西陶大学』環境学部迷宮学科、丸樹 大地です。本日はよろしくお願いいたします」
お辞儀の角度もよく練習してきたようで、なかなか結構なお点前。
ずいぶんとこの採用試験に気合を入れてきたのかもしれない。
進行役でもある人事部長に「どうぞ、お座りください」と促され座った丸樹の視線が、一瞬こちらへ向く。
この瞬間、自分の不採用をもう悟ったかもしれない。
「それでは経歴や実績をまじえて、自己紹介をお願いします」
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。丸樹 大地と申します。『西陶大学』環境学部迷宮学科にて、学生
よくもまぁ、誇大広告の如くペラペラと口を動かせるものだなと感心する。
データベース反映なんて、ほとんど俺しか手を動かしてなかったじゃないか。
「次に、弊社への志望動機を教えてください」
「御社は、政府公認の配信認可企業として最先端を走っていらっしゃいます。この一ヵ月、御社の話題を耳にしなかった日はありません。特に最新ギア、ツールを現地運用に関しては、他の追随を許さず、私も御社製品を注視しておりました。発表された『ピルグリムB1』は
発表直後から在庫切れが続き、他社類似品も存在しない独自性は今後も迷宮探索業界を引っ張っていくかと考えております。これまで
やはり丸樹も就活生となればこれを練習したのだろうか。
『
「では、自己PRを……」
「いやいや、もうよいですぞ」
「え、は、はあ」
人事部長の言葉を遮って、藤一郎がにこりと笑う。
「君も、無駄な時間だと思っているのではないですかな? 丸樹君」
「そんなことは……!」
「先ほどから視線が泳いでおりますぞ。以前お会いした時と、まるで別人ですな?」
藤一郎がちらりと視線をこちらに向ける。
こんなイレギュラーな状況で、俺にどうしろと言うのだ。
いや、これはしばらく黙っておけと言うサインか。
「話は聞いておりますぞ? 弊社の相沢をずいぶんと
「それ、は──……」
「
藤一郎の目が、すっと細められる。
なんてプレッシャーをかけるんだ、コイツは。
〝人誑しの敏腕社長〟が聞いて呆れるほどの圧迫っぷりだ、
「オレ……いや、私は……」
「答え合わせもできますぞ?」
「え……?」
「弊社の調査エージェントはとても優秀でしてな。君の経歴、実績、学内での立ち居振る舞い。全て把握させてもらっております。先ほどの自己紹介とは、些か乖離する部分があるようですぞ? ん?」
藤一郎の言葉に、丸樹の顔色が悪くなる。
続いて、俺の方をちらりと見た。
もしかすると、俺が藤一郎に何か言い含めたと思っているのかもしれない。
「やってられるか!」
空気に耐えられなくなったのか、丸樹が勢いよく椅子を立ち上がる。
都合が悪くなると大声で何とかしようとする癖は相変わらずのようだ。
「だいたい、何でコイツがここにいんだよ!」
「それは、彼が『ピルグリム』の代表として呼ばれたからですな」
「それがおかしいつってんだ! 大した
肩で息をしながら、顔を真っ赤にして俺を睨みつける丸樹。
短気で無思慮だとは思っていたが、まさかここで爆発するとは……実は、俺が思っていたよりずっとオバカだったのだろうか、丸樹大地という人は。
「そりゃ、偉いですぞ? 少なくとも君よりは」
「あ?」
藤一郎に、目で促されて俺は口を開く。
「『ピルグリム』代表取締役、相沢です。丸樹先輩、大声を出す癖、直ってないんですね」
「は? 代表……なんだって?」
「つまり、俺が社長です」
唖然とした様子で、立ち尽くす丸樹。
目を白黒させたり、顔色を赤青と変えたり……いろいろ忙しそうな丸樹に、俺は扉を示す。
「お帰り下さい。不採用です」
「ちょ……おま、いいのか? オレにそんな事を言って……?」
この期に及んで先輩風でここを乗り切ろうって!?
おいおい、いくらなんでも無能ムーブが過ぎやしないか?
「すみませんね、先輩。これが今の俺の仕事なんです」
「どうぞ、退出を。この件については、大学側にも通知を出させていただきますぞ」
藤一郎の言葉に、丸樹が顔色を悪くする。
あれ、やっぱりこの人ちょっと考えなしなのかも。
西陶大学の新卒ってことで採用試験を受けに来てるのに、まさかこれだけやらかして連絡がいかないとでも思っているのだろうか?
「……覚えてろよ」
吐き捨てるようにそう言った丸樹が、くるりと背中を見せる。
俺としては、もう思い出したくないんだけど。
丸樹の退出後、静かになった会議室で俺は小さく息を吐きだす。
そんな俺の隣で藤一郎が小さく肩を揺らして笑っていた。
「おい、藤一郎」
「ここでは明智社長と呼んでいただけますかな?」
「この状況、狙って作っただろ」
「ええ、実に予定通り。いやいや痛快ですな。それで? どうでしたかな?」
「ああ、すっとしたよ! ありがとうよ!」
半ばなげやりに謝意を口にする。
俺が大学での──『御手杵ゼミ』でのことを、未だに気にしていることなど、藤一郎にはお見通しだったのだろう。
まさか、採用面接まで利用して俺のケアを測るとは予想外過ぎたが。
「さ、面接を続けましょうぞ。よろしいですかな? 人事部長?」
「はい、もちろんです」
さすが藤一郎の会社で人事を取り仕切る人間だ。
切り替えが早い。
「では、次の方。お入りください」
十撫の涼やかな声が、静かに次の面接者を部屋に招き入れた。
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