第24話 わが社の金庫を守るため?

「裕太、ちょっと良いですかな?」


 『飯森神宮迷宮ダンジョン』から帰還した翌日の夜。

 ぴかぴかの社長室で軽い書類整理をしていた俺の元に、アポなしで藤一郎が訪ねてきた。

 親会社の社長であればそれもさもあり何と言った風情であるが、普段からアポなし訪問がデフォな藤一郎であれば、俺も気にはしない。


「どうした?」

「頼まれていた求人の件ですがな、応募がすごいことになっておりましてな」

「そうなのか? さすがは『ゲートウォール社』ってとこだな……!」

「どうも、それだけではないようですがな」


 藤一郎が珍しく苦笑した様子で俺の顔をじっと見る。

 さて、こんな兄貴分の顔はなかなか見れるもんじゃないぞ。


「配信の影響でしょうな。それで、どうしますかな?」

「どう、とは?」

「弊社の人事部および採用AIで一次、二次とやるとして、最終面接は裕太にも立ち会ってもらわねば困りますからな。彼らの資料が必要では?」

「あー……そういうのも俺の仕事になるのか」


 正直、俺のような若輩が希望者の選別をするというのも気が引ける。

 トラブル回避のために、公には社長が俺であることすら伏せてもらっているというのに。


「応募者全員分か、一次突破者か、最終に残った者だけでいいのか……裕太の方針に任せますぞ」

「ええと、それで……何人くらい来てるって?」

「総勢1263名ですぞ」

「は?」


 事務一名。

 動画編集・補助若干名。

 探索者ダイバー若干名。


 ……などという、曖昧もいいところな求人に1200人?

 一体どうなってるんだ、意味がわからない。

 そんな人数の履歴書やら職務経歴書に目を通してる時間なんて作れないぞ!


「さ、最終面接に残った人だけ頼むよ」

「承知ですぞ。ま、それが一番建設的ですな」


 満足げに、うんうんと頷く藤一郎。

 俺の答えは、お眼鏡にかなったらしい。


「それでよいのです。任せられる仕事は人に任せ、自分の事をしっかりとする。それが良い社長の一歩ですぞ」

「勉強させてもらってるよ」


 どこか得意げな藤一郎に軽口を返して、お互いに笑い合う。


「ところで、敏腕社長のお眼鏡にかなう人材はいたのか?」

「それを聞きますか」

「そりゃ聞くよ。藤一郎の目が一番確かだからな」

「実は、きらりと光る人材がおりましたぞ」


 一枚の履歴書を取り出した藤一郎から、それを受け取る。


「アメリカからの留学生で、元プロチームに所属していた探索者ダイバーですぞ。ジュニアクラスながらかなり高い評価を受けているようですな」

「ジェニファー・ウィルハウス!? 海外の特集記事で見たことがある! こんな大物が何だってここに?」

「海外のジュニア資格が日本では使えませんでな。現在は準探索者ダイバーとしての登録で活動しているようですぞ」


 ジェニファー・ウィルハウスは、アメリカのテキサス州サンアントニオ出身の凄腕探索者ダイバーだ。

 確か、政府による探索者ダイバー育成プロジェクトにも参加した、〝申し子たち〟の一員。

 そんな経験豊かな人材が、何だって日本にいるのかはわからないが……優れた探索者ダイバーである彼女なら、話題性も十分だし、別動隊を率いることもできるだろう。

 さすが、藤一郎だ。この人材は、確保しておきたい。


「彼女には、採用通知をすぐに出そう。他に引き抜かれてはかなわない」

「わかってますな。判断力の早さは、重要ですぞ」

「判断力の大半をお前に頼ってる。まだまだだよ」


 俺の苦笑ににやりと笑って返した藤一郎が、スマートフォンを取り出す。

 すぐさま、何処かに電話をかけて上機嫌な様子で話し始めた。


「洋子さん、我輩である──例の、あの娘。うむ、左様である。確保で動いて下され。年俸は、提示額そのままで。うむ、うむ。よろしく頼みましたぞ」


 スマートフォンをしまい込んで、藤一郎が俺に向き直る。


「ウィルハウス殿にはオファーを出しておきましたぞ!」

「仕事が早い。っていうか、俺の仕事じゃないのか、それ?」

「今回は特別、ですぞ! 追々覚えていけばよろしい」


 藤一郎の心遣いに感謝して、小さく頭を下げる。

 本当に、頭があがらないとはこのことだ。


「ありがとう、藤一郎」

「裕太と我輩の仲ではありませんか。気にすることはないですぞ。さて、この件はともかくとして他の入社希望者のための面接日を考えねばなりませんな」

「ちょっと気が重いけど、仕方ないか」


 軽くうなずいて、スケジューラーを起動する。

 いくつか予定は入っているが、どれも調整可能なものばかりだ。


「こういう採用業務ってどのくらい時間をかけるものなんだ?」

「募集自体はすでに締め切っておりますので、後は『撥ねる』か『残す』かだけの作業ですな。うちの人事部に任せておけば、来週末には最終面接者をリストアップできますぞ」


 さすが、新進気鋭の大企業は、その辺も手慣れているらしい。

 ここは、ありがたく兄貴分と親会社の手を借りるとしよう。


「わかった。じゃあ、来週末にもう一度時間を作ってくれ。それで、再来週に面接を行う調整でいいか?」

「うむうむ、それが良いでしょうな。厄介な事案もあるようですしな」


 俺のデスクを指さす藤一郎に、軽くうなずいて返す。

 厄介と言えば、厄介なのだ。

 昨日、俺達が仕留めたあの未確認の魔物モンスター

 あれについての詳細なレポートと登録申請書の提出を求められている。


 『猩猩鹿しょうじょうじか』と名付けたあの魔物モンスターは、ザルナグと同じくらいの脅威だったように思う。

 あの人を弄ぶような残忍性と、迷宮ダンジョンのルールを無視して現れたことから、もっと危険かもしれない。


 それが、比較的安全とされる『飯森神宮迷宮ダンジョン』で出現したのだ。

 この不可解な出来事に対して、『ピルグリム』は政府から正式に説明を求められている。

 何もわかりはしないというのに、だ。


「気が重いよ。ああ、でも……ある意味、いいかもしれないな」

「金勘定が勝れば、気分は軽くなるものですぞ。それに、魔物モンスター記録に発見者名と所属企業が記載されますから、いい宣伝になるはずですぞ」

「金の匂いがする」

「左様。金庫を守るのも、また社長の務めですぞ……!」


 藤一郎と二人、顔を見合わせて笑い合う。

 子どもの頃から変わらない空気感に、少しばかり心が軽くなった。


「では、来週末にまた……ですぞ!」


 去っていく藤一郎の背中を見送りつつ、俺はもうひと頑張りするためにデスクへと戻るのであった。

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