格安物件内見会

緋雪

格安物件内見会

 まだ春と呼ぶには冷たすぎる風が吹いていた。


 大学の同期からは随分遅れをとって就職先が決まって、僕は、住宅の内見会に行った。 

 勿論一戸建てではない。僕一人が住むための部屋なので、1Kで十分だ。だが都心からギリギリの通勤距離でも、家賃はどこも安くない。


「ふぅ……」

何軒か不動産屋を回ったが、どこもピンとこなかった。

「よし、次でもう決めちゃおう」

半ば投げやりな気持ちで、自分が最後と決めた不動産屋に行った。

「春のとくとくフェア!格安物件内見会開催中!」

と、のぼりが上がっている。

「へえ。格安物件内見会かあ」

ホントにそうならありがたいと思いながら、店に入った。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの、部屋を探してるんですが」

「どうぞ」

カウンター前の椅子を勧められ、座った。

「広さ的にはどれくらいをお考えですか?」

店員が「中村と申します」と名刺を手渡しながら、聞いてくる。

「僕一人なので、そんなに広い所は要らないんです。荷物も多くないですし」

「場所的にはどのへんをご希望でしょう?」

「あ〜、このあたりか、このあたりか、このへんまでかなあ……」

僕は、中村さんの差し出す地図に、指で丸を何箇所か描いた。

「……安いのはどのへんになりますか?」

その一言に、中村さんは僕の顔を見る。

「お客様、お安い物件をお探しでいらっしゃいますか?」

「ええ、それは勿論です」

えっ? 普通の人はそうじゃないのか?

「実はうちで、『格安物件内見会』を開催中でして。そちらをご案内いたしましょうか?」

「あ、ああ、外にあったのぼりの……?」

「ええ。もう八割ほどはきまってしまったのですが、まだ残っているお部屋がございます。今からでもご案内できますが?」

なんだか、随分と話が早くなってきた。まあいいか。

「行きたいです」

僕は日時を決めて、不動産屋をあとにした。



 一軒目は、駅から徒歩10分のアパートだった。今回は、中村さんが車で案内してくれるので、歩く必要はない。

「こちらは、築3年の、かなり新しいアパートです」

中村さんがドアを開ける。凄い。ピカピカだ。1DK。ここまでの広さは必要ないのだが……。

「凄く綺麗な部屋ですね」

「そうなんです」

「ここが格安物件?」

「ええ、格安というか、相場よりは、ということなんですけれども……」

「相場? ……というと?」

「普通、これくらいのランクですと、安くても8万はするんですが、オーナーが6万でいいということでして」

そういうことか。でも、たかが僕一人のために、こんな綺麗で広い部屋は必要ないし、何より6万は予算オーバー。できれば5万円以内に抑えたい。

「他のところも見てみますか?」

僕が余り乗り気ではないと見て取ったのか、中村さんが言った。

「はい」



 次に案内されたのは、明らかに年数を重ねたアパートだった。駅からの距離は、さっきのところよりかなり遠い。徒歩20分くらいだということだった。


「こちらは築40年、新しくはないアパートで、1Kなんですが」

中村さんについて、部屋に入る。

「キッチンや風呂、トイレはリフォーム済みなので、部屋の中は古い感じはしないと思います」

「そうですね」

ユニットバスを覗きながら答える。贅沢なくらい綺麗だ。


「一階なので、女性が入居を躊躇ためらったり、駅からの距離がネックで今まで残っていたのもあるんですが、何より、ご覧の通り狭いので、物が余り置けないんですよね」

「ああ、その点は大丈夫です。僕、荷物少ないんで」

でも、そう言われてみればいびつな形の部屋だ。

「あの、ここの壁、なんでこっちに出っ張ってるんですか?」

「それがですね、どういう設計なのか、隣にクローゼットがありまして、そのスペースがこっちの部屋を狭くしているらしいんですね」

ふーん。そんなアパートもあるんだなあ。

「それで、こっちが安いんですね?」

「そうです。こちらですと、2万5千円になります」

「えっ?! そんなに安いの?」

「まあ、築年数と間取りと、駅までの距離ですかね」


 ふ〜ん。そんなに変わってくるのか。

 狭いと言われれば確かに狭いが、一人で暮らすには十分だ。キッチンもバス、トイレも綺麗で問題ない。駅には自転車で行けば問題なさそうだ。

「どうです? 気になります?」

「そうですね。特にこれといって問題はない感じです。」

「どうなさいます? 他もご覧になりますか?」

中村さんのその言い方は、僕がここに決めるだろうと思っているような感じがした。


「まあ、いいか」

流石に探し疲れた。部屋を探すのって大変なんだな、と思う。それに、2万5千円は魅力的だ。

 僕は、結局、ここに決めた。

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