第5話 箱の中身
思いっきり泣いた
些細なことで笑った
悲しみも喜びも寂しさも
生きている証のようだ
「この後はうちの村まで帰るのか?どこかへ行くのか?」
「特に決めてない」
「うちの村まで戻るなら一緒に行くけど。そもそも家に帰らなくていいのか?他にやりたいことでもあるのか?」
宿で明日からの予定を相談するが、ナズの反応はいまいちニブい。
「別にやりたいことはない。村には帰れない。あと43日は戻れないことになってる」
「戻れないって。なんか悪さでもしたのか?」
「………」
ダンマリだなぁ。そう言えばコイツのこと何も知らないな。どこから来たのかとか。お姉さん以外の家族のこととか。
なんかコイツ心配なんだよなぁ。旅の予定も杜撰だったし。ほっといたら野垂れ死しそう。
「なら、うちに来るか?」
いや、さすがにこれは言い過ぎか。数日前に出会った人間にこんなこと言われても困るだろう。ほら、驚いた顔してる。
「いや、お前が良ければだが」
「行く」
即答だな。
「あ、あ〜。そうか。なら村に戻るのに明日からまた歩かないとだな。今日は早く寝よう」
「わかった」と言ってナズは布団に埋もれていった。
「おやすみ」と声をかけると「おやすみ」と静かな声が返ってきた。
帰りは雨に降られることもなく順調に旅を進められた。
「ほれ」
行きに見つけた砂糖菓子を買いに店に寄った後、ナズに小さな箱を渡した。
「お前にもやるよ。店に付き合ってもらった礼」
ナズは不思議そうな顔をしている。
「あれ?甘いの好きじゃなかったか?」
「……いや。ありがとう」
まだ不思議な顔をしているナズに「どういたしまして」と返してまた歩き出す。
あとはたわいない話をして、4日間の帰路は終わっていった。
「やっぱりちょっと埃っぽいな」
さすがに9日間留守にした家は空気が澱んでいた。とりあえず窓を開けて換気する。
「客間があいてるから使ってくれ」
案内しながら客間の窓も開ける。キョロキョロしてるナズに「荷物は適当におけよ」と声をかけながら、シーツを出してきてベッドの用意をする。
「明日は朝一でおやっさんに帰ったこと伝えに行くから」
荷解きやらがひとしきり終わると夜になったので、夕飯を食べながら明日からのことを話すことにした。
「そのあと買出しと村の案内だな。村に戻れないって言ってたのはあと何日だっけ?」
「39日だ。それが終わると村に戻らないといけない」
「わかった。まあ他に行きたい所ができたら好きにしてもらったらいい。ただ、うちにいる間は家事は手伝ってもらうぞ」
コイツ何もできなさそうだなと思いつつも、素直に頷くナズに不安は感じなかった。まあ教えればいいか。
「そうかそうか。なら、その子がいる間は遠方への仕事はやめとこうか」
翌朝尋ねたおやっさんは、ナズがしばらくいることを話すと仕事の融通までしてくれた。
その後の買い出しや村の案内でも、会う人会う人みんなナズに優しい声をかけてくれた。
「みんないい人だろ」と言うと「そうだな」と相変わらずの無表情で返された。イヤなわけではなさそうだが、いまいち何考えてるかわからないんだよな。
「これでやる事は終わったから、家に帰って荷物を置いたら墓参りに行ってくるよ。すぐ戻るから家で待っててくれるか」
「俺も行きたい」
予想外の反応に、ん?と一瞬動きが止まってしまった。
「来てもいいが、ヒマだと思うぞ」
「構わない」
「ちょっと歩くし」
「平気だ」
「泣いてしまうかもしれんから恥ずかしいし」
「今更だろう」
それはそうだけど!
旅に出る時も思ったが、コイツ一度決めたら何を言っても聞かないよな。仕方ない。こっちが折れよう。
父さんと母さんの墓に参り、最後にアラヤの墓に砂糖菓子を添える。
ナズは少し離れたところに立っている。
「しばらく来れなくて悪かったな。少し遠くへ行っててな。懐かしい土産を買ってきた」
あ、ダメだな。
涙が溢れてきてそれ以上は何も言えなくなった。
墓の前で泣くのは初めてだな。頭の隅でぼんやりそんな事を考えながら、俯いてただ涙を流す。
どれくらいそうしていただろうか。気づくとあたりは夕焼けに染まっていた。
「また来るな」
それだけ言って墓をあとにする。ナズは律儀に同じ場所でずっと待っていた。
「待たせたな。帰ろうか」
無言のまま家路を歩く。後ろからついてくるナズの様子がいつもと違うことに俺は気づかなかった。
ナズと暮らす日々は穏やかなものだった。
予想通り家事は一切できなかったが教えれば意外と器用にこなした。村の人とも徐々に打ち解けていった。
山を散策したり、畑仕事を手伝ったり。特別なことは何もない日々だが、楽しく過ごしているように見えた。
ただ時々、どこか心が遠くにあるような顔をしているのが気になった。旅に出たのも事情がありそうだしな。無理矢理は聞きたくないので触れないでいるうちに、ナズが去るまであと1日となった。
「いよいよ明日か。寂しくなるな」
折角だから夕飯は豪華にしようと買い物に行った帰り、ポロッと本音が出た。
「泣いた時にそばにいてくれる人間がいなくなるからな」
ナズと暮らしだしてから、時々弟を思い出して泣くことがあった。そういう時は黙ってそばにいてくれた。
「まあそうだけど。やっぱり一緒に暮らした人がいなくなるのは寂しいもんなんだよ」
村に帰ってからも連絡よこせよ〜なんて軽口を言ってると、急に地面が揺れた。
「うわ!地震か!」
揺れはすぐにおさまった。
「おさまったか。最近地震やら雨やら天災が多いよな」
暗い顔になっているのがわかる。いけない。最後の日なんだから美味しいものを食べて笑顔で送りだしてやらないと。
「明日で全てなくなる」
「は?」
明るい顔を作る途中の変な顔で止まってしまった。
「明日で天災は起きなくなる」
……なんだろう。遠い。透明な布の向こうにナズがいるように感じる。
「……なんでそんなことがわかるんだよ」
射抜くような目でナズが俺を見た。
「俺が明日死ぬからだ」
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