第4話 知らない方がいいこと
先に逝った者にはわからない
遺された者の気持ちなど
生き残った者にはわからない
死にゆく者の気持ちなど
「本当に晴れたな」
ナズの予報は大当たりで、翌朝は澄み渡る青い空が広がっていた。
「だから言っただろう」
当たり前だと言わんばかりの態度だ。その自信はどこからくるんだよ。
「じゃあ次に雨が降るのは、いつかわかるか」
「……一週間後だな。昨日みたいな大雨ではないが」
本当かよ。訝しげな目で見るがナズは気にしない。
「じゃあ、それが当たったら何か言うこと1つ聞いてやるよ。さあ、今日はかなり歩くからな。雨の後で歩きにくくなってるだろうし、できるだけ早く出発しよう」
雨で道は歩きにくくなってたが、昨日ゆっくり休めたためあまり苦にはならなかった。
昼頃に到着した村で昼食にしようと食堂を探していると、ある店がふと目に入った。
「どうした?」
思わず店の前で止まってしまっていたようだ。ナズに声をかけられる。
「あ、いや…」
慌てて歩き出そうとして、あるものに気を取られた。カラフルな粒が箱いっぱいに詰まっている。
「何を見てるんだ?」
なかなか動かない俺に、ナズが不思議そうな顔で店を覗き込んだ。
「……あのお菓子。アラヤに土産で買って帰ったことがあるんだ」
そうだ。あの時土産に買って帰ったのは、この砂糖菓子だ。「兄さんが甘いもの食べたかっただけじゃねぇの」と言いながら、嬉しそうにしていた姿を思い出す。
「帰りに買って墓にでも供えてやろうかな」
今までは墓の前に行っても動けなくなるだけだったのにな。
「すまなかったな。行こう」
ナズのほうを見ると、なんとく険しい顔をしている気がする。
「どうした?腹が減ったか?はやく店を探そうか」
ナズはハッと驚いた顔をして、少し戸惑ったあと「そうだな」といつもの無表情に戻る。なんだか様子が変だな。今日はかなりハイペースで歩いてるからな。無理がないように気をつけてやらないと。
残りの旅程は驚くほどスムーズにいき、翌日の昼にミズカ村に着いた。
「お姉さんが世話になった人の家はわかるのか?」
「名前もわからない」
予想外の答えが帰ってきた。最初も思ったが、随分と無茶な旅をしているな。
「なら、とりあえず手当たり次第聞き込みでもしてみるか」
ここまできたら乗り掛かった船だ。探し人に会わせるまでは帰れない。
村人にひたすら聞き込みをして、夕方には目当ての家に辿り着くことができた。
「俺はここで待ってようか?」
「いや、一緒に来てくれ」
緊張してるのだろうか?そんな感じでもないが。まあ、別に構わないから着いて行くことにした。
「まあ!ナノカちゃんの弟さんなの!」
突然の訪問にも関わらず俺たちは快く迎え入れられ、お茶を飲んでいる。
「もう10年になるのねぇ。この子が生まれた時のことだものねぇ」
嬉しそうにする婦人の横には、知らない人に緊張している女の子が座っている。
話を聞くと、婦人がこの子を妊娠中に道で体調が悪くなったのを、ナズのお姉さんが助けたらしい。その縁で数日この家にお世話になったそうだ。
「ナノカちゃんは元気にしているの?全然連絡がないから心配してたのよ」
思わずナズを見る。相変わらずの無表情だ。
「大丈夫です。元気にしてますよ。仕事が忙しくて。ずっと連絡しようと思いながらできなくて、だんだん連絡しづらくなったみたいで。だから姉には内緒で来たんです」
「そうなの。10年前も仕事で戻らないといけないからと言ってたものね。まあ、元気にしてるならそれでいいわ」
婦人は優しく微笑むと「そういえば、ナノカちゃんは甘いものが好きでね……」と思い出話を嬉しそうに始めた。
話を聞きながら横を見ると、何を考えてるのかわからない無表情が規則的に相槌を打っていた。
「じゃあ、ナノカちゃんによろしくね。」
不満そうな顔の婦人に見送られながら、家を後にする。
今日はミズカ村で宿をとると言ったら「うちに泊まればいいじゃない」と提案されたが、姉の死を隠してる弟とまったく関係のない男の2人では気まず過ぎて辞退した。
宿に向けて歩きながら、ずっと聞きたかった疑問をナズに聞く。
「お姉さんが死んだこと隠してるんだな」
「……彼女が望んだんだ。死んだことを知られなければ、あの人の中で自分は生き続けられるからと」
生き続けられる、か。アラヤの遺体が見つからなければ、俺もどこかでアラヤが生きてるかもと思い続けたんだろうか。
「なんであの人達に会いたかったんだ?」
「姉が死の前に何を思ってたのか知りたくて」
「……そうか」
お姉さんは突然亡くなったわけではなくて、病気か何かだったんだろうか。色々聞きたいことはあるのになぜか聞くことを躊躇われ、そのまま無言で宿まで歩いた。
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