おかえり不動産

カズサノスケ

第1話 おかえり不動産

 仕事の帰り道。駅出て、スーパー寄って、家へ向かおうとしたところで買い忘れに気付いてドラッグストアへ行って。疲れていたせいか何を買い忘れていたかを忘れてしまっている私…。


 無駄な行動を無駄なままにしない為、缶チューハイを買った。そして、たまに寄る公園へ。


「ぷはぁ~~。これこれ」


 ブランコに揺られながらグビグビやると少し早く酔えるという生活の知恵を使ってみる。失敗を無かった事にしてちょっといい気分で家路へ。


 もうすぐ着くというところで障害が。誰か引っ越しでもするのか?ただでさえ狭い路地に洗濯機やら冷蔵庫やらの家電が並んで通りづらい…。


 身体を横にしてすり抜けようとしたらビリッと音が…。どこかに服を引っ掛けた…。確認しようとして塀に軽く頭ぶつけてるし…。



「あれ? こんな所に建物なんてあったっけ?」


 そんな散々な帰り道で見かけたのが見慣れぬ不動産屋。おかえり不動産、変な名前だなぁ。それにしても、毎日、家と会社の往復で1日2回は通る路。今朝はなかったはずなんだけどなぁ。まあ、今は引っ越しの用事もないし通り過ぎるけど。


 店の前を通りながら何気なく覗き込むといきなり目が合った。まるで私にタイミングを合わせたかの様にガラス戸へぐっと顔を近付けてきたおじさんと…。


 なにっ?こわっ……。おそらくこの不動産屋の人なんだろうけど…。偶然、知らない人とバッチり目と目が合うってちょっと恐怖体験だった…。そんなわけで当初の予定通りに急いで通り過ぎようとしたら、おじさんが手招きしている。


 私? 何だか本格的に怖いんですけど…。慌てて走り出したら。


「えっ!? なんで店の中に?」


「おかえり不動産ですよぉ」


 ひぇぇぇぇ~~~~。おじさんが私の頭を両手でペタペタと触りながらそんな風に言った。大声で助けを呼ぼうとしたけどお腹に力が入らない…。やっ、やばい、私、変質者に殺されちゃうかも…。


「内見していきますよねぇ?」


 この状況からの内見お誘い?不動産屋さんだから当然と言えば当然なのだけど、この数分間の展開からだと異常事態だ…。


 でも、ここは抵抗せずに従おう。そして、逃げ出す機会を伺おう。チャンスは物件へ向かう移動中。最悪、内見までもつれこんでもベランダからとかチャンスは作れるはず。


「はい……」



 移動中に逃げ出すのは不可能でした。移動をしなかったので…。


 でも、これ、なんだろう?おじさんが店の中にあったドアを開けたら物件になっていた。ん…、どうでもいい事だけど。あの古びたドアに見覚えが。わからない…。


「リビングですよぉ。お気に召しましたかぁ?」


「えぇ……」


 どこかで見た事あるなぁ~。なんて考えてたら私が今見ているドラマに出て来るのとそっくりだ。


 そこには理想的な夫がいて妻がいて、子供が男の子と女の子が1人ずつ。で、ゴールデンレトリバーくんも1人。ごくごく平凡、普通過ぎるほど普通の家族が暮らすドラマのお部屋。


 で、目の前に拡がるリビングには顔のない夫がいて私にそっくりな妻がいて。やっぱり顔のない子供がいて、顔のあるレトリバーくんも。


 ワンちゃんもよーく見ればそれぞれ違う顔なんだけど大雑把にレトリバーにはレトリバー顔というものがあって、それはいわゆるレトリバー顔をしている。


 将来、そんな家族構成でこんなリビングでの一時を過ごしてみたい。そんな日を夢見て第4志望だった就職先で働いている私。まあ第4だろうが美容品メーカーであるのには違いなし。どうせ独立してネイルアーティストになるだから関係なしっと。


 さて、今26歳。理想通りに33歳までにそうなるか?社内コンペの企画は通らない、夫候補はどこに?無理そうだ…。


 ところで、レトリバーでもいいのだけど私の好みとしてはシベリアンハスキーなんだよねぇ。


「あぁ、そうですかぁ。失礼しましたよぉ」


「へっ?」


 ソファの上にちょこんと座っていたレトリバーがシベリアンハスキーに変わっている。


「あの……。そう言えば最初から気になっていたのですけど、ここはどうなっているんですか? もしかしてマジックとかのイベントでした?」


「ではお庭でも見ましょうよぉ」


「は、はい……」


 話聞いてないし…。でも、この物件に庭とか付いているんだ?ドラマに出てくるの確かタワマンだから付いてないしなぁ。


 おじさんがドアを開けると。って、さっきまでそこにドアなんかあったっけ?あっ、またあの古びたドアだ。ん~~、やっぱり思い出せない。


「いや~~、随分と立派な純和風庭園ですねぇ」


 もう、どうなっているかよくわかんない。ただ、いいものはいい。ただ、私が尊敬する憧れのネイルアーティストさんの自宅のとそっくり。先月、雑誌のインタビュー記事で見たやつだ。


 オーナーアーティストとして従業員を抱えて5店舗を展開。それを達成出来たら自分への御褒美に造ってみたい夢の夢。さて、とても独立出来そうもない現実とのギャップが…。


「マリカさんの自室もありますよぉ」


 あっ、そうなんだ。今時の庶民的な住宅事情でそれは超贅沢、てっきり夫婦部屋だと思っていたのに。ん?待って。名乗ってもないのにどうして私の名前を?


「あっ……。ここは……」


 私が中高生を過ごした実家の部屋だった。ぼんやり美容の世界へ進みたい、メイクかなぁ、ネイルかなぁ、なーんて考えながらそれ系の雑誌を読みふけっていた部屋。


 そういった自己プロデュースが上手な女子アイドルの写真をあちらこちらに貼っていた部屋。


 ごめんなさい、17歳頃の私に。順調とは言えないけどまあまあそこへ近付いて、でも、まあまあうまくいかなくて…。


 あなたがお父さんのおつまみ入れから盗んでかじっていたおやつ、カルパスで私も酒を飲む様になってしまいました。軽く腐ってごめんなさい、仕事帰りにスーパーで買った缶チューハイを公園のブランコに座ってグビグビやるようなお姉さんになってしまって…。


 あっ、そう言えばあの古びたドアって。実家の私の部屋のだ。


「次にここへ帰ってくる時はあやまらなくていい様にするから、今は許してね」



 目が覚めた。何か頭が痛い…。


「マリカ! よかった、よかった。本当によかった」


「あれ? お父さん、お母さん、どうして? いてててっ」


「どうしてって……。でも生きててよかった、おかえり」


 そうだ…。あの日は仕事でやらかして公園でいつもより多めに飲んじゃった…。で、帰り道に狭い通路でスカート引っ掛けて、外そうとしたら勢いよく大通りに飛び出しちゃって。なんか車のヘッドライトが見えて…。


 仰向けの私の顔の上で泣きじゃくる両親の涙がちょっと口に流れこんじゃうんですけど…。しょっぱいな、なんかしょっぱ過ぎるな、これ…。


「たった今、看護師から聞きましたよぉ。お嬢さん、意識が戻ったとぉ?」


「あっ、不動産屋のおじさん」


「これ、何言っているのマリカ。あなたの頭の手術をしてくれた先生ですよ」


「お母さん、お気になさらず。色々と記憶が入り混じったり抜け落ちたりしててもおかしくありませんから。マリカさん、取り敢えず気分はいかがですか?」


「いろいろと内見してきたんでスッキりしています。早く怪我を治して頑張ります!」


 みんなポカーんとしていたけどそれでいい。あの時、開いたのは私の心の扉。そして、私の気持ちはすっかりとリフォーム済なのだし。

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