大家さん『が』事故物件

無雲律人

前編

「今日はよろしくお願いします。予約した蟹田かにたです」


 今日は彼と私が結婚後に住む住宅の内見の日だ。


 まず私たちがチョイスしたのが小さな平屋の一軒家。写真で見る限り、凄く古そうで私はドキドキしていた。だって、そんなに古めかしい家に住むのは嫌なんだもの。


「千明、ほら見てみなよ。少し庭があるからガーデニングが出来るよ?」

「あら……本当……でも、お隣との間に塀が無いのね」


 この一角は小さな平屋が十軒ほど並んでいて、家と家の間に塀は無い。しかも、お隣には狂暴そうな黒い犬がいる。


「ワンワン! ワンワン!」


 犬がこちらに対して牙を剥いて吠えて来る。


「あはは。元気なワンちゃんだな!」

「……私は怖いわよ正樹さん……」


 引いている私をよそに彼はとても楽しそうにしている。


「それじゃ、中の方もご覧になって下さい!」


 小太りの不動産屋の営業マンにそう促されたから、中も見ておくことにした。


 中はそれなりに綺麗にリフォームされていて、キッチンはそれなりの広さがある。ただ、お風呂が今時バランス釜で、トイレは何とか温水洗浄便座が付いていた。私がこの物件を見ておく気になったのも、トイレに温水洗浄便座があったからだ。じゃなきゃ、こんな築五十年の古びた小さな一軒家なんて見に来ない。


「おっ。この和室が居間になるかな。どうかな? 千明!」


 和室に入る。


 ミシッ。ミシッと畳が軋む音がする。私が特別太っているわけでもないのに、何でこの床はこんなに軋んでいるのだろう?


「あの……床がふよふよなんですけど……」


 営業マンにそう尋ねる。


「あ、それは古いからですねー」


 一言で片づけられた……。古いから……古すぎる……何で正樹さんはこんな家を嬉々として見ているのだろうか。


「あ、婚約者様。ちょっといいですか?」


 不動産屋が私だけを手招きした。


「ここだけの話なんですけど、この物件は家賃五万円じゃないですか。あと五千円出せたら綺麗なアパートをご紹介出来るんですが!」

「えっ……?」

「この近所にあるんですけどね、お値打ち物件なんですよ」


 私がこの物件を気に食わない事が顔に出ていたのだろうか。あと五千円上乗せすれば綺麗なアパートに住めるなら、断然そっちの方がいい!


「一応、その件を蟹田様にお聞き頂けたらとー」


 営業マンはニコニコして私を促してくる。私は意を決して正樹さんに提案した。


「ねぇ? 正樹さん。あと五千円出せれば、とっても綺麗な物件を貸してくれるらしいわよ?」

「え? あと五千円?」

「そう、五万五千円でいいらしいの」

「千明、俺の安月給知ってるだろ?」

「知ってるけど……正直私はこの物件あんまり好きじゃない。ね、見てみるだけでも!」

 

 正樹さんはそのアパートの内見に行く事を、渋々了承してくれた。

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