住宅の内見

もと

住宅の内見

 その、ニンゲンの為に建てられた家は、しょんぼりしていた。他にも怒り狂っていたり泣いていたり笑うしか無いと大笑いしている家はあったが、とにかくその家はしょんぼりしていた。どうやら、これから住むかどうかというニンゲンがその家を品定めしている最中さなかにコトが起きたらしい。

 あれからどれだけ経ったか、プンスカしていた家もワンワン泣いていた家もゲラゲラ笑っていた家も建っている気力が無くなった模様。次々に崩れていく。

 雲をかぶる程の高い塔も、立ち込める霧から頭を出す灰色のビルも、山奥の掘っ立て小屋も、地球に還るように倒れていく。

 キツネに追われるリスが足下をくぐった。

 昔から気になる事があるとすぐ現場に来てしまう。どれだけ叱られても構わない、この『心』をはぐらかし有耶無耶うやむやに時を進めるよりは存分に叱られてやろう。さて、リスよキツネよ。ここで出会ったも何かの縁、お前達はこの先仲良く二人で食べ物を探し病める時も健やかなる時も……えい。

 リスを背に乗せたキツネがピュンと駆けていった。

 なにか新しい物語が始まると良い、と思う。

 さてさて目的のその家は、この家だ。つたが絡み木の根がい、そこかしこにこけとキノコが生えては消える。ずっと見ていた。

「お前は、何故なにゆえそんなに頑張るのだ?」

「……かみさま、か?」

「ニンゲンにそう呼ばれる時もあった。そう呼ばれない時もあった。やはりお前は『心』を持っているのだな」

「こころ、というのか……わからない……なにも、わからない」

 おやおや、少し買い被り過ぎただろうか。家は、弱っている。通じるはずの言葉も覚束おぼつかない。

「ヒトを、どこへやった?」

「ん? ニンゲンか、ニンゲンは少し騒がしくし過ぎていたから消えてもらったのだよ」

「さわ、がしく?」

「この美しい地球ほし宇宙そらでも稀有な存在、それをけがしていくだけの存在ならば、騒がしいだけの害虫だよ。お前も虫は分かるだろう?」

「……虫」

「お前のその身を食っている虫、シロアリか。お前を地球としニンゲンを虫とすれば分かり良いのではないか」

「そうか……」

 長く目をかけていた家、なのに、深い呼吸と共に零れるような言葉だった。もう間もなくこの家も崩れるだろう。

 屋根を覆い尽くしそうな蔦には幾筋も蛇が絡んでいる。土台を掴む木の根にはコガネムシが歩いている。蔦と木の根の隙間を縫う苔は水を含み、白い花が無数に咲いている箇所がある。キノコはその影々に、ひっそりと。

「中を見てみたいのだが」

「……神様が、家を見てどうする? そこからでも見えてるんだろ?」

なににでも、実際に触れてみたくなる性質たちでね」

「好きに、してくれ」

 カチッ、鍵が動いたようだ。誰もいない地上でこの家は鍵をかけていたのか。白かったであろうドアがミシミシときしみブチブチと植物が切れて、家の口が開いた。ならばとニンゲンの背丈に合わせて縮こまり、よし食べられてやろうか。

「これは驚きだ、中は綺麗だね」

「思ったよりは、だろ? もう、土も石も風も入り放題で……こんなの、家じゃ、ない」

 その絞り出すような言葉に、少し滑らかになった言葉に、いつか知ったあわれみとは違う、不思議な『心』が内に芽生えた。

「立派だ、と思う。お前は立派な家だ」

「……本当か? 本当に? ほんと?」

「ああ、本当だ真実だ。今すぐニンゲンが現れても住めるのではないか」

「……ありがと」

 パタン、と奥の扉が開いた。進む。ニンゲンを何十か詰められそうな広い空間だ。暗い、が、見上げれば角々の継ぎ目から太陽の光が細く弱く差し込んできている。やはり崩れるか、もうすぐ。

「二階もあるんだ、二階も……見てくれるか?」

「ああ」

「嬉しいな」

い家だ。広くて狭くて、この体にならば丁度いい」

「ありがとう、本当にありがとう、神様」

「ああ」

 悲鳴を上げる階段、明かりが入る小窓、パタンと開く扉。

「ここは子供が住む部屋で、隣は二人目の子供が住む部屋で」

「ほうほう」

 軋む床、太陽が更に明るく射し込む隙間、パタンパタンと忙しく開けては閉まる扉。

「そこはトイレで、そこは物置で、そこは、うふふ、屋根裏部屋があるんだ」

「ほう?」

 ゴツンと危なかしく落ちてきた梯子はしご、パタンと開いた屋根裏部屋への口。

「だいじょぶ崩れないから、崩さないから、どうぞ神様」

「ほう」

 そこは、この体でも少し背を丸めて入る仕様の、どこよりも小さく明るい部屋だ。光の筋が美しい。いや、隙間だらけというのだろうか。

 それでも何もない板の上に光、空気が動いた事による塵も輝き、美しい。

「ここは子供の隠れ家みたいな、秘密基地みたいな部屋になったはずだ。お気に入りなんだ」

「……」

「神様? なにか変? あまり良くなかった?」

「……素晴らしい、と、思う」

 その家は生き返ったかのように呼吸を始めた。特にどこがどう変わったという訳でもないのに、分かった。

 家は語り続けている。日が暮れて、夜になっても。

 木を切り倒したニンゲンの話を。

 金属から出来た部品が運ばれている時の話を。

 穴を掘りコンクリートを詰めたニンゲンの話を。

 ガラス窓として生まれた時の話を。

 ニンゲンの、話を。

 家が少し言葉を途切れさせた、大切に思いだそうとしているその隙に、浮かんだ『心』をそのまま伝えてみる事にした。「ここに、しばらく居ても良いだろうか」ピシと家のどこかが鳴った。自由に突然やってきて、流石に勝手な振る舞いが過ぎただろうか。返事はまだ、無い。

「……その……」

「なんだ」

「……えっと……間違えてたら、ごめんなさい。神様が、住んでくれるの?」

「駄目だろうか」

「いいよ! いいに決まってる!」

「そうか、良かった」

 言葉を探していたのか、間違いかと思うほど、それほどに喜んでいたのか。

 隙間から月光、隙間から太陽。屋根を鳥が歩く音がする。もう少し大きい動物の足音も。

 その家は語り続ける。まるで全ては昨日か一昨日の出来事かとでもいうように、居心地の良い屋根裏に『神様』を住まわせながら。新しく芽生えた感情に名前はつけられそうにない。

 いつ、こちらの話をしようか。

「それでね、屋根に上って平気で歩くんだよヒトは、スゴいよね」

「そうだな」もう間もなく、ここ地球を気に入った生物が他の星から移り住んで来る事を。

「でもね、強い風とか大雨だと若いヒトは嫌になっちゃうんだ。だから天気が悪い日は建てるヒトが来なくて」

「意外と弱いのだな」その生き物の為に、邪魔になりそうなニンゲンだけは消しておいた事を。

「そうだ、ヒトの子供はね、石コロを蹴りながら歩く」

「何の為に」無事に地球を引き渡せた暁には、この懐に莫大な富が転がり込んでくる事を。

「分からない、ぜんっぜん分からないんだよ」

「なんだそれは」新しい生物はこの家には入れない巨体、むしろ一歩で蹴散らされてしまうかも知れない事を。

「面白いよねえ、いつかまた会えたら聞いてみるよ」

「家は喋っていいのか」きっと、悲しむだろう。

「あ、ダメかも! でも、こんな状況だし神様以外は誰も見てないから大丈夫!」

「そうだな」神様でも無いのだから。


 いつ、この家に話を――





  タイトル

  『幸せな家』

  おわり。

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