婚約破棄した第三王子の新生活

国城 花

婚約破棄した第三王子の新生活


「--公爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!」


ざわざわと、周りの生徒たちに動揺が広がる。


ここは、貴族の子女が通う貴族学園。

時刻は、昼休みがあともう少しで終わりそうな時間帯。

場所は、大勢の生徒が行き交う広間。


婚約者である公爵令嬢についにこの言葉を突きつけた第三王子は、達成感から小鼻が膨らむ。

突然婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢は、一瞬だけ不愉快そうに眉を寄せる。


「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」


銀髪の公爵令嬢は、すぐに令嬢らしい表情に戻ると冷静に第三王子を見つめる。

第三王子は、面白くなさそうに息を吐く。


「そういうところだ」

「そういうところ、とは?」

「愛想がない、感情がない、可愛げがない」


第三王子の言葉に、周りにいる女性生徒の視線が厳しくなる。


「それが、婚約破棄の理由ですか?」

「そうだ」

「どなたか、好いたお方がいらしゃるのですか?」

「婚約者でなくなるお前に関係ないだろう」

「………」

「正式な書類は後日届ける」


それだけ言うと、第三王子は元婚約者に背中を向けた。

昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴っていた。



婚約者に勝手に婚約破棄を突きつけたことに対して、父親である国王は呆れ、母親である王妃は怒っていた。

兄である第一王子には軽く頭を叩かれ、もう一人の兄である第二王子には「相変わらず馬鹿だねぇ」と笑われた。

妹には、「お兄様なんて大嫌い!」と言われて泣かれた。


「あれだけご家族に怒られて謹慎を言い渡されたのに、よくもまぁすぐに王宮を抜け出しますね」

「お前も同罪だからな」

「乳兄弟の運命だと思って諦めてますよ」


やれやれとため息をついている茶髪の男は、第三王子の付き人であり乳兄弟でもある。


「バレたら怒られますよ」

「王宮からそんなに遠くない場所だから大丈夫だろ」

「普通、謹慎って言われたら部屋から出ないものですよ」

「詳しくは言われてないからな」


国王には、「しばらく謹慎していろ」と言われただけである。

どこで謹慎しているかはこちらの自由だ。


「で、どこに向かってるんですか?」

「新居だ」

「麗しい銀髪の公爵令嬢との?」

「馬鹿か。あいつとは婚約破棄した」

「では、真実の愛とかいうくだらないものでも見つけましたか?」

「何を言ってるんだ、お前」

「娯楽小説で最近流行りの内容ですよ。婚約破棄する男は、大体が真実の愛というものに目覚めるそうです」

「何故それが真実の愛だと分かるんだ?そもそも、真実の愛とは何だ?」

「何でしょうね」

「意味が分からん」

「同意見です」


そんなことを話しているうちに、目的地に到着する。

王宮の目と鼻の先にある、人気のない屋敷である。


「ここは…問題を起こした王族が放り込まれる屋敷では?」

「そうだ」

「何故ここに来たんですか?」

「移り住む前に、建物の中を見ておきたいだろう」

「…はぁ」


曖昧な返事をする付き人に構わず、第三王子は屋敷の鍵を開けて中に入る。

暗くて埃っぽいが、王族が住む場所とあって綺麗である。


「部屋数は少し多いが、まぁなんとかなるだろう」


使わない部屋はそのままにしておけばいい。

来客もほとんど来ないだろう。


「キッチンも広いな」


王宮ではできなかった料理を始めるのも良いかもしれない。


「前の住人が住んでいたのは20年ほど前らしいが…修繕が必要な場所も特に無さそうだな」


住人がいなくてもちゃんと管理をしているのだろう。

雨漏りがないのは良いことだ。


あまり多くは持って来れないだろうから、必要なものだけ荷物にまとめて。

荷物の運搬はさすがに人手を借りる必要がある。

運搬さえすれば、後は少人数で何とかなるだろう。

家具を置いて、自分の好きなように部屋を整える。

どうせ時間はたくさんあるのだから、今までできなかったことに取り組むのも良い。


「……じ、…王子!」


新生活に思いを馳せていると、バンバンと肩を叩かれる。


「うるさいな。何だ」


少し不機嫌になりながら振り返ると、そこには銀髪の令嬢がいた。

先日婚約破棄を突きつけた、元婚約者である。


「…何故、お前がこんなところにいる」

「それはこちらのセリフです。何故、第三王子ともあろうお方がこんなところにいるのですか?」


銀髪の令嬢はぐるりと屋敷を見渡す。


「ここは、問題を起こした王族の方が住む場所です」

「新居を見に来て何が悪い」

「…新居?まさか、ここにお住まいになるのですか?」

「お前には関係ないだろう」

「関係はあります。まだ婚約者ですから」

「婚約破棄の書類を送ったはずだが?」

「えぇ。受け取りました」


令嬢は手持ちのバッグから書類を取り出す。


「ですが私が承諾しない限り、婚約は破棄されません」

「何故承諾しない?」

「何故、承諾すると思うのでしょう」

「お前は好きな相手が出来たのだろう」

「…もしかして、私に好きな相手が出来たから婚約破棄をしようとしたのですか?」

「いや…」


ぐっと言葉に詰まる第三王子に、令嬢は呆れたようにため息をつく。


「好きな相手のことを、私はどんな方だと言っていましたか?」

「誤解されやすいが優しくて、行動力はあるが少し無鉄砲なところがあると」

「えぇ。他には?」

「優秀な兄が2人いて、その2人を邪魔しないようにいつも心がけている努力家であると」

「追加いたしますと、少し気の強い妹さんもいらっしゃいます。兄弟仲はよろしいようです」

「仲の良い乳兄弟がいて、見ていて嫉妬するくらいだと」

「生まれた時からずっと一緒であるという仲にそうそう勝てるとは思いませんが、婚約者より距離が近いのはどうかと思います」

「ちなみにお伺いいたしますが、その乳兄弟はどんな人ですか?」


付き人に尋ねられ、令嬢は微笑んで答える。


「すらりと背が高く、髪は赤に近い茶色。諦めが早くて言動が軽いように見えますが、公爵家の令嬢が足音を潜めて近付いてもすぐに気付く護衛の鑑です」

「ありがとうございます」


付き人は満足そうに微笑んで令嬢に頭を下げ、王子の隣から一歩下がる。


「…その、お前が好きな相手はどんな見た目だ」

「情熱を感じる赤い髪に、王族特有の金色の瞳でいらっしゃいます。乳兄弟の方に身長が追い付かないと悔しがっていらっしゃいましたが、あまり身長が高いと首が疲れますのでそのままで良いと思っております」


「………俺か」

「ようやくお気づきになりましたか」


令嬢は深いため息をつく。


「だから、第三王子は馬鹿だと言われるのです」


頭が悪いわけではないのに、ところどころ鈍感なせいで選択を誤る。

そのたびに、第三王子をよく知る者は「馬鹿だ」と嘆いてきた。


「令嬢らしく遠回しに想いを伝えましたら、人前で婚約破棄ですもの。驚きました」

「…すまない」

「今後は何か行動に移す際には、私にも相談してください」

「…はい」

「愛想がない、感情がない、可愛げのない私ですから、多少は冷静に判断ができると思います」

「本当にすみませんでした…」

「今回のことが悪いと思っているのなら、今後は私に嘘をつかないでくださいね」

「はい」

「それでは、王宮に帰りますよ」


少し名残惜しそうに後ろを見ながらも、第三王子は婚約者に手を引かれて屋敷を出ていった。


付き人は屋敷に鍵をかけ、やれやれとため息をつく。


馬鹿な第三王子の新生活は、始まることなく終わったのだった。


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