第4話 内見


 ツバイエンに案内された店舗兼家屋は、今の物より倍の店構えをしていた。

 通りの幅を考慮したら、建物だけでも今の4倍以上の面積になるだろうし、裏庭まで用意されているとなれば、土地もかなりの広さになる。

 カインクムとしたら、フィルランカと2人でエルメアーナを待れば良かったので驚いていた。

「いや、こんな物件を紹介されてもなぁ」

 慌ててカインクムは答えるとツバイエンは困った様な表情をするが、話を聞いていたフィルランカは外観をうっとりした表情で見ていた。

「えっ! これでは不満ですか。だったら、これ以上の物件となると、……。まいったなぁ、ここが一番良い物件なんですけど」

 カインクムは、自分の思いが違った方向に向かったと思って慌てた。

「いや、そうじゃない。こんなに良い物件を紹介されても! 今の家は、この半分も無いし、かなり古いし、家賃だって安く抑えているんだ」

 慌てた様子のカインクムをツバイエンは平然と見ていた。

「あ、賃貸料は、今までの金額で構わないと言われてますので、費用については気にしないでください。それに引越し費用も商会の方で持つようにと厳命されてますから安心してください」

 カインクムは、声を失った。

 新規の店舗兼家屋で広さもあり、裏庭まで用意されているなら、今のカインクムの店舗より家賃は10倍前後になってしまう。

 1人で店舗の経営まで行っているカインクムは、相場も理解していたので、この申し出は、ありがたいというより恐ろしく思えたようだ。

「ここの区画は、帝国がギルドを誘致するために、建設中の第8区画を中止して作ってますから、ギルドと冒険者の為に優秀な鍛冶屋が必要なんです。カインクムさんがこの区画に来てくれたら、商会もギルドと帝国に対して面目が立ちますから、家賃以上の価値があるんです」

 ツバイエンの言葉にカインクムは、信じられないような表情で通りに面した店舗を見た。

「ああ、そう言えば、無料でも構わないような事を言ってましたが、それだと絶対に断るだろうと、ジュエルイアンとヒュェルリーンが話してました。今の家賃と同じなら妥当だとか言ってましたね」

 ツバイエンの言葉にカインクムは力が抜けたように肩が下がった。

(ジュエルイアンのやつ、何を考えているんだ! これじゃあ、お前が損をするだろう。引越しの費用も出してくれてまで、俺達を引越させるって、俺達の為に何でここまでするんだ)

 そして、ふと気になった様子でフィルランカを見た。

 フィルランカは、2人の言葉が聞こえない様子で1階の店舗から2階と視線を動かし、うっとりするような表情で見ていた。

(何だ、フィルランカは、気に入ったみたいだな。ジュエルイアンに何か思惑があったとしても、命まで取られる事は無いか)

 その様子を見てカインクムは、強張った表情が緩んだ。

(フィルランカが気に入ったみたいだから、ジュエルイアンの言葉に甘えてもいいか)

 カインクムは、笑顔になった。

「フィルランカ。中を見てみるか」

 その言葉は、フィルランカの耳に入った。

 嬉しそうにカインクムを見ると、うんと頷いたので、カインクムは納得するような表情をするとツバイエンを見た。

「じゃあ、中を見せてくれないか」

「かしこまりました」

 ツバイエンは、カバンの中から鍵を取り出しながら玄関に向かうと、その後ろをカインクムとフィルランカが続いた。


 店舗側の入口から入ると、店舗の奥行きもあり、左側の壁には武器などを飾り付けられるようになっており棚も設置されていた。

 そして、奥にはカウンターが用意されており取引ができるようになって、右側には商談用のテーブルも用意されていた。

 入口の反対側の壁には、奥に通じる扉が用意されており、カインクムとフィルランカは、店舗の中をマジマジと見ていた。

(流石に新築の物件だな。それに店舗の使い勝手も良さそうだ)

 カインクムが入口付近で見渡していると、フィルランカは、商談用のテーブルを確認したり、奥のカウンターを調べるように歩き回って隅々まで確認していた。

(店舗は気に入ったみたいだな)

 カインクムは、フィルランカの様子を嬉しそうに見ていると、ツバイエンはカインクムを見ていた。

 ツバイエンの視線に気がついたカインクムは一度咳払いをした。

「良い店舗ですね」

 その答えにツバイエンは安心した表情を見せた。

「気に入って頂けて幸いです。きっと、奥の方も気に入っていただけると思います」

 そう言うと、奥の扉の方に手をかざしたので、カインクムは歩き出した。

 ツバイエンが奥の扉を開けるが、フィルランカは店舗の中を細かく観察するように見ていた。

「フィルランカ、ここだけじゃなくて奥も見てみよう」

 言われてフィルランカはカインクムに笑顔を向けると近寄ってきた。

「何だ、随分気に入ったみたいじゃないか」

 カインクムが言うとフィルランカは、少しはにかんだような表情をした。

(まあ、女なら新しい家を見るのは嬉しいものなのかもしれないな)

 ツバイエンは、扉の奥に進んだので、その後をカインクムとフィルランカも続いた。

 扉の先は通路が伸びており、その先には裏口の扉が見えた。

 そして、左右には扉が有って、少し行った先の扉をツバイエンが開けた。

「ここが1階のリビングになります。台所も有りますから職人さんや従業員の方の食事の用意も可能です」

 リビングには大きめのテーブルと椅子が二組用意されており、20人程度なら十分に座る事ができる。

「席も広めだわ。それにテーブルの間隔も広いから、食堂を経営できそう」

 フィルランカは、びっくりした様子で思わず声に出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る