【KAC20242】奇妙な客

三寒四温

第1話

 よし、準備ОKと。入口の鍵を開け、立て看板を出して、店名のあんどんも点けて。


 私はこの街の片隅でショットバーを営んでいます。まあ、半分趣味みたいなもの。私ひとり食べられればそれでいいので。


 この商売をやってるのは、人の話を聞くのが好きだってのもあるかもしれません。いろんな立場の人がいろんな話をしてくれます。行ったことのない場所にも、想像でまるで行った気になったりしてます。いい話ばかりじゃないですけどね。


 今日も、ほら。時々お越しになるA様がご来店。A様は近くで個人で不動産業を営まれています。世の中いろんな人がいるものでして、日々あったことを差支えのない程度にボヤいてゆかれます。


「マスター、白州ある?」


「ありますよ」


「じゃ、ロックで」


「畏まりました」


 ちびちびとウィスキーを舐めながら、A様のボヤキが今日も始まりました。


「一昨日なんだけどさ、気味悪い客が来てね」


「どんな風に気味が悪いんですか?」


「夕方くらいにふらっと来てさ、事故物件を探してるって言うんだよ」


「わざわざ、ですか」


「まあ気にしない人なら格安だし、うちも不良物件を処理できるからありがたいけどさ」


「で、こっちがいくつか選んで間取りとか住所とか条件とか説明するんだけどさ、その客ろくに聞いてなくてね。それで、冷やかしなら帰ってくれってつい言っちまったんだ」


「買う気のないのは客じゃありませんものね」


「そしたらその客、あっさり頭を下げてさ。条件は飲むので、とりあえず物件を直に見て決めたいって言うからね。それじゃあ、ってんで、その客が選んだ物件を見に行ったのさ」


 どうやら話が長くなりそうです。私も少しいただきながら話の続きを聞かせていただくことにします。


「3件ピックアップして、順に回って行ったんだけどさ、その客がまた妙でね」


「どんな風に?」


「物件の前まで来たとたんに、ここはやめましょう。つまらない、って言って中も見ない」


「その人、何を探してるんでしょうか?」


「さあね。まあ、金はあるみたいだから3件目まで連れてってさ。そうしたらその3件目のボロアパートだけは中を見せてくれって言うんだわ。もう遅いし日のあるときのほうがって俺も言ったんだけどさ、いや今がいいって」


「なんか気味悪いですね」


「そう思うよな。まあでもとりあえず、中を開けて見せてさ。でもいろいろ説明してもろくに聞いてない。あちこち開けたり匂いを嗅いだり、床に手を当てたり寝そべったり」


「俺も気持ち悪いからさ、つい聞いちゃってね。『あんた霊媒師とか悪魔祓いとかって奴かい? 厄介事なら御免だよ』ってね。そしたらこんなこと言うんだわ。『不動産屋さんにはご迷惑はお掛けしませんよ。祓うとかそんなねえ、こんな貴重な苗床を……』だとさ」


「で、契約したんですか」


「まあ、こっちも金さえもらえて面倒事さえなけりゃそれでいいからさ。何を育てるつもりか知らないけどさ」


「何事もなければいいですね」「全くだ」




 その日お帰りになって以降、A様はぱったり来られなくなりました。本当に何事もなければいいのですが。

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