最後の内見、あるいは投げ捨てられる未来 

枝之トナナ

ある家に住む夫婦の話

 そろそろ我が家も手狭になりそうだ。

 すやすやと眠る子供たちの頬を撫でながら、愛しき妻に話しかける。


「もうすぐだよねえ」

「ええ、あなた」


 新たな命を育んでいるふっくらとしたお腹をさすりながら、妻はにこやかに微笑む。

 僕は幸せな未来に思いを馳せながら、同時に、現実を考えねばならない。


「新しい家、探さないとね」

「そのことなんだけど……ねえ、お隣さんから聞いた?」


 何を? と首を傾げるより先に、妻が言葉を継ぐ。


「少し離れているんだけれど、あっちの道の向こうに、ステキな建物が出来てたんだって。

 まだ誰も入居していないみたいだから、私達だけでこっそり内見に行ってみない?」

「ええ?」


 そんな都合のいい話があるのだろうか、とも思ったが、屈託のない妻の笑顔を見てしまうと断る気にはなれなかった。

 それに隣近所のみんなに先を越されたくないのも確かだ。

 狭苦しい集合住宅を抜け出したがっているのは僕達一家だけではないのだし。


「今なら私達二人で出かけられるわ。

 デートだと思って、ね? 行きましょ?」

「うーん……――そうだね、見るだけ見に行ってみようか」


 子供達を置いていくのもどうかと思ったが、せっかく夢の世界を楽しんでいるというのに起こすのは忍びない。

 それに元気いっぱいな子供たちが暴れ回って、万が一の事態を引き起こしてしまっても困る。

 僕は妻に急かされるまま、最低限の身だしなみを整えて寒風吹きすさぶ路地へと飛び出した。

 やたらと背の高い壁が連なる通りを駆け抜けて、まばゆい照明で溢れた広場を一瞬だけ通り過ぎ、噴水めいた水音を背に曲がり角へと入る。

 すると確かに、そこには見慣れぬ新築物件があった。

 赤い屋根に二つの窓。大きな玄関に立派な裏口。

 いずれの入り口も『ご自由に内見ください』と言わんばかりに開け放たれている。

 おまけにテーブルの上には大量のお菓子まで置かれているではないか。


「まあステキな家! ねえねえ、中を見てみましょ!」

「う、うん」


 僕は少しだけ引っかかりを覚えたけれど、こうも笑顔の妻を放っておくことなどできるはずもない。

 急かされるままに僕はその家に足を踏み入れ――





「うっわ、もう二匹も引っかかってるじゃん!

 たった一日で食いつくとかヤバすぎだってマジで……ああー、掃除すんのやだなぁー。

 煙出る奴炊くかぁ……あーあー、こいつらが出ない新居に引っ越したいなー。

 彼氏捕まえてさー、新築物件の内見とか一緒に見て回ってさー……はぁーあ、夢見てないで捨てよ捨てよ」

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最後の内見、あるいは投げ捨てられる未来  枝之トナナ @tonana1077

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