突鐘の妖

@f_ramuda_p

第1話

 ―ねえ、知ってる?中学校の裏山にある山城の跡。そこに、突くと幸せになれる鐘があったんだって。ずっと昔に無くなっちゃったらしいんだけど、今でも夜に学校に行くと山の方から鐘の音が聞こえるんだって。ねえ、今度の土曜の夜、探しに行ってみようよ。


其の壱

「トモコはあれどうするの?」

「アタシはパス」

「ヨウコは?」

「えっと・・・な、何のことかな。」

「ほら、あれだよ。こないだリナが言ってた山城の。」

「ああ、あれか、アタシはパス」

「じゃあお前はさっき何をパスしたんだ。でヨウコはどうするのさ。」

「わ、わたしは、その、ちょっと、リナちゃんて苦手で・・・、ちょっとだけ、ち        ょっとだけだけど・・・。」

「まぁ、そうだよな。そもそもあいつが好きな奴なんていないと思うぞ。大体、幸せになれる、なんて銘打ってるのに夜にしか聞こえないなんてな。そんなものを夜に探しに行くなんてただの肝試しだろ。」

「肝試しさね」

「ああ、肝試しだよな。」

「じゃなくてさっきアタシがパスしたのは肝試しさね、アタシはさ、他の噂も聞いてたから」

「他の噂?」

「例の山城の跡で夜な夜な真っ白な妖狐が出るんだとさ」

「わ、わたし?」

「違うヨウコじゃなくて、妖の狐さ、真っ白な狐」

「ただキツネが出ただけじゃないのか?」

「日本に真っ白な狐はいないさね、それに・・・」

『それに?』

「狐は暗闇で青白く光ったりしないだろう」


其の弐

「ねぇ、見てよヨウコ!ママにスマホ買ってもらったのぉ!ライン交換しようよ~」

「ご、ごめん、わたし、その、携帯持ってなくて。」

「そうなのぉ、残念だなぁ。ヨウコの家ってそんなに貧乏なの?スマホくらい買ってもらえばいいのにぃ。」

「えっと、その・・・。」

「やめなヨウコ。こいつ分かって言ってるんだから。気にしちゃだめだよ。」

「そうね、何か買ってもらうたびにヨウコに自慢しに来るんだから、確信犯さね」

「二人ともヒドーイ、りな自慢してないもん!」

「だいたい、こないだヨウコの筆箱盗ったのもお前だろ。金持ってるくせに何で人のもん盗るんだ?ママに買ってもらえよ。」

「えー、いまそれカンケイ無くなーい?」

「まず否定しないなら確定さね」

「そんなことよりぃ、幸せになれる鐘、探しに行かないのぉ?」

「一人で行って来いよ。これ以上ヨウコと私たちに関わるな。」

「だってぇ、一人じゃ危ないかもしれないしぃ。」

「私たちはお前のカナリアじゃないんだ。」

「アタシたちはあんたが黙って立ち去れば幸せになれるのさ、鐘がなくてもね」

「もういいよ、りな一人でも行くから!」


其の参

「アタシが不思議なのはさ」

「なんだよ急に。」

「あのリナが肝試しじみたことをやろうとしてるってことさね」

「いつもの気まぐれだろ。」

「忘れたのかい?去年の夏休みにクラス委員が計画してた山城の肝試し大会、誰が駄々こねて中止になったのかをさ」

「ああ、あれか。嫌なら自分が行かなければいいだけなのに、わざわざ父親まで読んで中止にさせた、例の肝試し事件だろ。」

「そ、そう。り、リナちゃんは、その、心霊とかの話題に敏感で、話を聞くのも、すごく嫌みたい。」

「確かに、そう言われてみると不自然だな。でもそんなこともうどうでもいいだろ。あいつも一人で行くって言ってるんだから、ほっとけばいいだろ。」

「そうね、アタシもできればそうしたいさね」

「なんだよ。煮え切らないな。」

「だ、だって、その、さっき言った肝試し大会、こ、今年こそ、やるみたいなんだけど、それが・・・、今週の・・・、土曜・・・。」

「・・・偶然だろ。」

「アタシはさ、いろんな人からあの山城の噂を聞いてるのさ、主に悪い噂をね、それを踏まえるとねぇ、あんまりいい予感はしないさね」

「う、うん、リナちゃんだけじゃなくて、く、クラス委員の子も言ってた、ちょっとおかしいって、その、どうしても、肝試し大会は、そ、その日じゃないとだめだって・・・。」

「そう、それさね、なんでも、町内会の許可がその日しか下りなかったらしいのさ、それも何の理由も聞かされずにね」

「そ、そういうこと。今年の、き、肝試し大会・・・、何かおかしい。」


其の肆

「で、結局お前らも来たんだな。」

「お互い様さね」

「お、お互い様だね・・・。」

「いや私は・・・、ほら保健委員だから救護要員として呼ばれたんだよ。」

「気になって来たんさね」

「そ、そうだね・・・。」

「・・・まあ、気にならなくは無くもなかったけど。」

「結局、アタシらはこういうのに惹かれちまうのさ」

「で、組み合わせはもう決まってるのか?」

「わ、わたしたち、一緒にしてもらった、よ。」

「ま、リナの様子を確認するにもその方が都合がいいさね」

「こんな状況じゃ、リナとはいえ放っておくわけにもいかない、か。」

「一応、ルートは山道から石垣跡に沿って登って、城跡の案内看板のとこに置いてある紙に名前を書いて帰ってくる、ことになってるのさ」

「だ、だから、名前を書いた後、その、城跡の周りを、さ、探してみたらいいんじゃないかって・・・。」

「そうか、確かに城跡のどこかに行くってことしか分からんからな、ぐるっと探してみるしかないか。」

「それまでアタシたちが無事だったら、の話さね」

「こ、怖いこと、言わないでよトモコちゃん。」

「そんなこと言いながら結局行くあたり、ヨウコは相変わらずだな。」

「それはふたりも同じ、だよ。ほ、ほら、もう順番だよ。行かないと・・・。」

「そうだな。」

「さ、調査開始さね」


其の伍

 簡単な整備しかされていない山道を懐中電灯の光だけを頼りに進むのは、それだけで危険を伴うものである。そのうえ暗いというだけで妖しいその道のり、現実に引き戻すのは皮肉なことに、脅かす用に仕掛けられたお化けのおもちゃであった。道すがら、か細い物音に耳を傾け、地を這う風に鼻を広げる、その行軍が求めるのは、鐘でも狐でも妖でもない。妖しい世界の根源を求め進む少女らの前には、怪異譚などきっかけに過ぎなかった。

「ご―――ん」

 確かに鐘の音が聞こえた。近くの古井戸の方角からだ。無意識に口をつぐみ、ハンドシグナルで互いに確認し合う。目標を変え再び行軍を開始しようというその瞬間、三人の視線の先に青白い物体が蠢く。二体、三体と古井戸から出てきた「それ」は、古井戸の周りをまるで縄張りを主張するように這っている。しかしその中に、見慣れた少女、リナの背中があった。明後日の方向を向き、ふらつきながらも確実に古井戸の方向へ歩いていく。顔を見合わせた三人に、確認の必要は無い。瞬間、意思を共有して同時に妖狐の群れに走り出した。妖狐は向かってくる三人に反応を示すも、その洗練された連携に縄張りの守衛はもはや機能しない。しかし所詮あやかし、野生動物とは違う、そう感じた此岸の民に理を説くのは仏か妖か、三人の視界を青白い光が覆いつくす。

「ご―――ん」

 再び鳴った鐘の音に、視界は闇を取り戻す。しかし消えたのは青白い靄だけではなかった。先ほどまで跋扈していた妖狐はきれいに消え去っている。しかし、肝心の少女の姿も見えない。妖狐によって妖しく光を放っていたこの場所もやはり闇を取り戻し、少女の姿も隠してしまったのだろうか。慌てて懐中電灯を取り出そうとしていると、視界の端に再び光を感じた。妖狐だ。しかし先ほどとは違い、古井戸の淵に一匹だけ佇んでいる。それは小さく鳴き声を上げ、夜の闇へ消えていった。


其の陸

「あ、ヨウコ筆箱新しいの買ったんだ。」

「うん、ど、どうせ、そろそろ変え時だった、から。」

「駅前のデパートで売ってるやつじゃん。」

「そういえばアタシもデパート行きたくて、服買いにさ」

「そうだな、そろそろ夏休みだし、みんなで夏服買いに行くか。」

「こ、今年の夏休み、ど、どこの心霊スポット、いくの?」

「気が早いね、まだ肝試ししたばかりさね」

「ああ、まったくあれは散々だったな。危ない山道を登った挙句あんなもん見ちまうなんてな。あんな奴探しに行くんじゃなかったな。」

「いや古井戸を見に行ってみよう、って言いだしたのはお前さね」

「は?そもそもあいつを探すために肝試しに行ったんじゃないか。」

「え、だ、誰の、ことかな。」

「な、誰ってそりゃあ・・・、」

――――だれ、だったっけ――――

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