二章 ブラディ街道での再会
ブラディ街道沿いには、村も町もない。その全長は、約千二百キャロン。
無事に、通り抜けられるのだろうか。
果たして戦士妖精として、シャルは役に立つのか。
──買っちゃったからには、信じるしかないんだけど……。
砂糖
そうすると王都ルイストンに到着して品評会までの準備期間は、五日。ぎりぎりだ。
翌日は日の出とともに、出発した。
まだ街道の、ほんの入り口。道は遠いし、時間は限られている。
アンは
ときおり遠くの
あと数時間すれば、
二日目の寝場所と定めた
そこに到着すれば、街道に入ってから二百キャロン。
やっと、道程の六分の一程度、進んだことになる。
静かで単調な景色の中を走り続けていると、ふいに、馬のいななきが聞こえた。それと同時に、鉄を打ち合う
ぎょっとして、思わず
前方の街道上で、
砂煙の中心にあるのは、真新しい箱形馬車だ。こちらに荷台の後部を見せているから、御者の姿は見えない。しかし剣をふり回す手だけが、荷台の向こうに確認できる。
その馬車の周囲を、楽しげな
「まずい!!」
血の気が引く。盗賊の姿を見かけたら、逃げるが勝ちだ。先に襲われている者を、助けようとしてはならない。結果は目に見えているからだ。
旅人たちはそれをルールと心得て、
この場合アンは、宿砦に逃げ込むのが利口だ。しかし
身を隠せる場所はないか、道の左右を見回す。しかし周囲は、
そうしているとすぐに、盗賊の輪の中の二騎が、動きを止めた。
アンの馬車に気がついたらしく、馬首をこちらに向ける。
「やだ、来る!!」
悲鳴をあげて、
「あ、あなた!! そうだ、シャル!! あなた戦士妖精じゃない! 盗賊を追い
「
「このままじゃ殺されるっ! お願い!!」
するとシャルはアンの手首を
「シャル!? な、なに?」
シャルが顔を近づけて、すかすように
「お願いではなく、命令するべきだろう?」
こんな
「ちょっ、近い!! ちょっと、シャル、近すぎ!! 離れて! とにかく、行って」
「顔が赤い」
「ととと、と、とにかく、お願いだから」
「
くすっと、馬鹿にしたようにシャルが笑う。これは
「シャル! 行ってよ、お願い!」
「命令しろと言ってるんだ」
「命令って!? ほら、来るっ!」
「さっさと行け。羽を引き
「なによそれ!? いいから、とにかく行って」
動転していたし、妖精を使役することに慣れていない。そのためアンは、自分が彼の命とも言うべき羽を握っている事実が、頭から飛んでいた。
「命じろ」
目をぎゅっと閉じて、シャルの綺麗な顔を見ないようにした。そして、
「行けってば! 行かなきゃ、
とりあえず、自分の中では最高に乱暴に命じてみた。
その命令の言葉に、シャルは
「まあ、いいか……。行ってやる。
アンの腕を放すと、シャルはふわりと、御者台から飛び降りた。
シャルはゆっくり、こちらに駆けてくる人馬に向かって歩き出す。
そうしていると彼の掌に向かって、彼の周囲から、きらきらと光の
光の粒はみるみるうちに
──剣……!? そんな能力があるの!? ならシャルは本当に……。
シャルは形になった剣を握る。それを下げ持つ。
──戦士
いきなり、シャルは駆けだした。
風よりも静かに、音もなく、身を低くして駆ける。
あっという間に、盗賊たちの馬に駆け寄ったシャルは、二頭の馬の足にむけて剣をふるった。
その一ふりで、同時に二頭の馬の前足を
それを確認もせずに、シャルはさらに、入り乱れる人馬の方へ向けて駆けた。
残りの三頭を
ふりおろされる剣を、シャルは盗賊の腕ごと斬り飛ばした。盗賊の首領の顔色が変わる。
「引きあげろ!! 引きあげろ!!」
首領は
砂煙が、風にさっと
その場でもがく、足を斬られた七頭の馬と、地面にたたきつけられて死んだ盗賊の死体三つが、しんと静かな空気の中に現れる。
シャルは軽く剣をふり、血を払い落とす。そしてゆっくりと移動すると、もがく馬の首に次々と剣を突き立てて、息の根を止めていく。
アンの指先は冷えて、わずかに震えていた。
シャルにとどめを
そうはわかっていても、正視できなかった。
確かに、助けて欲しいと言ったのはアンだ。
しかしあっという間に馬七頭と人間三人も殺してしまう結果になろうとは、思っていなかった。自分のひと言で、盗賊とはいえ人が三人も死んだ。
自分の命令がこんな結果になることに、
──これが、戦士妖精というもの……。
しばらくアンが動けずにいると、前方の箱形馬車の御者台から、御者が降りてきた。
その御者の姿を認めて、アンは我が目を疑った。
「まさか、ジョナス!?」
馬にとどめを刺すシャルを、
「……え?……アン?」
シャルは
アンは、
御者台から降りてジョナスに駆け寄った。
「どうしたの!? ジョナス」
「アン! 彼は、君が
ジョナスは興奮しているらしく、アンの両手を、両手で包むようにして
「わたしはレジントンに寄り道してたから……。って、そうじゃなくて。なんでジョナスが、こんなところにいるの?」
「君を追ってきた。君一人旅をさせるのは、危険だ。だから両親を説得して、馬車を準備して、追ってきた。僕は君と
「なんで!?」
「なんでって。理由は一つしかないよ。僕の気持ち、知ってるだろう」
その言葉に、ぽかんとした。
「え?」
「僕は、君が好きだ。君と一緒に行きたい」
「えっと……ジョナス。……すごく
アンは握られていた両手を、そっと引き
「けど、多分ジョナスは、自分の気持ちについて、とんでもない
アンはごく
自分で言うのもなんだが、女の子としての
実際半年間ジョナスとアンは身近にいたのだが、友達よりもよそよそしい関係のままだった。
そんな
理由は、母親を
ジョナスはアンに同情するあまり、同情と
「同情じゃない。僕はアンが好きだよ。ねぇ、アンはルイストンの砂糖
「待ってよ。たった今
「盗賊は、まあ。ちょっと油断したけれどね。僕も男だから
「大丈夫の
「大丈夫。大丈夫。剣も持ってるし」
「ねぇ、人の話、聞いてる?」
「それに父さんも母さんも、僕がアンと一緒に、ルイストンへ行くこと
「アンダーさんたちが納得? そんなはずないわ。とにかく、引き返して」
「もう引き返せない。引き返すのも進むのと同じくらい、危ないはずだよ」
熱心なジョナスの様子が、熱に
これは本格的に、同情を恋情と勘違いしているに
勘違いの
「だめよ。絶対、引き返すの」
「アン。冷たいこと言わないでよ、ね」
ジョナスは笑うと、再びアンの手を握った。
驚いて手を引こうとしたが、その手をしっかりととらえられる。
「僕は君のために来た。君は、僕が
見つめられると、
「嫌いなわけじゃないのよ。けど、けどね。なんというかぁ、そんな問題じゃなくて……」
シャルは二人のやりとりに口を出す気はなさそうで、ずっと馬車の荷台に寄りかかり空を見あげていた。しかしふいに
「かかし。早くこの場所を離れろ。血の
アンとジョナスは、空を見あげた。黒い鳥の
「
アンは
「わかったわ。すぐに出発する。ジョナスは、お願い。ここから引き返して」
「いや。僕は行く」
「ねぇ、ジョナス。あなたが死んだらご両親が泣くし、村の女の子たちだっていっぱい泣くわ。あなたがいなくなったら、店は
心を
「君がだめだと言っても、僕は行くよ。両親は、関係ない。店も、今の僕には関係ない。僕は今、君への気持ちだけが大切だ」
ジョナスには温かい家がある。両親がいて、将来は跡を継ぐべき店もある。両手に大切なものをたくさん
それなのに。自分の持っているものの大切さを、理解しようとしない。
そのジョナスの
「とにかく、ジョナスは危険な
アンは背を向けると、さっと御者台に乗った。
シャルはすでに御者台に座っていた。困り顔で馬に
「追ってくる男がいるのか。子供にしては、やるな」
「子供じゃない! わたしは十五歳。成人よ! それにジョナスは、そんな相手じゃないの。ただわたしに、同情してるだけ。そんな同情心で、危険を冒そうとするなんて」
と言いながらも、アンは背後を気にしていた。
ジョナスは自分の馬車に乗ると、ゆっくりと歩を進めて、アンたちの後ろをついてくる。村に帰るつもりはないらしい。
そもそもここまで
「どうすればいいのよ、わたしは……」
アンは
「後ろの馬車。とりあえずなにかあったら、助けに行ってくれる?」
ジョナスは、嫌いでない。逆にあの優しい笑顔や態度は好ましい。それに恋情と勘違いしてしまうほど他人に同情する彼を、いい人だと思う。
見放せるわけはなかった。
「俺になにかをさせたいなら、羽をたてにして命じろ」
「さっきも、命令しろ命令しろって、うるさく言ってたわよね。なんでよ」
「命じられたこと以外、やるつもりはない」
要するに彼は、「この命令に従わなければ、おまえの命を取る」と、
「ちょっと馬を見ていて」とか、「そこの毛布を取って」なんていう軽々しい命令には、断固として従わないつもりだ。
アンとて、毛布を取ってもらうためだけに、「殺すぞっ!」と脅すのは
「わたしは昨日の夜に、シャルを使役しようって
その言葉を聞いて、シャルはまじまじとアンを見つめる。
「本当に、
「シャル、あなた、さっきからどさくさにまぎれて、かかしって言ってるよね。……もういいけどさ。……かかしで」
ジョナスの身になにかあれば、どうすればいいのか。それを考えると頭が痛くなりそうだったので、シャルのかかし発言に
アンは馬車を止めた。するとジョナスが
二人が見あげるのは、旅の二日目、アンが寝場所に決めた
「これが宿砦か。僕は今夜、はじめて使うよ」
「宿砦に
「実は今日の昼までは、護衛がいたんだ。ノックスベリー村のはずれで、
「けど?」
「僕が荷台のどこにお金を
そう言ったジョナスは、わりにけろりとしている。度胸がいいのか、脳天気なのか。
アンはがくりと
「気の毒だったけれど……それはガードが、甘すぎない?」
「まあ、そうだね。でも結果良ければ、
旅に対する危機感は、まるでないらしい。
「ジョナス。今夜ここに泊まったら、明日、引き返してね」
「僕は自分の行きたいところに、行ってるんだよ。君に、ついて来てるわけじゃないから」
「あ~の~ね~。ジョナス」
「さ、行こう」
ジョナスはウインクすると、馬に鞭を当てた。アンは額をおさえた。
「ああ……頭が痛い……」
二台の馬車を宿砦の中に乗り入れ、門の
宿砦にはいると、ジョナスは
アンは馬車の脇で、火を
秋とはいえ、夜になると気温は下がる。温かいものを、アンたちだけ食べるのも気が引けた。
木の
荷台背後にある両開きの
「ジョナス。わたしよ。開けて」
中でなにやらごそごそと音がして、
「なにか
扉を開いたのは、
妖精の少女は、アンダー家で
「キャシー!? あなた、ジョナスに連れてこられてたの?」
「わたしはもともと、ジョナス様専用の労働妖精ですもの。当然です」
「そうなの? で、そのジョナスは?」
「お休みになっていらっしゃいます」
「じゃあこのスープだけ
アンが差しだした椀を見て、キャシーは口の端で笑った。
「こんな
それは高貴な者に仕える使用人が、主人の
「おうちじゃそうかもしれないけど、旅では、こんなものでもありがたいの」
キャシーはいやそうな顔をしたが、ふわりと
片羽を取られた妖精は、飛べない。空中にとどまることも無理なのだから、キャシーは床に降りて椀を受け取るしかない。
アンはかがみ込んで、椀を渡す。
キャシーにとって椀は、
「
「あ~そ~。ごめんね。いらないお
アンはぷんぷんしながら火のそばに帰ると、乱暴に鍋の中をかき回した。
シャルは
椀を手に取り、シャルの分のスープを
目の前のスープをまじまじ見つめて、シャルは不思議そうにアンの顔を見る。
「これは……? どうしろと?」
アンはキッと、シャルを睨む。
「わたしが『お口をあ~ん』して、シャルの手でスープを食べさせてもらいたいから、これを渡すんだと思う!? シャルが食べる分に、決まってるでしょう!? こんなもの渡そうとして、悪かった!? あなたも、獣の脂くさい
「いきなり、なんだ? 頭に火でもついたみたいだ」
「どうせかかし頭ですから! よく燃えるでしょう!」
シャルはこらえきれなくなったように、少しだけ笑った。そして
「大火事らしい」
「火もつくわよ。こんな貧乏スープは、砂糖
「スープがいやだったわけじゃない。ただ……驚いた」
シャルはスープを受け取ると、両手で椀を包みこむようにする。
「驚いた? なにに? もしかして、あまりにも、まずそうだったとか……」
「自分より先に、俺にスープを
「どうして?
スープをすくうためのスプーンを渡そうとしたが、シャルの手の中にある椀が、すでに半分の量にまで減っていることに気がついた。
「シャル、あなた口つけてないよね。もしかして、お椀に穴が空いてる?」
「食べた」
「食べた!? どうやって!?」
「俺たちは、口から食べない。手をかざしたり、
シャルの手にある椀を見ていると、スープの液面がわずかにゆらゆらと
「味、するの?」
その様子をまじまじ見つめて、思わず、アンは
「しない。食べ物を食べても、味は感じない」
「妖精って、そうなの!? そんなの、何食べても楽しくないじゃない。ぜんぜん、どんなものも味を感じないの?」
「一つだけ。味を感じるものはある」
「なに?」
「銀砂糖だ。……甘い」
なにかを思い出したように、シャルは目を
この口の悪い妖精は、市場に売り出されるまでの間、どんなことを体験したのだろうか。
想像すると、心が痛んだ。
自然の中で生まれ、気ままに暮らしていたのに、突然追い立てられ
「銀砂糖は好き?
「嫌いじゃない」
「じゃあ、砂糖菓子作ってあげる。わたし、砂糖菓子職人の端くれなのよ」
「おまえが?」
シャルは
「聞いて驚きなさいよ。わたしのママは銀砂糖師なの。
味のない食事なんて、楽しいはずはない。そう思うと、作ってあげたくなった。
もしシャルが恨みで凝り固まっているとしたら、優しい甘みの砂糖菓子は、少しなりとも彼の心を
アンは
どかん! と、馬車の中で、なにかが
「シャル!」
シャルの
「な、なにか、荷台の中にいるみたい! 見て。見てよ、お願い」
するとシャルは、ちろりとアンを見る。
「命令か?」
「め、命令?」
「見に行かなければ、俺の羽を引き
「そんなこと思ってないけど、でも」
「じゃあ、自分でやれ」
「あああ、あなたって!!」
「羽を引き裂く」と
シャルはアンのそんな思考も
アンはかっと頭に来たが、その
「いいわ! 見てやろうじゃない!」
アンとて母親と二人、だてに十五年も王国中を旅していたわけではない。
そんじょそこらの十五歳の娘よりは、度胸があるつもりだ。
たき火用の棒きれをとりあげると、荷台の
棒きれを片手で構える。そっと扉を開く。
荷台の中は、静かだった。
箱形の荷台の中は、人が立ち歩けるほど
壁の一方に取りつけられた作業台の上には、砂糖菓子を練りあげるための石板や、木べらや、
逆側の壁沿いには、
いつもと変わらない荷台の中だった。
「なにも……ない?」
おそるおそる、荷台の中に首を
「おい、おまえ!!」
キンとした声とともに、小さな
「きゃあああああああああああああ!!」
アンは悲鳴をあげながらも、棒きれを思い切りふり
こちらにまっすぐ飛んできた影に、見事にヒットした。
ふり抜かれた勢いで、影はそのまま荷台の外へ飛び、火の近くに座っていたシャルの後ろ頭に
いきなり背後から
激突した後、シャルの背後にぼとりと落ちた小さな影を、彼は
「これは、いやがらせか!?」
アンに向かって
「知らないわよ!! それが荷台の中にいたのよ」
「これが……?」
シャルは自分が摑んでいるものに、視線を向けた。そして
「放せよぉ、この
首根っこを摑まれてじたばた暴れているのは、
「放せぇ!」
「うるさい」
シャルがぱっと手を
「ちぇっ。乱暴な
アンは
妖精は、青い
「あなたが、荷台の中で暴れたのね」
「暴れたわけじゃないぞ。うたた
「はぁ……すごい飛び起きかただね……。それにしても、あなた誰? いつ、なんでわたしの馬車に入りこんだの」
「俺は、ミスリル・リッド・ポッド。おまえに恩返しをしに来た」
「恩返し?」
「昨日。おまえは俺を助けた。だから俺は、義理を果たしにきたってわけだ」
そう言われて、アンはやっと気がついた。
「あっ! あなた! レジントンで妖精
あの時は
妖精が首に巻いている羽は、アンが妖精狩人から取り
「そうさ。俺はレジントンの町でおまえの馬車を見つけて、もぐりこんだんだ。それもこれも、恩返しするためだ。すぐにでも、恩返しをしようと思ったんだけどな。俺はあの馬鹿にこき使われて、
「でもあの時、人間に礼なんか言わないって、言ってなかったっけ?」
「言った。けどおまえに助けられたのは、事実だ。俺は、人間みたいな不人情な生き物にはなりたくないから、
小さな人差し指を、びしりとアンに突きつける。指を突きつけられたアンは、
「えっと……。なんていうか。恩返しを期待して助けたわけじゃないから、恩返しなんかいいわよ。しかも嫌々ながらとか、死んでも礼は言わないとか。感謝されてんだか、されてないんだか、よくわかんないし……」
「こいつを助けた? お
シャルは
「だって見殺しにするなんて、出来ないじゃない。えっと、あなた、ミスリルだったっけ?」
「俺はミスリル・リッド・ポッドだ。略すな!」
「あっ、ご、ごめん。ミスリル・リッド・ポッド。とにかく、恩返しは必要ないから」
「そうはいくか。恩を返させろ!」
あまりの尊大さに、アンはどっと
「わたし、今まで妖精とほとんど
「さあ、恩を返させろよ!」
「でも、本当にそんな必要ないし」
「必要ない? ふざけるな! 俺は
「地獄ってなに!? なんか
「とにかく、恩返しさせろ。恩返しするまで、つきまとってやる」
「わかった! わかったから!! じゃあ、恩返しをお願いする! え~と、え~と」
アンはぐるりと周囲を見回して、ぽんと手を打った。
「そうだ! それじゃ恩返しに、馬車の
「馬鹿にするな! 命を助けられた恩返しに、そんなショボいことをさせる気か!? もっとすごい恩返しを考えろ!!」
「すごい恩返しって……なに」
頭を
「
あまりにもミスリルがうるさいので、シャルは本気とも冗談ともつかない冷めた口調だ。
それを聞いて、ミスリルが
「おまえ!! 同じ妖精のくせになんてこと言うんだ。ふん。おまえ、黒曜石か。俺が
「アンよ」
「アン。おまえが
「て……なんで命令してるの? あなたが」
「だから、くびり殺そう」
妙にきっぱりと提案したシャルに、アンは
「せっかく助けたのに、馬鹿なこと言わないでよ。とにかく、ね。あなたは自由なんだから、好きなところに行って、幸せに暮らしてほしいんだけど」
「好きなところへ行けだと!? 俺を追い
「そういう意味じゃないんだけど……。……なんか、疲れた……。わたし、もう寝たい……」
アンはぐったりして、ミスリルに背を向けて
「シャルごめん。砂糖
シャルが砂糖菓子でつられるかどうかは別として、そんなもので予防線を張るのは、なんだか情けない気がした。
しかし実際問題。彼に羽を取り戻され、いなくなられては困るのだから仕方ない。
「
シャルは
「おい、おまえら!! おい、寝るな、寝るな──!!」
耳に突き
「もしかして今夜、寝かしてもらえないのかなぁ~……」
自分の善行を、つくづく
◆ ◇ ◆
「やいやいやい! おまえまで寝るな!! 仲間だろうが」
「おまえみたいにうるさい仲間なら、いらない」
「ななな、なんだと!? なんだと──!?」
「恩返し? おまえは
羽は妖精の体の中で、最も
その痛みを
しかしミスリルは、へんと鼻を鳴らす。
「なに言ってやがる、痛い思いを忘れるもんか。だから俺は、人間に礼なんか死んでもいわないぞ。けど俺の羽を取ったのは、アンじゃない。アンは俺の羽を、取り戻してくれたんだ。人間でも
なにやら
しかしなにしろ、
「うるさい!」
手をあげて、飛びあがった
ギャッと悲鳴をあげて墜落したミスリルは、今度は
「暴力反対!! この妖精殺し! 仲間殺しー!!」
片羽を取られた妖精は飛べなくなる。しかし残った羽の羽ばたきと
ミスリルはその跳躍力を生かして、
騒々しさが増したので、これ以上手を出さないほうが
横になって耳をふさぐアンは、
アンはこの妖精、ミスリル・リッド・ポッドを助けたらしい。
呆れるほど甘い
アンは自分よりも先に、シャルにスープを
そのうえアンは、シャルに対して厳然とした命令を下さない。彼女の命令は、お願いの域を出ない。彼女が羽を傷つけたくないと思っているのが、ありありとわかってしまう。シャルを使役するという、決然とした意志が感じられない。
命じられるのと、お願いされるのは違う。
だから正直、
命じられてもいないのに、従うのは
迷ったすえ、
けして、アンの命令に従ったわけではなかった。従うには、彼女は甘すぎる。
なぜアンはこれほど、甘いのか。もしかして、
今夜はミスリルも喚いているし、アンから羽を盗むチャンスはなさそうだ。
──まあ、かまわない。
命じられることがほとんど無いのだから、気楽だ。おろおろするアンを見て、笑っていればいいだけなのだ。ほんとうに、甘い小娘。
──かかしの作る砂糖菓子は、さぞ甘いだろう。
ふと、そんなことを思う。
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