【KAC20242】赤い屋根の大きなお家

@nonameyetnow

「誰にも言っちゃいけないよ」「うん、わかった!」

『こちら、寝室になります』

『南側の窓から朝日が入ってきて、気持ちの良い朝をむかえられますね』

『なんと、こんなに大きなベッドも楽々置けます!』

『二人で寝ても、こんなに広々使えます!』


 キッチンで夕飯の支度をしていたら、娘の声が聞こえてきた。キッチンから、リビングを挟んで見える六畳間。その小上がりの和室は、娘の遊び部屋になっている。


「なにやってるの?」


 私は味噌汁を作りながら娘に声をかけた。


「シルバニアファミリーで遊んでるの!」


 娘が明るく返事をする。確かに、彼女の手にはうさぎさん夫婦が握られている。


「なんか、ジャパネットの通販番組みたいな話し声が聞こえてたけど」

「うん、おうちの紹介ごっこしてる!」

「紹介ごっこ?」


 変わった遊びだと思った。先日、新築マンションの内見に行ったせいかしら。何もない部屋の中を見て回り、「秘密基地みたい!」とはしゃいでいた娘の姿を思い出す。滅多にない経験だし、記憶に残っているのかもしれない。


「ねえママ、一緒に遊ぼう!」


 娘に誘われて、時計を見た。旦那が帰ってくるまでは、まだ時間がある。


「わかった。じゃあ、ちょっとだけね」


 コンロの火を止め六畳間へ赴くと、私は娘と共にシルバニアファミリーごっこを始めた。


『お客様、こちら、お風呂になります』


 娘はうさぎパパの人形と、ねこのお姉さんの人形を操って、風呂場を案内してくれた。


「わあ、広いお風呂ですねえ」

『はい! 二人一緒に入れる広さです!』


 そう言った娘は、うさぎパパとねこお姉さんの人形を湯船に入れる。


『気持ちいいわ~』

「ふふっ。お姉さん、お風呂に入っちゃうの? おうちの中を案内してくれるんじゃなくて?」

『はい。とっても気持ちいいですよ!』


 自由な不動産屋だなあと思う。子どものごっこ遊びは突拍子もない事をするから面白い。


「ママも入ってみたくなっちゃうなあ」

『それは駄目です! お姉さんとパパの二人で入るので』

「あら、残念」

『次はこちらの部屋へどうぞ』


 娘が二体の人形を連れて行ったのはリビングだった。

 ソファにうさぎパパとねこお姉さんを座らせる。


『ここでは二人で映画を見れますよ!』


 うちのシルバニアのセットにはテレビなんて無いけれど、観られる設定で話を進めているらしい。私もそれに話を合わせる。


「どんな映画が観られますか?」

『男の人と女の人が仲良くする映画です。ぎゅーって、いっぱいする映画です』

「えっ」


 思いがけない内容に言葉が詰まる。恋愛物の映画かしら。そういえば今朝、情報番組の合間に深夜ドラマのCMが流れていたかもしれない。ちょっと刺激的なシーンも流れていたっけ。


「ママは、もっと違う映画が良いなあ。アンパンマンとか」

『お姉さんは、ぎゅーが好きだよ。ぎゅーの映画を見ながら、パパにぎゅーします』

「そ、そっかあ。パパもアンパンマンが好きだと思うけどなあ」

『パパも、ぎゅー好きだよ。パパとお姉さんは、映画を観ながらぎゅーします。ぎゅー!』


 二体のシルバニアをハグさせる娘を見て困ってしまう。そういえば最近は幼稚園でも性教育をするって言ってたっけ。NHKのEテレでもそういう番組を放送してるとかなんとか……。これも時代なのかしら、とは思うけど、ついていけないなとも感じる。


「えっと、お姉さん。他にはどんな部屋がありますか?」

『ベッドのお部屋へどうぞ。大きなベッドですよ。二人で寝られます』


 そう言って、娘は小さなシルバニアのベッドに無理矢理二体の人形を寝かせた。


「なんだか狭そうだけど……」

『大丈夫です。二人で重なって寝るから、狭くありません』

「か、重なって寝る?」


 なんだかおかしな表現だ。

 重なって寝る、だなんて、なんか、ちょっと、これは……。


 私は娘の置いたシルバニアのお人形を見つめた。

 小さなベッドに寝かされた、ねこのお姉さん。

 その上に覆いかぶさるように置かれた、うさぎのパパ。

 そういえば、うさぎのママはどこへ行ったのだろう。視線を左右に動かすと、シルバニアのおうちの外に倒れているうさぎのママを見つけた。


「ねえ、どうしてうさぎのママはお外にいるの?」


 娘に問いかける。


「ママはお仕事だから」

「あぁ、そっかあ」


 私も毎日フルタイムで働いているからな、と思う。

 おままごととはいえ、そういうところはリアルだ。


「じゃあ、パパは? お仕事じゃないの?」

「うん、お休みだよ。今日はね、水曜日なの。だからパパ、お休みなんだよ」

「そっかあ、水曜日か。うちと一緒で、うさぎパパさんも水曜日がお休みなんだね」

「うん、うさぎパパはね、パパなの」

「パパなの?」


 うさぎのパパを本当の父親に見立てているのだろうか。そういう、家族を投影したごっこ遊びなのかもしれない。


「じゃあ、ねこのお姉さんはヒナちゃんかな?」

「ううん。私じゃないよ。お姉さんは、お姉さん!」

「……え?」


 お姉さん、とは? うちに「お姉さん」なんて居ない。

 架空のお姉さん。

 お姉さん?


 誰だろう。

 そう思いながらベッドの上で重なる人形を見ていたら、急に吐き気をもよおしてしまった。


 ベッドに横たわる、お姉さん。その上に覆いかぶさる、パパ。

 動物の人形であるはずなのに、生身の人間に見えてきて気持ち悪い。


「……ねえ、ヒナちゃん。この前の水曜日、お風邪でお休みしたの覚えてる?」

「うん、覚えてるよ!」

「ヒナちゃん、ちゃんと寝てた?」

「寝てた!」

「そのとき、おうちに誰か来なかったかな?」

「来たよ、お姉さん!」

「……そのお姉さん、おうちで何をしていたか、わかる?」

「えっと」


 娘はそこで初めて口ごもった。うさぎのパパとねこのお姉さんの人形を手に、うつむく。


「あのね、『誰にも言っちゃいけないよ』って、パパが」


 娘はそう言いながら、人形同士をゴツンゴツンとぶつけ合っている。


「だからね、誰にも言えないの。ママにも」

「……そっかあ。ヒナちゃんは、秘密を守れて偉いねえ」


 私は感情を押し殺し、娘の頭を撫でた。

 秘密かあ。そっかあ。

 娘が満面の笑みを浮かべて顔をあげる。


「うん!」


 満足したように微笑む娘はとても愛らしい。


 ――ガチャリ。


 玄関から物音がした。


「ただいまぁ」


 旦那だ。帰ってきた。


「ヒナちゃん、ちょっと待っててね」


 私は一目散に玄関へと駆けて行く。

 何も聞きたくなかった。旦那の優しい声も聞きたくないし、私自身も旦那に水曜日の事を問いかけたくはない。


 ただ、すべてなくなればいいと思った。

 真実も、言い訳も、何も聞きたくない。

 なにもなくなればいい。

 なにも。


 ・

 ・

 ・


 それから一週間。

 旦那はもう、帰ってこない。

 それは、私と娘だけの秘密だ。


「誰にも言っちゃいけないよ」

「うん、わかった!」


 素直な娘は、それを決して口にはしない。素直な良い子で、本当によかった。

 そんな娘は今日もまた、シルバニアファミリーで遊んでいる。


『こちら、寝室になります』

『風通しがよく、匂いも気になりませんね』

『なんと、こんなに大きなベッドも楽々置けます!』

『ベッドの下にパパを寝かせても、こんなに広々使えます!』

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