二十六話 登録
買い出しの翌日、俺たちはハンターズギルドへ向かう。
ローラと打ち合わせをして、魔術師というのは伏せていこうという事になった。これから狙う依頼は魔術師が受けるにはおかしなものだと思うから。
二人でハンター風の格好に着替えてギルドへ。なんかワクワクするな。奴隷から盗賊、盗賊からハンターへ少しずつランクアップしている気がする。ハンターの次はなんだ? 貴族か?
……いや、そういえばまだ盗賊だった。
少しアジトから離れて生活すると、その事をすっかり忘れてしまう。きっとシエラの手の者やボスの配下が監視をしている事だろう。気を抜くな、油断大敵。
ふと隣を歩くローラを見ると、やっぱりコイツもワクワクしてるな。普通の表情を装っているが、尻尾がヤバい。隣にいる俺に当たってくる。それはまぁいい。だが回数がヤバい。一秒間に五回くらい当たる。これ、尻尾の根本千切れない? 大丈夫? 獣人七不思議の一つの気がする。
さて、そんなこんなでギルドです。見た目はなんだろう、西部劇の酒場だな。うん、期待を裏切らずいい感じ。
スイングドアの前で一回立ち止まる。
すぅ、はぁ。深呼吸を二つ。多分、このドアをくぐると併設の酒場にたむろしている新人イビリのハンターがいて、俺とローラみたいなガキンチョハンター志望者にまず間違いなく絡んでくるだろう。
そのテンプレをどうやって乗り切ろうか。ここで新人らしからぬ鮮烈デビューも捨てがたいが、それでは目的が達成できない。
よし、ここは孤児プレイの続きだな。生きていく為には泥水をもすするのだ。嫌がらせも脅しもなんのその、堅実に、慎ましく、芯を持ったハンターになるのだ!
ギイィと軋むドアを押し、いざギルドの中へ。
意外な事に日当たりは良く、建物の中は予想外に明るかった。
……そして、誰もいなかった。受付嬢さえも。
「あれ? もしかしてこれって、建物間違えてる?」
「いいえ、ここでいいはずよ。ちょっと、誰かいないの!?」
こういう時ローラの性格は羨ましい。戸惑う事なく入り口から大声をあげた。だが、その声にすら反応がない。
「誰かいませんかー?」
ローラに続き俺も声をかけてみる。
すると。
「ああん? うるせえな、聞こえてるよ! 今行くから黙ってろ!」
びくっ!
俺とローラはカウンターの奥から聞こえた怒鳴り声に身をすくませた。え? ここってハンターギルドですよね……? もしかして俺たち狩られちゃう? そういう意味のハンター?
しばらくすると、気怠そうに一人の女が出てきた。奥から出てきたって事は、この人が受付嬢か何かですかね。その女は露出度の高い格好で、首元から腕にかけて刺青がびっしりと刻まれていた。耳や唇はピアスで埋め尽くされ、髪の毛は怒髪天を突くような、赤い短髪が重力に逆らって自己主張をしている。……ここはパンクロックのワンマンライブ会場ですか? 多分それが一番しっくりくる。
「んだよ、ガキじゃねえか! お前らなんかに用事はねえんだよ、帰れ!」
出てくるなり、パンク風味な女は俺たちに罵声を浴びせる。まさか新人いびりのハンターではなく受付嬢? に絡まれるとは。もちろんそんな事を言われて黙っていられるローラではない。
「あんたこそうるさいわね! 誰に口を聞いてるのよ! 用事があるのはアタシ達よ! ギルド職員ならさっさと仕事しなさいよね!」
「ああん? なんだこのチンチクリンは?」
「アンタこそなによ! この鳥あたま!」
一触即発、危機一髪。今にも掴み合いの殴り合いになりそうなビリビリした空気に、俺はなすすべなく固まった。……ローラ、すげえな。胆力が凄い。誰に対しても怯まないその心の強さを、今俺は心の底から尊敬している。
「ああん? 生意気な口聞いてるとやっちまうぞ?」
「やれるもんならやってみなさい! あんたなんかアタシに触れることすら叶わず頭を下げることになるわ!」
「ほーん、おもしれえ。お前ら新人か? ハンター志望か?」
「ハンター志望の期待の新人よ! それがなによ!」
「そうかそうか、じゃあお前らにはこいつを喰らわせてやろう」
そう言ってバッと勢いよくカウンターから身を乗り出してくるパンク女。その手には……紙?
「くくく、この紙によ、名前を書いて貰おうか! 出来れば年齢とか出身地、得意な獲物とかも書いておくと都合がいい。ほら、やってみろよ!」
え? それって登録の申込用紙かなんかだよね? え? そういう事なの? 急展開すぎて頭がついていかないんだけど。だが、とりあえずはよかった。多分二人がぶつかり合っての大爆発は免れた。
俺がほっとしていると、紙を受け取ったローラは納得いかないような忌々しげな顔をしている。どうした、ケンカしたかったのか……?
しばらくの間じっとパンク女を睨みつけ、意を決してローラが言い放つ。
「字が……、書けないのよっ!!」
※ ※ ※ ※
結局あの後、二人分の申込用紙を俺が書いた。ローラは顔を真っ赤にしていたが仕方ない。別に字が書けない人は少なくないので、そこまで恥ずかしがる話ではない。まだ子供だしね。しかし子供のうちに覚えてしまった方が後々楽だろう。任務の合間にローラに字を教えてあげることにしよう。
俺が申込用紙を書いている間、ローラはパンク女とずっと話していた。
古着屋のジュリエッタといいこの女といい、どうしてまともな人間がいないのか。そしてどうしてローラはそんなにも早く打ち解けられるのか。コミュ力バケモノだな。
……はっ!? もしかして俺がコミュ障なのか……!? そ、そんな事はないはずだ……!!
「はい、書けました。これでいいですか?」
「ああん? おう、本当に書けるんだな。ガキの癖にやるじゃねえか! オレの手間が省けて最高じゃねーか! おいお前、お前オレの代わりにここで受付やれよ?」
「そうよ! 任務はアタシ一人でこなすから、あんたはここで受付をやってなさい! あんたみたいなこぢんまりした人間はここの受付がお似合いよ」
おいまてローラ、任務のことは言うな。そして受付業務を貶めるな。そのお姉さんの事も間接的に貶めてるからな?
オレっ娘の受付のお姉さんはイザベルと言うらしい。ローラとの話に耳を傾けていた限りでは、ここのハンターは骨のある奴がおらず、イザベルに反抗してくる人間は皆無だったそうだ。そらそうだ。その見た目はヤバい。普通の人なら関わりたくないもの。というかこの人の他に受付嬢はいないのか?
そして、そこにきてローラの登場だ。イザベルの言葉や見た目に恐れる事もせず、正面切って立ち向かってきた。
見た目から新人、もしくは登録希望の子供だとは分かっていたが、久しぶりに骨のある人間が来て嬉しくなってついつい思いっきり言ってしまったらしい。なんだよその思考回路。
「まぁよ、ここにはロクな依頼はねぇが、お前らなら何処でもやってけんだろ。威勢は良いし字は書けるし。んで、とりあえずなんか依頼は受けて行くのかい? 今なら薬草採取がオススメだぞ」
そう言って薬草採取依頼の紙を見せてくる。うんうん、この感じ。たまらんな。
ローラは紙を受け取り繁々と眺めているが、読めないだろお前。
「もっと他のものはないのかしら? 魔物の討伐とか」
「あー、お前はそういうのがいいタイプかぁ。まぁそうだろうな。残念ながらそう言った依頼は今はないな。それにあっても流石に受けさせられねえだろ」
うん、まぁそうだよね。十歳くらいの子供が『魔物を討伐します』なんて言っても、はいどうぞと行かせる訳ないよね。だったら大人が自分で行くわ。
「ローラ、そういうのはもう少し大きくなってからにしような。俺たちは薬草集めとかドブ攫いを地道にやっていこうよ」
うん、ここは孤児プレイだ。チラッとイザベルを見て、従順さをアピール。どうだ、これでいいだろ?
「ふーん……。いや、なんかよ、うさんくせーなお前たち。本当にそんな依頼受けるのか? というか何の為にハンターになったんだ?」
うっ、こいつも鋭い……! 上手く誤魔化せるか? 内心焦っていたらローラがおもむろに口を開いた。
「アタシ達にはアタシ達の目的があるの。その為なら地べたを這いつくばってでものし上がるつもりよ。その為の第一歩として薬草採取が必要なら、それはそれで甘んじて受け入れるわ! これから始まるアタシ達の栄光の道を、その目で拝めることを感謝しなさい!」
お前がそれを言うか。そして多分お前が思ってる道は、俺の目的地とだいぶ異なる。どこに行ってしまうんだ。
「おーおー、そうかそうか、いいねぇ! 若いってのはこうでなくっちゃ!! よしわかった! お前達の事は詮索しねぇ。それがお前達の道に通じるのであれば、オレの権限で出来るだけ融通してやるよ。但し、あまりにも危険なものはダメだ。それはオレが認めねえ。それでいいか?」
「は、はい。もちろんです」
ローラの言葉で誤魔化せてしまった。この人大丈夫か? 多分、理屈より感情で生きてる人なんだろう。じゃなきゃこんな格好しないだろうし。
「ああそうだ、登録証を作らなきゃな。ちと待ってろ、すぐ作ってくるから」
そして自分の仕事を思い出してバックヤードに消えていくイザベル。
はぁ……。なんか怒涛の勢いで展開したが、無事にハンター登録が出来て良かった。まずはここが任務の入り口だからな。ここで躓いてちゃ話にならない。
何やらカチカチと金属を叩く音が聞こえていたが、それが止むと中からイザベルが出てきた。
「ほれ、出来たぞ。お前たちのハンター登録証だ。登録料で一人銀貨三枚だ。再発行には銀貨5枚はかかるから無くすなよ?」
そう言って手渡されたのは、ドッグタグのような銀色のプレートだった。穴が空いているのはここに鎖を通して首から下げる為だろうか。
俺とローラはそれを手にとりマジマジと眺める。どうやらトンデモ技術などが使われている訳ではない、普通のプレートだ。名前と、五級と書いてあるのが読める。
「この五級というのは俺たちのランクですか?」
「ああ、そうだ。登録したばかりの奴は全員五級から始まる。認定試験に合格すれば級は上がっていく。お前たちは一級まで上がるんだろ? なんせ栄光の道を歩むんだから」
ニコニコしながらイザベルが俺たちを見つめる。それってバカにしてるって事でいいんですよね? いやまぁ、普通はバカにするよね……。
「そうよ! アタシ達には一級すら生温いわ! 今のうちにアタシ達専用の特級ランクでも作っておくことをオススメするわ! それで、認定試験はいつなのよ?」
「はっ、そいつはすげえや。オレも楽しみにしてらぁ。そーいやハンターの事もギルドの事も何も説明してなかったな。認定試験についても教えてやる。聞いてくか?」
「「お願いします!」」
イザベルはなんだかんだローラの言葉を優しく受け止めてくれる。特級ねぇ。そんな事よりまず五級で頑張ろうよ。
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