二十五話 買物

 宿屋を出て町に買い出しへ。先程は死ぬほど恥ずかしい思いをさせられたが、多分もうあの時広場にいた人達はいない。周囲の目を気にしていた俺は肩透かしを食らった。いや、覚えられていない方がいいんだけどね。


「これだけ人がいるのよ? いちいちアタシ達の事なんか覚えちゃいないわよ!」


「それもそうだ。少し自意識過剰だったのかも知らん」


「アンタはいつも自意識過少なんだから、それくらいでいいのよ!」


 そうか、そうかもな。よし、これからはもう少し自分の感情を表に出していこう。……いや、そんな言葉に騙されないぞ!


「それで、まずは何を買いに行くのよ?」


「そうだな、まずは服か。一人三着くらい買いたいな」


「いいわね! アタシにぴったりな服を選ぶのよ!」


 はいはい、ちゃんと尻尾が出る穴のついてる奴を選びましょうね。後は丈夫さと価格優先でデザインは二の次だ!


 ステーマルが残してくれた手紙に書かれた古着屋へ。革袋には金貨が五枚と、銀貨が五十枚入っていた。貨幣価値が分からんからなんとも言えないが最低五万円、最大で五十万円くらいの価値になるんだと思う。その辺の市場調査も同時にしなくては。


「いらっしゃーい」


 店に入ると、軽いセリフと野太い声のミスマッチが俺達を出迎えた。そして姿を見せるフリフリドレスを着たゴリマッチョ。どうしてこう、古着屋の店主はオネエ系の人が多いのか。まあ俺の偏った知識の中だけの話なんだけどさ。


「あっらぁ、可愛いお客さんねェ。今日はどんなご用事?」


「あ、あのっ。この店が服の品揃えがいいと聞きまして。俺とこの子に二、三着見繕って貰おうかと……」


「あ、ふーん。まぁあんたは適当でいいわね。それよりもアナタね、アナタ! とーっても可愛いらしいわぁ。アナタにはアタイがさいっこうのお洋服、選んでアゲルわぁ〜」


 どうやら狙いはローラのようだ。確かに着飾るならローラの方がやり甲斐はあるだろう。まぁローラはきっとこんなオネエはドン引きだろうけど……


「あら! あなた分かってるじゃない! いいわ、アタシの事を目一杯着飾らせてあげる。予算に上限なんてないわ、全身全霊をかけて選んでちょうだい!」


 まてまてまてまて、予算に上限ないわけないだろ! こいつ、ここで全財産使う気か!?


「あっらぁ〜、見た目によらず剛毅ねェ。じゃあお姉さん、腕によりをかけて選ばせてもらうわぁ〜。ううん、なんならオーダーメイドも……」


「あ、あの! 予算! 予算の上限、ありますからっ!」


「「ちっ!」」


 この後、予算内でちゃんと服を選んで貰った。

 俺は普通の服、ハンターっぽい服、よそ行きの服の三着。ローラも基本構成は同じだが、よそ行きの服はバッチリあのオネエの趣味が入っていた。フリフリロリロリの魔法少女系。

 ……ローラよ、それでいいのか。

 だが、ローラはオネエ様と非常に仲良くなったみたいだ。服の趣味と自分自身について以外はまともな人で、この町の事を色々と教えて貰っていた。主にローラが。いやこれ、下手したらステーマルより優秀なんじゃないか?


 その情報を統合すると、金貨一枚十万円くらいの価値がありそう。銀貨は一枚千円くらい、だと思う。

 ちなみに俺たち二人、計六着の合計のお値段は金貨一枚でした。その半分はローラのよそ行きの服の価格なんだが。

 相場が分からないけど、工場で大量生産してる訳じゃないから現代日本に比べれば当然服の価値は高いのだろう。その代わり肉とか野菜(種類による)は安いみたいだし。


 さて、お次は武器屋だ。武器だけではなく、防具や冒険道具一式揃っている店だな。ホームセンターみたいなもんか?

 一応俺が作った刀もどきは持っているが、ローラ用の杖を探しにいくのだ。防具も胸当以外に手軽に着脱できて有用な物があるなら是非買いたい。


 と言うわけで武器屋である。特にドワーフが経営している訳でもなかった。当たり前か、ファンタジー的にはドワーフの武器屋は上級もしくは伝説級の店だ。片田舎の男爵領にあるような店ではない……はず。


 そうそう、今更だがこのサドーの町は、治めているサドー男爵の領都だそうだ。オネエ様であるジュリエッタに聞いた。

 ……なんだよジュリエッタって。ロミオ出てこいよ、さっさとどこか遠くへ連れて行くんだ。


 サドー男爵は基本町にはおらず、代官とやらが普段は運営しているらしい。という事は、この代官の弱みを握るべきなのか? どのようにする事が盗賊団のメリットになるのか。もう少し調査が必要だな。



 まぁそれはさておき店である。

 店はまるで雑貨屋のようだった。所狭しと商品が並んでおり、何がどこにあるのかが分かりにくい。こういうのを見ると、日本式陳列方法に手直ししたくてウズウズしてくる……。我慢するが。

 だが無造作だからこそ、予想外の掘り出し物が見つかるものである。俺は目の前にあった多機能・多目的ベルトに一目惚れして購入することにした。

 日本でも現場の職人がしている腰袋のような奴で、丈夫で色々な小物の収納できる優れ物だ。機能美に俺は弱いのだ。


 そしてお目当ての杖である。ふと店内を見渡せば、ローラは自分の杖を吟味していた。


「うーん、こっちとこっち、どっちがいいかしら」


 即断即決しか見たことないローラが悩んでいる。果たしてどんな物を選んでいるのか。


「あ、セルウス。これとこれ、どっちがいいかしら」


 ……初めて名前を呼ばれた気がする。それはもう少し感動的な場面で言って欲しかったなぁ。


 まぁいい。ローラが手にしている杖を見る。

 一つは普通の杖みたいだ。先端に石がついており、石の色は緑だった。長さは三十センチくらいで、指揮者がもつタクトみたいな感じだな。

 もう一つはヤバい。なんでそれと悩むのか分からない。なんで? 端的にいうと釘バットだな。多分釘でもないしバットでもないんだろうけど、それにしか見えない。


「ね、ねえ。なんでそっちの釘バッ……、トゲトゲしてる方も候補なの?」


「ああ、こっちは素材がいいのよ。古妖樹トレント素材を使っていて、全体的に魔力の通りがいいわ。こっちは普通の杖ね。この石が風の魔力を宿してるから、風魔術については威力に恩恵があるの」


 あ、割と真面目な理由だった。ローラは質実剛健なんだなぁ。さっきの服屋での騒動はなんだったのか。


 だが……、ふっふっふ。俺はこの機会をずっと待っていたのだ。ローラの服を買った時にピーンときたのだ!

 さっきの恨み広場での宣誓、今ここで晴らしてくれようぞ……!!


「あー、どっちもいいと思うけど、俺こんなのも見つけたんだ。これはどう?」


 店に入って真っ先に目に入った杖。ローラが何を選ぼうと、俺はこれを推すつもりだ!


「ええ〜、あんたこんなのが趣味なの……」


「え? そうかな? 俺、これは凄くいいと思うよ? デザインが斬新で、多分同じ物を持ってる人いないんじゃないかな。それに、ローラなら絶対似合うし、価格は高いけどローラにはその価値あるしね。俺なら絶対これを選ぶ」


 うーん、そうねぇと言いながら、俺から手渡された杖をしげしげと眺める。俺の中では杖でなくステッキだな。


 ——そう、それは魔法少女が持っているような。


 ふふふ、似合ってる、とても似合っているぞローラ! これをローラに持たせて戦いに行くのだ! 決め台詞は「もう絶望する必要なんて、ない!」とか言って魔物を消滅させるのだ!


「うーん……。あら、意外といい素材使ってるのね。悪くないわ。なんかアンタのくだらない思惑にのっかってそうな気がして嫌だけど」 


「そ、そんなことないよ」


 多分、俺の目がクロールしてると思う。だが是非とも買わせたい!


「……まぁいいわ、仕方ないからこれにしてあげる」

(せっかく、あんたが選んでくれたからね)



 よし! ローラが何か呟いた気がしたが、作戦成功だ!

 ローラに魔法少女ステッキを買わせたぞ! ピンクを主体に赤いハート型の石が着いたステッキだ。さっき買ったフリフリのよそ行きの服を着せれば、ほぼ完璧な魔法少女だ。この世界にカメラがないのが悔やまれる。是非とも写真に残しておきたい。

 後で宿に戻ったら着替えてもらおう、とても似合うだろう。なんなら明日のハンターズギルドもその格好で行ってもらうか。

 度肝を抜く新人になること間違いなし! ローラがいつその恥ずかしさに気付くかと思うと、ドキがムネムネする。




 ……と、そこまで考えてふと気付く。

 あれ? そんな事やってる場合か?

 度肝を抜く新人でどうする。なるべく目立たず、歳に見合った下働きをするのではないのか。

 魔法少女でいいのか? ローラが魔術師だとバレたらその依頼を受ける必然性がなくなってしまわないか。

 そして、ローラの魔法少女姿。似合っている。とても似合っている。コスプレなどではなく、違和感なく素直に可愛い。これって、恥ずかしさに気づかなくね? むしろファッションリーダーとしてこの格好が普及してしまうんではないか?

 少なくともハンターや異種族もいる町の中で、この格好でも特段目立つ事はなさそうである。



 ……これはやらかしたかも知れんな。無駄に高い出費をしてしまった。

 いや、いやいや、きっとこれは先行投資、必要経費。この先不測の事態が起きた時に、ローラの戦闘力は高ければ高い方がいい。

 そう、そうなのだ! 決して辱めようとして選んだ訳ではないのだ!


「——っと! ちょっと、聞いてるのセルウス!」


「はい?」


「アンタ、アタシの事を陥れようとしてたのね?」


 えっ? 何故バレている……。


「全部一人で喋ってたわよっ! このっ大馬鹿野郎っ!!」


 思いっ切り殴られた。



 ※ ※ ※ ※



 結局、魔法少女ステッキ以外にも緑の石がついたステッキや、その他諸々使うかどうか不明な小物も色々買わされた。

 総額なんと金貨三枚。服と合わせて全財産の七割を今日の買い物で使ってしまった……。明日からの任務というか生活は大丈夫なんだろうか。



「ローラさ」


「何よっ!」


 まだ怒りプンプンである。


「ごめんて。それよりさ、なんでそのハートのついたステッキも買ったの? 俺の陰謀はダダ漏れで聞いてたんでしょ……?」


「はぁっ!? アンタそんな事聞くの!? エッチバカ変態! 信じらんない!!」


 ですよね、なんかごめんなさい。きっと良い性能だったんですね、わかります。


 俺が悪いとはいえ、ローラの罵倒にしょんぼりして歩く。すると前を行くローラが突然振り返ってこちらを向いた。


「あ、あんたが可愛いって、言ってくれたからでしょ! それに杖としての性能もいいんだから! それだけなんだから!」


 それだけ言うと、顔を赤くしたローラは一人さっさと走って行ってしまった。ローラの言葉に呆気に取られてしまったが、多少なりとも喜んでくれていた事で俺も少しだけ嬉しくなった。


 でもなローラ、宿屋はそっちじゃないんだ。

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