十一話・間話 シエラの場合① ※シエラのエピソードです

 父は騎士だった。

 とある貴族領にて詰める、所謂お抱え騎士だ。

 例えその貴族に黒い噂があろうとも、私の父は仕える主君に忠義を尽くした立派な騎士だった。



 私が生まれた時、父はちょうど一兵士から騎士に叙任された時だったそうだ。そのため私は縁起の良い子、家を繁栄させる子として非常に可愛がられた。


 勿論私が生まれたから叙任された訳ではない。剣の腕とその誠実な人柄でその地位を獲得したのだ。

 父は真面目に剣術を修めた人間だった。無名の我が家に金はなく、町で誰も知らないような格安な剣術道場に通っていた。門下生は父を入れても三人。いつ潰れてもおかしくない流派ではあったが、師の剣に対する熱意は本物だったそうだ。それ故に門下生に厳しくあたり、結果として流派が衰退するまでになってしまった。


 父はその流派の最後の一人。

 師より免許皆伝を受けて師範となるも、それ以降弟子を取ることはしなかった。

 流派の名は『交差式抜剣術』という。

 創始者の名前や土地の名前、神の名や戯曲の名など耳触りの良い単語が入る流派が多い中でなんと無骨な名前だろうと、今も思う。

 だがその名や剣筋の無骨さが、師の心も父の心も掴んで離さなかったのだろう。


 父はきちんと剣を修め、実力で騎士への扉をこじ開けた。

 だが父の同期である新米騎士の多くは、代々親も騎士であり、騎士になる為の努力はしたのだろうが騎士になった後の努力は怠ってきた者ばかりだった。

 親の威光の強さで出世が決まるため、剣の努力を継続するものは少ない。やるとすれば、出世街道から外れた場合の保険としての人脈作りか。


 意外と清くない騎士社会で、我が父は清貧という言葉がぴったりであっただろう。

 騎士とは言っても下級騎士。給金は町の中でも中の下。それを家族のため、生まれたばかりの娘のためと貯えて、自分は剣と武具以外には一切手を出さなかった。


 それは役職が上がっても同じだった。下級騎士から分隊長へ、分隊長を経て小隊長へ。立場が上がり給金も上がったが、それでも自身への贅沢を父は許さなかった。

 だが家族には最大限配慮をしてくれていたと思う。

 私は物心ついてから食べるに困った事はないし、衣服も古着が多かったがまともな物を着ていたはずだ。きちんとした教養を与えられ、故に私は思った。

 父のような騎士になりたい。

 人を守るとか主に忠義を尽くすとか、そういう難しい事は分からなかった。だが父の、筋を違えない真っ直ぐな生き方に幼ないながらに感動し、そして父の背中を追おうと思ったのだ。


 そう決意した翌日から、自分の中で訓練を開始した。まずは剣を振るおうと思ったのだが剣がなかった。父の剣は借りられるはずもなく、かと言って練習用の木剣もない。

 なので、仕方なく私は走った。何事をなすにも全ては体力が必要だと父が言っていたのを思い出したのだ。友人と遊ぶにも買い出しに行くのにも全て走って行った。

 町を走り野を走り山を走り続けて、気がつけば私と肩を並べて走る友人はいなくなっていた。


 私が常に走り続けるようになってしばらくした頃。父から「何故そんなにも走っているのか」と問われ、素直に父の様な騎士になる為の修練だと告げた。


 父は偉く感動したようで、その日以降父の非番の時に稽古をつけて貰えるようになった。稽古の為に木剣も買って貰い、一歩騎士に、父に近付けたような気がして胸が高鳴ったのを覚えている。


 それからは私の日常に素振りが追加された。

 朝起きては剣を振るい、昼食を摂っては剣を振る。

 日が暮れる前に剣を振り、夜は剣と共に寝る。

 どこにでもある木剣が私の中では物語に出てくる聖剣よりも尊いものとなっていた。


 そんな私が騎士学校を目指すのは当然の流れだっただろう。

 幼い頃より走り続け、剣を振り、友人から白い目で見られ続けた女は、その時がくるのをじっと待っていたのだ。

 騎士学校は十五歳から入学出来る。

 剣の才覚や忠誠心、規律を理解するだけの教養があり、平民でも裕福な家庭であればギリギリ捻出出来るだろう費用があれば大体誰でも入学できた。



 私も無事に試験に合格し、後一週間で入学という時、運命が変わってしまった。



 入学一週間前。

 主君を守る事が使命の騎士団ではあるが、外敵に対する専守防衛も役割の一つだ。

 どうも町の近くの山に盗賊団が現れたという事で、父の配下、騎士団の分隊が討伐に派遣された。


 町からおよそ半日の距離に盗賊の目撃情報があったが、残念ながら見つけることは出来なかった。ただ、盗賊共がそこにいたという痕跡は発見した。

 そしてそのしばらく後、またしても盗賊が現れたという。今度は先日と逆の北側の山付近らしい。

 それなりの人数が目撃されたという事で、町からは二個小隊が派遣される事になった。ただしこれは牽制の意味もある。実際には討伐できずとも、これだけの武力があるという武威を示すのだ。

 町の皆に見送られ、父達騎士団二個小隊はその任に就いた。




 早くて出立日の夜、遅くとも翌朝には帰ってくるだろうと思われた小隊は、翌日の夜になっても帰還しなかった。

 何かがあったのか。だが何があったのか。何故か伝令もない以上、全滅したのではないか。

 色々な憶測が飛び交ったが結論は出ないため、確認のため斥候が出された。


 はじめに目撃された町の南側へ一組、次に報告のあった町の北側へ一組。

 三人一組の斥候達二組は日が昇る前には町を出て、その任務についた。



 父の具体的な任務について、私達家族には知らされていない。ただ出動前に父が溢していた話から、盗賊討伐の任務だとは推測出来ていた。そして明日の夜か明後日には帰宅するとも言っていた。


 もちろん、騎士の任務として危険があるのは承知している。内容次第では期間が長引くことも。

 ただ、今まで盗賊の討伐で予定の期間を過ぎることは滅多になかったはずだ。討伐できても出来なくても。

 階級こそ低いが、父の剣の腕は騎士団でも一、二を争うとも噂されている。

 話半分だとしても、訓練も何もされていない盗賊如きに遅れを取るなどあり得ないだろう。


 そう思っていたので、父の帰りが遅くなっても、それは別のことで、例えば帰り道に馬が怪我をしてしまった、などで遅れているくらいに考えていた。その時までは。


 翌日、放たれた斥候達が帰ってきた。……南側に向かった者達だけが。

 その事を私は直接騎士団から聞いた訳ではないが、既に町中まちなかではその話で持ちきりである。

 北側に放った斥候達が帰ってこない。もちろんその前に向かった小隊も帰ってこない。

 これは何かある、町の騎士団では手に負えないかも知れない何かが。


 シエラは焦った。

 きっと領主の面子を保つため、これから本腰を入れて討伐部隊を編成するだろう。盗賊なんかには絶対に遅れを取らないような大部隊が。


 だが、それではダメだ。いや、盗賊討伐についてはそれでいいのだろう。だが、それには時間がかかる。大部隊になればなるほど編成や出立準備、行軍に時間がかかり、それでは間に合わない。父の命が間に合わないかも知れないのだ。


 盗賊だってバカではない。領軍に手を出してしまえば、そのうち自分たちを討伐せんと追加で部隊が差し向けられるくらい想像できるであろう。

 そうなればさっさと逃げる。当たり前だ。


 そう、逃げる前に面倒ごとを全て片付けて。


 国と国との戦いであれば、捕虜を取って身代金を要求する事もできる。だが自分達が盗賊では交渉なんてして貰える訳がない。王族や軍の重鎮が人質であれば可能かも知れないが、討伐先遣隊にそんな重要人物がくるなんてまずあり得ない。

 事実、先遣隊として差し向けられたのは小隊長二名を含む二小隊のみだ。これでは身代金の要求など出来はしない。だから片付ける。

 金目の物を全て奪い、生命を奪い、物言わぬ肉の塊にしてさっさと引き上げる。

 それが盗賊としての正しい在り方だった。


 それが分かっているからこそ、シエラは焦っていた。


 父が討伐に向かい、帰ってこない。恐らく何か不測の事態が起きている。それも悪い方の。

 焦りに動悸が早くなり、手が汗で湿る。

 普通の乙女であれば、父の無事を神に祈るところであろう。だがシエラは普通の乙女ではなかった。まだまだ未熟だが、戦乙女の片鱗が見える強き乙女であった。


 決断をしたシエラの行動は早い。

 家の中から父の予備の剣を待ち出し、サイズの合わない革鎧を纏い、幼少の頃から走り続け鍛え上げたその両足で父の元へと駆ける。

 大規模討伐隊など待っていられない。父の危機は自分で救うのだ。


 盗賊の根城など分からないが、町の周辺くらいであればある程度の地理は把握している。町から北側で半日程の山と言われれば、該当するところなど二つ三つしかない。その中で盗賊が根城にする可能性の高いところ。

 居場所にあたりをつけたシエラは、守衛の制止を振り切り町を抜け、街道を外れて道なき道を走り続ける。




 ※ ※ ※ ※



 騎士団出立の日。

 騎士団は整列しながら街道を往く。

 決して油断をしていた訳ではないが、極度に緊張していた訳でもない。相手は盗賊だし、これだけの人数がいれば負ける事はまずあり得ない。さっさと終わらせて、特別休暇と臨時手当を貰い一杯やるか。そんな軽い足取りで目撃報告があった山へ一直線に進んでいった。


 地元出身の者も多い騎士団の為、アジトと思しき場所への道筋は見当をつけている。もちろん真っ直ぐその道を進んだりはしない。山道の一本横の獣道を通り、罠にも細心の注意を払った。


 そして見つける単純な罠。足元に尖った木が埋めてあるだけ。所詮は盗賊、やはりこの程度か。

 油断が生まれた騎士団に、本命と思われる罠が迫る。地面スレスレに張られた糸に掛かると、先端に毒を塗った矢が飛んでくる。何人かが負傷し無力化されたが、かろうじて致命傷になる事なく罠を突破する事が出来た。

 今回の奴らは中々やるな。危うく命を落とすところだった。


 命の危険に晒されて異様な興奮をしてしまった者達は、最後に迫る罠には気付かない。

 簡単な落とし穴だ。見つける事も避ける事も容易い。だが避けたその先に、見た目は普通の地面に見える落とし穴がある。

 落とし穴には、革靴を容易に貫く鋭利な棘が無数に仕掛けてあった。勿論先端には毒が塗ってある。痺れ毒などではない、山蜘蛛から取れる致死性の猛毒だ。

 足がちょうど一つ嵌まる分の落とし穴が無数に仕掛けてあり、その全てに毒の棘がある。単純でかつ狡猾な罠に嵌り、騎士団はここでその多くを失った。



「くそっ、こんなところで! いいかお前達、こんな所で立ち止まるなよ! 絶対に盗賊共を根絶やしにするのだ!」


「待たれよ、セルゲイ殿。ここは一旦退くべきではないか」


 シエラの父であり、第二小隊長であるアイザックは、第一小隊長のセルゲイにそう進言した。


 本来であればここでその進退を冷静に判断すべきであっただろう。だがセルゲイの頭には盗賊団を壊滅させる事しかなかった。彼の指揮下にある第一小隊は、既にその過半を罠によって失ってしまっており、このままでは騎士としての面目が立たない。なんとしても盗賊達を討伐し成果を上げなくてはならない、退却などあり得ない!


 結局、年長であり討伐隊の指揮官でもあるセルゲイの決定に逆らう事も出来ず、進軍を続けることとなる。


 毒により満身創痍となり、満足に歩けない仲間達。その仲間に手を貸しながらなんとか山道をのぼる。

 やっとの思いで近付いた敵の拠点では、突如背後から現れ盗賊とは思えぬ統制の取れた戦法に手も足も出ず、毒の罠を生き残った仲間達もまたその命を散らしていった。




 ※ ※ ※ ※



「ボス、こいつらどうします? もういいんじゃないっすかね?」


「いや、まだだ、もう少しだ。今回は相当危ない橋を渡ったからな。それなりに見合ったものがなきゃやめられねえ。それにいざとなればこっちには取っておきがある。俺達が逃げ出すだけなら間に合うだろ」


 そう言って、酒を呷るこの盗賊団のボス。

 その周りには一緒になって酒を飲む部下達と、既に事切れた騎士団の団員達が、装備を剥がされ無造作に横たわっていた。追加で送られた斥候達も同様だ。


 この盗賊達を討伐する為に差し向けられたのは二個小隊、おおよそ四十名。小隊と呼ぶには少し規模が小さいが、これくらいの田舎の領都であれば、きちんと騎士団が組織されているだけマシである。


 そして、いくら盗賊団が大規模であっても四十名を越える団員が所属している盗賊など滅多になく、また仮に大規模な盗賊団であっても常日頃訓練を行っている騎士団であれば、同数の敵に負けるはずはなかった。これは通常であれば充分過ぎる戦力である。

 そう、通常であれば。

 だがこの盗賊達は通常ではなかった。


 この盗賊達は、その図体の大きさ故に常に干上がっていた。街道を行く商隊を襲っても、団員全員を潤すだけの食糧や金が手に入るのは稀だった。

 だから頻繁に仕事をしなくてはならない。だが、同じ場所で頻繁に盗賊行為をしていれば早い段階で領主に目をつけられ、本格的な討伐軍が編成されてしまう。その前に縄張りを移動させ、本格的な討伐軍との戦いを避けるようにしなくてはならない。


 また、頻繁に襲撃をしていれば、当然商隊の護衛と斬り結ぶ事も多く、その都度少なくない怪我人が出る。ボスはそんな怪我人に容赦をしなかった。軽い怪我なら問題ないが、一人で歩けないような怪我を負った場合、問題無用で斬り捨てられた。物理的に。

 大規模な群れを統率するリーダーとして必要な行為だと本人は思っている。確かに、一人の負傷者を抱えて行動する場合、最低でも二人がその人間につくことになり群れとして行動に支障をきたす。

 その為、ボスとしては支障をきたすその原因を取り除く事が重要であると考え、物理的に取り除くのだ。

 これには副次的な効果も生まれた。

 怪我を負ったら仲間は助けてくれない。ではどうするのか。怪我をしなければいい。怪我をしない為にはどうすれば良いか。強くなれば良い。

 自分達の戦闘能力が高くなれば、護衛と斬り結んでも負ける事はない、怪我をしない。仕事の成功率も高くなる。良い事尽くめである。なので団員達は空いている時間には必死になって自分の得意な獲物の訓練をした。


 そう、この盗賊達は盗賊にとって非常に珍しく、各個人の能力が高い水準で揃っていた団なのだ。


 だが、いくら個人の能力が高くても、集団での戦闘力として軍には劣る。それでもこの盗賊団はどうやら領軍二個小隊を制圧しうるだけの力があったようだ。

 それは、間諜から情報を入手し、それを基にした罠と欺瞞作戦という、ある意味至極真っ当なものであった。




「もっと楽な生活がしたいっすね、ボス」


「おう、俺様に任せておけ。もう少しだ」


 盗賊達は、盗賊稼業に飽きていた。正確には、盗賊なんてやらなくても、もっと楽に、もっとリスクを少なくして生きていきたかった。

 だが今更カタギの仕事なんて出来ない。元々が真っ当に働けなかった者たちの集まりだ。結局盗賊のようなならず者として生きていくしかなかった。


 だが、この盗賊団のボスはそれを良しとしなかった。自分には無理を通すだけの力がある。だがそれはいつまで通じるのか、どこまで通じるのか。この盗賊のボスは粗野でガサツだが、馬鹿ではなかった。

 いつか無理が通じなくなった時の為に、この町に眼と耳を持っていた。

 時に金で、時に暴力で支配をした眼と耳を。


 自分達の規模では、早々に目を付けられて遠くないうちに大規模な討伐隊が差し向けられる。それが分かっていたからこそ相手の情報を事細かに入手し、誘き出し、その力を削ぐ。そして、力を失った相手から、最大限の利益を得る。

 至極真っ当だが、しっかりと統率された組織でなくては成功しそうにない作戦であった。

 そして、その為には眼と耳以外に、手が必要だった。今回の作戦で、どうにかして手を入手したかったのだ。出来れば町の中枢に食い込むだけの力がある手を。

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