【完結】同棲してた部屋の中で、別れた二人がまさかの再会。今度は素直になれるかな?

空豆 空(そらまめくう)

第1話

「はぁ――――――!!??」 


 季節はまだ訪れない春を待ち焦がれるような、それでいて別れを憂うような、まだ肌寒さを感じる3月の初旬。


 私、葛城千桜かつらぎちさは、会社のオフィスで絶叫していた。


「え、どうした、葛城。……お前でもそんな声出すんだな。びっくりした」


「あ、いえ、すみません、チーフ。なんでもありません」


 私は思わず顔面崩壊していた表情筋を元に正すと、いつものクールを装った仮面を張り付けた。


 そう、この顔は仕事用。むしろ対人用。子供の頃から私は、自分の内面を他人に知られるのがひどく恥ずかしいと思う性格をしているのだ。


 ――それは、初めて出来た元カレにもそうだった。


 3年ほど付き合った。同棲もした。けれど……きっとこんな私に、彼は嫌気がさしたのだろう。家に帰りたくなかったのかもしれない。急に残業が増えて、帰るのが遅くなっていった。


 でも、一緒に住んでいたら分かる。それが本来なら必要ではない残業だったって。


 だから――私はある日言ってしまったんだ。


『私達――別れましょう』って。


 そしたら彼は――


『君がそう願うなら、そうしようか』


 たった一言、そう言った。




 少しくらい、引き留めて欲しかった。でも、彼はそんな事はなくて。


 引っ越しの荷物をまとめる私を、彼は静かに見ていた。


 そして――


『いままでありがとう』


『こちらこそ』


 私たちは最後に綺麗な挨拶を交わして、綺麗に別れた。




 けれど――、独りになった途端、涙が溢れ出してきて。その涙が止むことはなくて。崩れ落ちるようにひたすら泣いた。目が腫れるのも、声が枯れることも気にせずに、飲めないお酒をかぶ飲みして、ただただ、吐いた――


 彼とは綺麗に別れたのに、別れた後の私は、全然綺麗なんかじゃなかった。


 そんな自分と決別したくて、ずっとロングだった髪をバッサリと切って黒く染め、生活そのものを変えたくて、転職までした。


 彼とはそれっきり。以来何の音沙汰もなし。そのままもう、2年が経とうとしている。


 なのに――、私はまだ、彼の事を忘れられないでいる。


 ふとした瞬間に思い出してしまう。あの、桜が綺麗に見えるリビングで、本を読んでいた彼の横顔を。あの横顔を見ながら、彼のために料理を作るのが……


 私の密かな幸せだったこと――



 そんな未練ったらしい私の今の仕事が、不動産の仲介業。部屋を探している人に空き部屋を紹介して、気に入った部屋があれば現地に一緒に赴いて部屋の中を案内し、入居が決まれば書類の手続きをする。


 なのだけど、たまにWebに載せている部屋を指定して、中を見てみたいと直接お客様から問い合わせがあることがあって……先ほど内見依頼が来た部屋が、なんとまさに、私が元カレと1年半ほど一緒に住んでいたあの部屋だったのだ。


 まさかのことに驚いた。とはいえ別れてもう2年。さすがに一人で住むには広すぎる、おまけに家賃も高いあの部屋に、彼がまだ住んでいたとは考えにくい。


 それくらいじゃ私の鉄の仮面は剝がれない。きっと何人目かの住人が引っ越したにすぎないだろう。そう思ってさらに書類に目を通した。


 なのに――あの部屋の直近の住人は彼だった。


 え?? まだ彼はあの部屋に住んでたんだ……。いやいや、でも、さすがに退去済み、だよね?


 そう思ってさらに書類に目を通してみれば。


 なんと彼はまだ入居中。


 たまにあるのだ、こういうことは。退去が決まった時点でWebに載せたら、その途端に入居希望の問い合わせが来ることが。人気の部屋だと特にそう。あの、桜が綺麗に一望できる部屋ならなおのこと納得だ。私が彼と部屋探しをした時だって、即決だった。


 むしろ他の入居希望者と紙一重だった。そのくらい、人気の部屋――


 いや、いやいやいや、でも、でもさ。


 さすがにその内見の担当が……私、なんてことはないだろう……そう思ったのに。入居希望者の内見希望日として指定されたその日その時間、スケジュールが開いているのは――私だけだった。


 そりゃ、もう、あんな声の一つくらい出るよね。



 ――だって……未練たらたらの元カレに……その日、内見可能かどうか、……私が電話しなきゃいけないんだもん。






 ――プルルルル、プルルルルルル


 電話を掛ける音が心臓に響く。彼の電話番号は見慣れた番号のままだったけど、別れて以来だから、声を聞くのは久しぶり。


 まして私は彼に掛けていると分かっているけど、会社の固定電話から掛けているから、彼はまさか別れた元カノから掛かってきているなんて思いもしないだろう。


 あぁ、落ち着け、私。いつも通り。いつも通り仕事モードで振舞えばいい。


 いつも通り、鉄の仮面と、作った声で話せば……。そう思ったのに。


『はい、菊池です』


 ――久しぶりに聞く彼の声に、私の心が震えた。


 ……あぁ、やっぱり……好き。



 けれど彼は私からだと気付いているはずもなく、そしてこれは仕事の電話。不要な私情を挟むわけにはいかない。


「あ、お忙しいところ申し訳ありません。私くし、不動産仲介会社、“お部屋チューカイ” の 葛城と申します。実は……」


 淡々と要件を話した。すると彼の返事は――


『あぁ、次の日曜日ですか、構いませんよ』


(構わんのかぁああああああああああい!!)


 心の中で叫びつつ。


「ありがとうございます。では、次の日曜日13時、入居希望者様と共にお伺いさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」


 営業用の声と、電話なのに不要な笑顔を張り付けて返事をすると、丁寧に電話を切った。




(あぁ……取り付けてしまった、彼と会う約束を)


 と言ってしまえば語弊があるけれど。


 所詮、仕事で、ただの仲介人としてで、元カノとして会うわけじゃないけれど。


 ……2年ぶりに、彼に会うことになった。


(あぁ、嫌だなぁ。心底嫌だ。……彼に会えることを楽しみにしてしまっている、自分のことが)

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