第53話 ご開帳 二

賭場は15畳の部屋ふたつをぶちぬいた大部屋だった。

ぞくぞくと入ってくる客たちに、この賭場のあるじである神崎はほくそ笑んでいた。


「いつもより遅れたご開帳だったが、今夜も客入りはよさそうだな」


そう話し方けてきた赤松へ神崎は軽く頭をさげた。


「すべて赤松殿のおかげでございます。大名屋敷のなかで賭場を大っぴらに開くなど、なかなかできぬこと。そこを屋敷の人事担当である赤松殿が、龍野藩の重役の方々から了解をとってきてくださった。だから、こうして皆、安心して博奕遊びをできるとういうものです」

「そこは上の人間もわかっているのさ。中間ちゅうげんやとう人間は、安い給金の下働きに不満をもちやすく辞めやすい。かといって、いなくなられてはこちらも困る。そこで賭博だ。賭博は中間の不満を誤魔化せるし、遊んで稼げるとあって辞めにくくなる。さらに藩の方も寺銭てらせんという、賭場の場所代が臨時収入としてはいる。互いに利点ばかりというわけだ」

「だとしたら、なぜ今までこの龍野藩の屋敷で賭場はなかったのですか?」

「幕府老中である殿が屋敷にいたのだぞ?できるわけがないだろう。いまこうしてできているのは、殿が隠居されて国許くにもとに帰られているからだ」

「屋敷の人間たちの目がゆるんでいるということですね」

「そういうことだ。それに賄賂わいろもたっぷりふくませている。屋敷全体を使おうと、目をつむってくれるさ。さらに都合がいいことに、新しい藩主になられた殿のご子息は、事情があって江戸に当分は来れないらしい」

「それは良き知らせです。最近は金持ちの旦那さまがたが常連客としてついてきていますので、まだまだこの賭場は儲かりますよ」

「おぬしは商売上手だな。そこまで稼げるなら、ワシらからとっているご利益札の貸し代金などいらぬのではないか?」

「そこは蛇神さまへの上納金と酒代が上がっているので、いらないといえないのですよ。ですが、赤松殿には大変お世話になっております。来月より赤松殿のみ、無料タダでご利益札をお貸ししようと考えていたところです」


神崎には武士として出世したい野心がある。

赤松はすぐさま神崎の下心を読みとった。


「なるほど。おぬしは商売だけでなく、世渡りも上手いな。ここの賭場、中間部屋はもはや、おぬしのものといってもいいかもしれん。どうだ?中間ちゅうげんかしらになるか?」


中間頭とは中間部屋の武士たちを取り仕切る役職だ。


「いえいえ、そんな。入ったばかりの私が、飯尾さんの役を取るなど大それたことはできません」


神崎は表面上遠慮したが、中間頭といった下役したやくなど眼中にないのが本音である。


「それに、ほかの中間の皆さんは飯尾さんのいうことしか聞きませんよ。いまだってああして、他の皆さまは飯尾さんの指示のもとよく働いています」


賭場の客たちの世話をしている中間武士たちは、中間頭である飯尾の指示もと動いている。

その飯尾が、数人の中間を引き連れてこちらへきた。


「神崎。今夜は千両箱を持った旦那衆だんなしゅうが多いぞ。ざっと見たとこ、二十人くらいはいるな」


千両箱が二十個という大金をまえに、神崎をふくめた武士たちは笑みがとまらなかった。

飯尾はふところから、取り戻したご利益札を出した。


「俺たちはこのご利益札があるから、この賭場に参加できないのが実に惜しい。いっそのこと、これをお前に返そうかと、そうコイツらとも話してたんだ」


飯尾のそばには笹川ささがわつじ入間いるまといったご利益札を持つ賭場荒らしの仲間がいる。


「この札、よその賭場でたんまりと稼げるのはいいのだが、今回みたいに博徒どもと揉める種にもなるのは厄介だな」

「そうですね。それについてはよくよく考えて、場所を選んでやっていただかないと。あのようなやからに付き合うのは、今回で最後にしたいですしね」

「まったくだ。今ごろヤツらは牢屋の中か。明日にはお白洲しらすに出され、島流しか死罪。その前に、拷問をうけてなぶり殺されるかもな。可哀想になあ、身分が下で生まれた人間というのは」


金も人も、すべて自分たちの思い通りだ。

おごる武士たちは笑う。

だが、彼らの笑いは長くは続かなかった。

彼らの前に青年ひとりが現れた。


「よぉ、てめぇら」


突然、横っ面をひっぱたかれたように武士たちは口をあけて固まった。

青年は悪鬼のごとにらみのような笑みを浮かべている。


「どうした?鬼にでも出くわしたみたいな顔、してるぜ?」


辰次は武士たちを不敵にも笑った。

飯尾が驚愕したように叫んだ。


「お、おまえッ!牢屋にぶち込まれたハズだ!なぜここにいる!?」

「あの牢屋、居心地最悪だったからな。すぐに出てきてやったぜ」

「そんな馬鹿な!」

「信じられねーか?じゃあ、こういうのはどうだ?そっちに蛇神サマがついてるように、こっちにゃ神さまの使いサマってのがついてんだよ」


辰次はギラリと神崎をみた。

神崎はこわばった笑みを浮かべる。


「あなたはたしか、一色親分さんの息子さんでしたね?さすが浅草の侠客の息子さん。親父さんのために、ここへ仕返しの喧嘩にといったところですか?」

「てめェはバカか?ここは賭場だろ?博奕しにきたに決まってんだろが」

「お客としてですか?」

「オウよ。でも俺は普通の博奕勝負はしねえ。俺とお前の一対一サシの勝負をしにきた。ここに千両ある」


辰次は後ろにある黒い箱をチラリとみた。


「これを賭けて、俺とお前。サイコロ丁半ちょうはんの一発勝負といこうじゃねーか」

「千両を一度の勝負で賭けるというのですか?」

「そうだ。ただし、サイコロの目を当てるのは俺じゃねえ。こっちの女だ」


辰次がとなりをみた。

顔を隠す尼姿の娘に神崎は眉をひそめた。


「そちらの尼がですか?」

「コイツは尼さんじゃねーよ。盲目めくらの娘だ。けど、博奕する目はついてる。テメーらのご利益札と一緒でツイてる娘、つまりツキ娘だ」


尼姿のツキ娘をいぶかしげに見る武士たち。


「どうよ、お侍さま?まさか目の見えない小娘相手にビビって勝負しねえ、なんてことねーよな?」


辰次の挑発に神崎はうすら笑いを浮かべて答えた。


「ごもっともです。いいでしょう、やりましょう。こちらからも千両を出しますよ。勝った方は二千両。それにくわえて、あなたは負ければ牢屋へ大人しく行ってもらいましょうか?」

「いいぜ。その勝負、のった!」


神崎とめくら娘の千両を賭けた大博奕。

これは面白いと客たちは見物の方へとまわった。

しかし捨馬のみ、この状況がおもしろくなかった。


「千両を一回の賭け金にするなど阿呆あほうなことをしおって。しかもめくらの娘にやらせる?あの男、やはりただの馬鹿だ」


捨馬は主人であるご隠居の説得をこころみた。


「今からでも遅くありません。あの千両箱をもって、ここから出ましょう」

「彼は、一色親分の息子と言っていたな」

「え?ああ、さっきそのようなこと聞きましたね。誰ですか?その、いっしき親分というのは?」

「浅草一帯を縄張りにする博徒ばくとの大親分だ」

「それじゃあ、あの男は博徒の息子ですか」


捨馬は、前方にいる辰次へにらみつけるような視線をむけた。


「どうりで態度も頭も悪いハズだ」

「態度はたしかに良い方ではないが、頭は悪くないと私は思うね……そうか。彼は浅草の侠客、あのうわさの息子か」

「侠客?」


捨馬は聞き慣れない単語に眉をひそめた。

ご隠居は期待のこもったまなざしを辰次にむけている。


「江戸で一番、いきな生き物、それが侠客さ。捨馬。よく、目をあけてみておきなさい。もしかしたら今夜、この江戸で一番派手な博奕勝負がみられるかもしれない。おまえの常識が変わるかもしれないよ?」

「まさか。たかが博奕でそんなこと、ありえませんよ」


捨馬は鼻で笑い、目の前にいる尼姿のめくら娘をみた。

そして、彼女が捨馬の『まさか』をひっくり返す博奕勝負をはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る