第40話 矢場

「アイツ、どこいったんだ?」


辰次は慌てて朱鷺を探しに出た。

さいわいすぐに彼女を見つけられた。

人が少ない場所で、彼女はポツンとひとりで頭をもたげていた。

しょんぼりとしているように見える彼女に、辰次は声をかける。


「オイ!大丈夫かよ、おまえ」


朱鷺はゆっくりと顔をあげたとおもえば、口をわずかに開いて固まった。

そうだ、コイツは人の顔は見えないんだと辰次は思い出した。


「俺だよ、辰次だ」

「……辰次さん?」


彼女はぼう然としているのか、どこか反応がにぶかった。


「さっきはどうしたんだよ、急に。何も言わずに出て行くから、びっくりしただろ」

「……すいません」


朱鷺は顔を伏せている。

辰次には、彼女がなんとなく落ち込んでいるように見えた。


「人形、不気味で気持ち悪いから、いやだったのか?」


そう彼女が最後に言っていたのを辰次は思い出したので、言ってみたのだが違ったようだった。

朱鷺はゆっくりと首をふった。


「嫌じゃなくて、きらいで……」

「きらい?人形が?」

「いいえ……きらいなのは、人形じゃなくて……本当は、わたし……」


朱鷺は顔をうつむかせて黙り込んでしまった。

普段の辰次なら、ここで舌打ちでもして、彼女を置いて行くように歩き出しただろう。

だが今の辰次は、彼女を無視して置いて行く気なんておきなかった。

だから、ただじっと彼女の言葉をひたすら待つことにした。

すると彼女は突如、顔をあげた。


「あれは、なんですか?」


辰次は彼女が顔をむける方向を見た。


矢場やばのことか?」


矢場は、室内用の小さな弓矢で点数のあるまとをうつ遊びだ。

この弓道きゅうどう遊びに朱鷺は興味を持ったようだった。


「やってもいいですか?」


彼女から暗い色が消え、辰次は安堵した。


「いいぜ。あの矢場は親父の子分がやってんだ。タダで遊ばせてもらえるぜ、きっと」


辰次は得意げな顔で朱鷺を矢場へと連れていった。

矢場には誰もいなかった。


「どっか飯食いでにもいったかな?ま、いいや」


辰次は弓と矢を朱鷺へ渡し、奥にあるまとを指さした。


「あそこに、丸いのがぶら下がってんのはみえるか?」

「はい」

「あれが的だ。あの的のど真ん中が一番高い点数。中心からはなれてくにつれて、点数は下がるからな」

「では、中心をてばいいんですね」


そこでふと辰次は思う。

色と文字は見えないはずの朱鷺。


「なあ、的にかいてある点数とか、目印なんかみえないんじゃねえの?ちゃんと狙ってうてるか?」

「的さえみえれば問題ありません」


朱鷺が弓矢をかまえた。

まるで弓道のお手本のような彼女の姿勢に辰次は感心した。

すると、目の前で矢がものすごい音ととも放たれた。


「は?」


辰次は的を凝視した。

矢がど真ん中に刺さっていた。

それだけでなく、矢は的を半分突き抜けていた。


「えーと……ふつう、あんなふうになるっけ?」


小ぶりな弓矢から信じられない速度で矢をはなち、的をち抜いた朱鷺。

彼女は同様にして、3本矢をはなった。

3本とも真ん中に一寸のズレなく刺さったため、先に刺さっていた矢が真っ二つにけて地に落ちた。


「これほど近くて動かない的というのは、とても簡単ですね」


驚異的な弓の技術をみせた朱鷺に、辰次は言葉も出せずにあ然としていた。

しかし、喝采が辰次の下からあがった。


「すっごーい!ぜんぶ、ちゃんと真ん中にあたった!ほんとに目にをつむったままみえるんだあ!」


小さな白ウサギが辰次の足元で跳ねていた。

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