第34話 虚弥蔵の賭場 二
虚弥蔵の賭場にあらわれたツキ男は、『
痩せ型の中年で、身なりが小綺麗なところは裕福な町人をおもわせた。
「さて、虚弥蔵親分。忙しい私がこうして出向いてやったんだ」
赤松は虚弥蔵をみおろしている。
「本日の
赤松が前回この賭場で得るはずだった金を虚弥蔵はお預けにしているらしい。
「この約束、ちゃんと守れよ?これ以上、博徒などに時間を取られたくないのでね」
横柄な態度の赤松に、博徒たちは気を荒立たせている。
だが、親分である虚弥蔵はニヤリと笑みをうかべた。
「ああ、ちゃんと守ってやる。そっちが、イカサマなしでちゃんと勝負してるってわかったらな」
「まだ疑っているのか」
赤松はふところから小さな布の包みを出した。
「ただの守り札だといったのに。ほれ、そんなに心配ならここに置いておいてやろう」
赤松は腰を下ろし、すぐ横にその布の包みを置いた。
あの中身が『ご利益札』だと辰次はみた。
赤松が両手を広げて
「満足かね?では、さっさと始めてもらおうか」
「いいだろう」
虚弥蔵が
辰次は叔父の手元を注意深く観察しながら、昔教わったイカサマ
博奕でイカサマをするのは、遊ぶ側だけでなく、賭場を開く側もする。
部屋に
虚弥蔵は後者だった。
「勝負は丁半の一発勝負だ。いくぜ」
虚弥蔵は堂々と仕掛け済みの壺の内側を赤松へみせびらかした。
この
さらに、透明な糸が一本はってある。
「さあ、丁半どっちだ」
「丁」
その赤松の答えに、虚弥蔵はニヤリとした。
虚弥蔵が、先ほど誰にも気づかれずにのぞき見たサイコロの目は『丁』。
「では、勝負!」
虚弥蔵は壺を開く瞬間に、サイコロに糸をひっかけて目を『半』にした。
勝利の笑みを浮かべる虚弥蔵。
だが、すぐにその笑みは凍りついた。
「馬鹿な!一の三で丁だとッ!?」
転がりでたサイコロ二つの目は『丁』だった。
虚弥蔵をふくめ、賭場の人間たちは結果に信じられない様子だった。
赤松のみが、さも当然のように自分の勝ちを受け止めている。
「さて約束通り、金を頂こうか」
虚弥蔵は悔しさに顔を真っ赤にさせ、しばらくうなっていた。
だが、観念したようだった。
「百両だ」
虚弥蔵は投げるように小判を赤松に渡した。
「足りないな」
「なんだと?」
「私は貴様に詐欺師呼ばわりされ、非常に迷惑な思いをした。公衆の面前で、恥をかかされたのだ。詫びる気持ちとしてもっと用意するのが、客に対する礼儀じゃないのか?」
もの凄い形相でにらんでくる虚弥蔵に、赤松は平然としながらさらに金を要求した。
「二百両、もらおうか」
「ふざけんな!そんなの
「
「ああ゛!?」
「
賭場中の人間が全員ぎくりとした。
みな、悪事に首を突っ込んでいるという後ろめたさが少なからずある。
赤松は世の中にある正論というものを続ける。
「御法度破りで集めた金は悪の銭。つまり、ここにあるすべての金は
『武士』という言葉に全員が身構えた。
とくに博徒たちは殺気だち、刀に手をかける者までいた。
「私をどうにかしようというなら、やめておいた方がいいだろうな」
喧嘩腰となった博徒たちを赤松はぐるりと見回す。
「私は、とある藩の役職つきで
奉行所の名に、虚弥蔵とその子分たちが尻込みをした。
奉行所とは、罪人をひっ捕えて裁く、幕府の司法機関である。
「お互い、幕府の役人にやっかいになるだけはさけたいだろ?ま、武士である私の場合、さほど大事にはならんだろうがね。そちらは……まぁよくて、島流しで済むかもしないな」
「てめェ……俺たちを脅してんのか?」
「まさか。私はただ事実にそって、ありえる可能性を述べているだけだ。さて、そろそろ金を用意してもらおうか?」
しばらく虚弥蔵は赤松をにらんで動かなかったが、状況は自分に不利だと結論づけたようだ。
大きな舌打ちをし、子分に百両を用意させた。
「やれやれ。金を包むくらいの気づかいもできないのか?」
ぞんざいに投げられた金を赤松はしまいながら、腰をあげた。
「しかし、まあ」
ぐるりと賭場をみる赤松。
「客の扱いが悪いな、ここの賭場は。ひどく狭いし、大したもてなしもない。大勝ちをすれば、詐欺師呼ばわりで、喧嘩を売られる始末だ。こんなチンケな賭場より、もっと客をもてなしてくれるところで遊びたいと思わぬか?なあ、みなのもの?」
赤松は賭場にいる客たちへ向けて話しかけていた。
「ここよりそう遠くない場所に、酒は飲み放題で、賭け金も大きく金回りがいい賭場がある。何より客を神さまのように扱ってもてなしてくれる。興味あるものはここから出たら教えてやろう」
客たちは赤松の話に興味をそそられた。
続々と客たちが賭場から出ていき、博徒たちは狼狽していた。
虚弥蔵は金だけでなく客までとられた。
彼は目を血走らせ、腕を組んで石像のように固まって黙りこくっていた。
そんな叔父を辰次は哀れにおもった。
「御法度を破る奴は、御法度に守られねえ。それだけは覚悟しろって、親父は昔からいうんだ」
一色親分に教えられた言葉を辰次はとなりにいる朱鷺にこぼした。
「それでも、この世は理不尽だって俺は思う。だってアイツら武士は、俺たちと同じように御法度破っても、軽い罰で済まされるか、もしくは無かったことになる」
辰次は悔しさに拳を強くにぎりしめた。
「武士は
「身分ですか。人の世では、かようなものが重視されるとは聞いております」
神の使いの娘は朱色の杖をにぎって立ち上がった。
「ですが、それは
彼女の言葉に、辰次の悔しかった気持ちが吹き飛んだ。
人の世の常識など彼女には関係ないのだと思い、辰次は小さく笑った。
辰次と朱鷺は赤松の後を追って、虚弥蔵の賭場を後にした。
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