第7話 野次馬

貫昭が朱鷺を連れて、大川の橋をふたたび渡っている。


「浅草寺は広い寺でな。出入り口となる門がいつくつかあるのだが、正面とされる門が一番の大きな門になる。門の両側には風神と雷神という神さまの大きな像があってな。この門の前、広い通りを雷神らいじん門前もんぜん広小路ひろこうじ、というのだがー」


風神雷神門が見えてきたところで貫昭は足を止めた。

門の手前、町家のならびに人だかりができているのだ。


「これは何事だ?」


人だかりの一部であるひとりの男が貫昭に答えた。


「ああ、お坊さま。なんか喧嘩らしいですよ」

「喧嘩だと?にしては……静かだな」


話し声はあっても、怒鳴るような喧嘩の声といったものは聞こえてこなかった。


「喧嘩やってんのは、あの真ん中にある、いすみ屋っていう小料理屋の中らしいですぜ」


貫昭と話していた男とは別の男が答えた。


「なれば、酔っ払い同士の喧嘩か?」

「いいや。なんでも浪人が暴れて居座ってるって話さ」

「何?」

「一色親分の名を出してたらしいから、賭場でもめたかなんかじゃないか?」

「賭場での揉めごとか。だとしても、賭場とは関係のない店で暴れるとは、けしからんな」


貫昭と最初に話していた男がうんうん、とうなずいている。


「ほんと横暴ですよねぇ。どうせ悪いのはその浪人さんでしょ。親分さんの賭場で、酔って暴れたりしたんじゃないんですか?」

「俺もそうだと思うんだけどな」

「もしかして親分さん、あの店にいるんですか?」

「かもしれねぇって、前にいる奴らは言ってるよ。幹部の鉄さんと子分ども、それに親分の息子が店に入ってったらしい」

「息子さんが?それはまぁ大事おおごとだ」

「いすみ屋の大将たいしょうは親分さんの飲み仲間だからな。その人がまだなかにいて、人質にとられてるって話だ」

「え、人質!?ひどいですね」

「だろ?親分さんみたいな侠客が、それをほっとけるわけねぇっつうの」

「でも親分さん、大丈夫かな?相手は浪人といえ、お武家さまでしょ?」

「ああ、刀持ってたらしいぜ」

「私、親分さんには昔、世話になったことあるんですよ。怪我なんてして欲しくないなぁ」

「俺は役人が来ないかが心配だぜ。アイツら、親分の方だけを絶対捕まえにかかるはずだ」

「お役人さんはいつだってお武家さまの味方ですもんね」

「同じ侍同士、武家の人間が役人してるからな」

「お侍さんってのは庶民の私たちには厳しいくせに、身内には甘いんだから」

「まったくだ。困ったときに助けてくれるのは、親分みたいな人なのによ。世の中、理不尽ってもんだよな」


男達の会話を聞き、貫昭は世の中の情勢を感じとっていた。

侍という武家を頂点とするこの世の社会。

本来ならば侍は尊敬の対象であるが、現状では目の上のたんこぶとなっている。


「これも世の流れかのう。権力ばかりをふりかざす男たちよりも、それに立ち向かう侠客のような男たちが庶民には好ましいか。さて……一色親分があそこにいるとなると、どうするべきか」


連れに意見を聞こうと貫昭はふりむいた。

が、そこにいたのは見知らぬ女だった。


「んん!?」


貫昭が慌てて周囲をみわたすが、尼らしき姿はみあたらない。


「朱鷺よ!どこにおる!?朱鷺!」

「あのう、ご一緒だった尼さまのことをお探しですか?」


女が指をある方向へとむけた。


「その人だったらさっき、あの中に入ってっちゃいましたよ」


彼女が指差す先は、小料理屋いすみの暖簾のれんがかかる店だった。


「あの中って、あの店の中か!?」

「はい。この野次馬たちを通りぬけていっちゃいました」

「なぜ止めぬ!?」

「え?だって、まさか尼さんがあの中に入るつもりなんて、思わなかったんですもの」


ねぇ、などと彼女は周囲の人間たちへ同意を求めている。


「なぜそこへ行ったのだ、朱鷺よ……!?」


貫昭は呆然と立ちつくした。

どんな神仏しんぶつのお導きか。

めくら娘は血しぶき舞うであろう喧嘩場けんかばへ飛び込んでいった。

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