「KAC20242」Jリーガーがやって来た

日間田葉(ひまだ よう) 

☆☆☆

 これはJリーグが発足して何年か経った、世の中にサッカーブームがやってきた時のお話しです。


 私が勤めていた不動産屋は閑静な住宅街にかかわらず都心へのアクセスが便利、しかもとあるサッカースタジアムに近くはないけど遠くもない場所でした。


 今回は付き合いのあった、地域では有名な管理物件をたくさん持った賃貸不動産屋さんのお話しです。


 その店にはやり手のおばさん営業事務員がたくさんいました。失礼だと思いますが当時20代だった私にはおばさんにしか見えなかったのでご容赦下さい。


 ある日、その店の管理する賃貸アパートを内見させてもらうことになり私はその店に鍵を借りに行くことになりました。


 扉を開くと店内の一角におばさん営業事務員がいっぱい集まって遠くから見ると大きな大仏の頭のような感じに黒い山がモリモリしてました。


 ざわざわと何かを中心に集まっているようです。


 私は気になって「何かあったんですか?」とカウンターの中にいた年配の女性事務員に聞きました。すると「サッカー選手が住宅を探しにきてるのよっ」と興奮気味に答えます。


 へぇ~っと思ってどこのチームなんですか? と聞いたところ


「名古屋サロ〇パスだって!」 ? 湿布かな?


 それは名〇屋グラ〇パスエイトではないのかな、と私は心の中でツッコミましたが訂正するのは面倒くさいので黙っていました。


 私は興味深々で近くによってチラ見しました。野獣のようなおばさん達に囲まれてテーブルに座ってらっしゃるお客様というか選手の方(誰だか忘れました)は笑ってらっしゃいましたが確実に困惑しています。


 なぜなら囲んでいるおばさん達は仕事そっちのけでサインが欲しいとどこから持ってきたのかテーブルに色紙を山積みにして件の選手に迫っていたからです。


 ひょっとして住宅を探しに来たのではなく遊びに来ていたのでしょうか、ちょっと異様な雰囲気に謎は深まりましたがそこはスルースキルを発揮します。


 私は鍵を受け取るとそそくさと自分のお客様と部屋の内見に行きました。残念ながら契約には至りませんでしたがにこやかにお礼を言って駅まで送っていき、その帰りに先の不動産屋に鍵を返しに行きました。


 店に行くとサッカー選手はいませんでした。


「Jリーガーの方は帰ったんです? それとも住宅の内見に行かれたんです?」と私が聞いてみると「用事ができたと言って帰った」と言われました。


 うん、あれじゃ帰りたくなるよね。


「ところでサインは貰えたんですか?」と私が聞くと「子どもの為に一応貰ったけど名前なんだっけ?」とか「サッカー興味ないんだけど近所の人に配るから10枚くらいは欲しかったのに」とか「正直いらない」とか、ご本人には絶対に聞かせられないような事を言っておりました。


 このおばさん達は誰だか分からない人に寄ってたかってサインを貰っていたようです。


 そのサイン色紙の行方は気になりますが考えない事にしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「KAC20242」Jリーガーがやって来た 日間田葉(ひまだ よう)  @himadayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ