リコとサト
このみさき
第1章 日常
―リコの場合
昼休憩が終わり、あー定時まで長いなあ、思いながら自席のパソコン画面を開く。
あ!応答率が落ちている!昼休憩までは保っていたのにっ!
「ツジくーん、私が休憩に行っている間、何かあった??」
私は自席でパソコンに目を向けていた、後輩の“ツジ カケル”に声をかける。
「リコさん、大変だったんですよ。聞いてくださいよ~」
ツジ君が待っていましたとばかりに駆け寄ってくる。
「西条さんのクレームが長引いて、受電の取りこぼしが発生したんです。最終的には俺が西条さんのエスカレを引き継いだんですけどね。そのお客さん、温度感が高くて大変でしたよ。」
頭をポリポリ搔きながら気まずそうに辻君が言う。
「そう、で、クレーム内容は?もう完了したの?」
と私が言うと
「頼んでないのに同じ商品が2つ来て、クレカ払いなのにどうしてくれるんだ、ってクレームでしたが、俺がバッチリ相手を納得させて終話したので大丈夫です!!」
ツジ君は得意げに言う。
確かに彼は対話スキルが高い。
天性の癒し声の持ち主であり説得力をも持っている、ある意味この業界では羨ましい声の持ち主だ。
「そっか。無事完了出来たなら良かった。西条さんへ労いのフォローもお願いね。」
私は安堵した声でツジ君に伝える。
「西条さんはさっき昼休憩に行ったんで、戻ったら声掛けしておきますね。俺も昼休憩に行ってきます!」
そう言ってツジ君は半ばスキップを踏みながらブースを後にした。
私はリコ。
コールセンターでSVをしている。
SVとは“スーパーバイザー”の略語で、要はクレームに対するエスカレーション(二次対応)や、品質保持、応答率(電話の受電数に対して何件受けることが出来ているか)の管理等、コールセンター運用の多岐に渡る仕事をしている。
先ほどのオペレーターである西条さんの件は、対応した顧客が長時間に渡るクレーム案件だったため、西条さんでは対応しきれず、SVのツジ君が二次対応として引き継ぎ、結果顧客を納得させて終話した、というものだ。
私が働いているコールセンターは通信販売の受発注を受けている部署だ。
まあまあな規模のセンターで、他の部署では、スマートフォンや家電製品の操作、修理受付もしている。SVは20名程度在籍しており、私もそのうちの一人だ。
私が今の土地に移ってきたのは大学受験がきっかけだった。
高校までは地方にある実家で両親と祖母との4人暮らしだった。
大学を卒業しても就職先が見つからず、今のコールセンターにバイトで入社し、3か月前、正社員になったばかりだ。
大学を卒業して今年で3年、今は25歳になる。
住まいは、大学を卒業して賃貸のワンルームマンションで、一人暮らしを謳歌している。
なんて私の自己紹介をしていたら…。
「話中でーす!!!」
オペレーターさんから手が挙った。
「話中」とは顧客と対話中であることを意味する。
対話中に顧客と問題があった場合、オペレーターさんが挙手をし、SVがフォローに行く、といった流れだ。
私はオペレーターさんの席へ駆け寄る。
「梶さん、どうしました?」
電話を保留にしたオペレーターの梶さんが眉間にしわを寄せて顔を挙げる。
「このお客様、さっき西条さんが対応されていたお客様です。やっぱり納得いかないから西条さんかツジさんを呼べって仰っていて…。」
あー最悪だ。西条さんもツジ君もお昼休憩に行ってしまっている。
それにこれ以上、西条さんに負担を負わせたくない。
「わかりました、とにかく私の席に転送をしていただけますか?」
ツジ君が居ないので私が対応するしかないのだ。
梶さんは顧客との対話を再開し、対応者が変わることへの了承を得る。
「お客様、大変お待たせして申し訳ございません。今から上席と変わりますので
そのままお待ちくださいませ」
梶さんの少しあわてた声が響いているうちに、私は自席へ戻り、他のSVに今からクレーム対応に入ることを伝える。
梶さんが私に目で合図をした。
プルルルル…。
自席の電話が鳴る。梶さんから転送されてきたものだ。
「お待たせして申し訳ございません、先ほど対応いたしましたツジが席を外しておりまして、私、スーパーバイザーの…」
「なんだ!!!!ツジってやついないのか!!!」
案の定、私が名乗る前に怒鳴られてしまった・・・。
よくある話だ。
「さっきはうまいこと言っていたけど、これ、詐欺じゃないのか??」
確かに温度感高めの、声から察するに高齢の男性だった。
きっとクレカ払いってこともあって心配で仕方がないのだろう。
最初のうちは「信じられん、詐欺だと」と仰っていたが、私がひとつひとつの疑問に対して丁寧に説明したおかげで、ようやくご理解いただけた。
最後は「すまなかったな」とも仰っていただき、無事終話することができた。
はあ、と溜息をつき、時計を見れば1時間以上経っていた。
昼休憩から戻っていたツジ君の悲惨な顔も視界に入る。
終話した私を見るなり、ツジ君が光の速さで駆け寄ってくる。
「リコさん、すみません!申訳ないです!!」
両手のひらをすりすりされ拝まれる。
「大丈夫だよ。きっとこのお客さん、誰がエスカレしていても、もう一回架けてきたと思うし。」
「でも助かりました!ありがとうございます、リコ先輩さすがです!」
ツジ君はやっと安心したのか、こそばゆい言葉と共に一礼し、自席に戻っていった。
きっと昼休憩から戻ってきて、私が終話するまで、昼食の消化不良を起こすくらい心配で見ていたのだろう。
そんなに心配してくれるなんて、良い後輩だ。
それにこの職場は、ほかの人たちも良い人ばかりだ。
…あ、でもそれは1名を除いてだった…。
南マネージャー。
どうして私には厳しく接するのですか。
私、何かしましたか。
と聞いてみたいが、それ以上に面倒くさいってのが勝る。
私が社員になり始めた頃は、こんな厳しい態度では無かったよなあ。
いつからだろう、こんなことになったのは。
憶えてない…私の記憶にはございません。
ま、いいんだけどね。南マネージャーを除いてはみんな良い人だし。
早くも一日が終わろうとしていた。
クレーム案件の内容を入力し、ルーティン作業を終える。
18:00になり、遅番のSVと交代してロッカールームへ向かう。
今日は定時で帰れるから嬉しい!
繁忙期なんて残業ばかりだからね。
さあ、今日の夕飯は何買って帰ろうかなー。
スーパーのお総菜も飽きちゃったし。
あー、おばあちゃんのから揚げ食べたいなあ、おいしかったなあ。
私は実家を離れて数年経つが、実家には大学の時に数えるくらいしか帰っていない。
実家が遠というのもあるけど、本当は両親には会いたくないのだ。
うちの両親は教師をしていることもあり、教育には厳しかった。
両親共に“世間に恥ずかしくないようにするためには、こうでなければいけない”という考えが強く、私も幼いころはそれが普通だと思っていた。
だが成長すると共に「うちの親の考え方、偏っているな」と感じるようになった。
運動、勉強、言葉遣い、姿勢や立振る舞いまで、何かにつけて厳しかった。
平日は学校のほかに、毎日塾や習い事があり、休日は復習に予習に追われた。
自分の自由時間なんて、トイレとお風呂、就寝時くらいだった。
世間でも「よくできる子」として見られていたし、親もそれが自慢そうだった。
そうなると、私はそのまま「よくできる子」を維持しなければならなくなった。
私の努力と忍耐のおかげで、世間で一流といわれる大学に合格できたし、実家を離れることもできた。
そして実家を離れたことで、初めて「自由」という解放感を味わうことが出来た。
それからというもの「自由」は私を離してはくれなかった。
みんなが必死になって就職活動をしていても、私はどこか他人事のように感じ、敷かれたレールを歩むことが、私にはできなくなっていた。
そんな考えでいたので、卒業を迎えても就職はしなかった。
勉強しかしてこなかった私は、この先どうして生きていこうか。
初めてこの先の人生を自分で選択できることに、私は喜びすら感じていた。
大学卒業後、両親からは、就職先がないなら実家に戻ってこいと言われた。
だけど私は、バイトだが働き先は見つかったと言って断った。
その働き先が今のコールセンターだった。
その時は父親にかなり怒られた。
「今までお前の教育費でいくらかけたと思っているんだ!」
「働き先がバイトなんて、大学の4年間何をしていたんだ!」
「世話になった親には恩返しをするものだろう!実家に戻らないなら勘当だ!」
と一方的に言われた。
勘当だと言われたことが私には良く解らなかった。
実家に戻ることが親孝行になるの?
何もかもが嫌になり、実家で暮らしていた18年間の高校時代までの私を知る人はすべて記憶から消すことにした。
すべてがうんざりになってしまったのだ。
今も極力、他人とは関わりたくないと思っている。
そのためプライベートで使うスマホは、連絡手段としては不要な代物になりつつある。
18年間の何もかもを消し去った私だったが、今も祖母だけは好きだ。
いつも私の味方だった。
おばあちゃん元気かな。
そうだ今日はから揚げ買って帰ろう。
そう思いながら、ローカーの扉を開く。
―サトの場合
「ただいまー」
ガラガラと木製の引き戸を開ける。
“居酒屋 いこい”
と書かれた暖簾を手で押しながら中へ入る。
「あ、サトちゃんお帰り!」
そう声を掛けてくれたのは常連客のカズさんだ。
「カズさん、いらっしゃーい」
カズさんに手を振りながらカウンターの一番奥の席に座る。
「あら、サトちゃんお帰り、今日は早かったのね」
カウンターの奥にある調理場から出てきたのは母だ。
「うん。あれ?今日はショウちゃん休み?」
そう言ってため息をつく私に
「そうなのよ、ショウちゃん今日は体調不良だって。」
と言って母もため息をつく。
そこに勢いよく、
「コールセンターも居酒屋も大変だよなあ。サトちゃん、一緒に飲もう!ミワさん、ビール開けて!俺のおごりで!」
と言ってくれるカズさん。
「あー――!カズさんありがとう!!」
一気に笑顔になる私(単純!)
「いつもごめんなさいね、カズさん」
母はそう言って冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、栓を開ける。
「カンパーイ!!」
母とカズさんと3人でグラスを合わせる。
グビグビ・・・
あー――うまい!!
ぎゅっと目をつぶり、ぷはあ~と一気飲みをした。
「ははっ!サトちゃんは今日もいい飲みっぷりだなあ!見ていて気持ちがいいよ。」
カズさんはそう言って、自分が食べている枝豆の器を私のほうに寄せてくれた。
「カズさん、ありがと」
枝豆をひと房ガブリ。
仕事がしんどくてもこうして迎えてくれる環境がありがたい。
この店は父が開いたのだが、今は父が入院中のため、
母と、最近雇い始めたバイトの“ショウちゃん”とで店を廻している。
常連客のカズさんは父の古くからの友人だ。
“居酒屋いこい”は他にも常連さんが多くいるおかげで、毎晩賑やかだ。
「サトちゃん、ご飯は?」
母の問いかけに
「食べる食べる、おなかすいた!!」
おなかをさすりながら答える私。
「じゃあ、お昼の定食で残った、から揚げでいい?」
「食べるー!!」
飲食店の娘なので、まかないのような夕飯が毎日だ。
「じゃ、待っててね。カズさんもいかが?サービスでお出しするわよ。」
母の言葉に
「もちろんいただきます!」
カズさんも待ってましたとばかりに答えた。
私はサト。
両親と3人暮らしだ。
今はコールセンターで働いている。
半月前から働いている、バイトのショウちゃんが出勤しない夜は、店の手伝いもしている。
少しでも店の手伝いができるよう、時間の融通が利くコールセンターで働いているのに、現実は毎日忙しい。
ま、コールセンターはお給料もそこそこあるし、ありがたいんだけどね
「はい、から揚げ!お待ちどうさま!」
揚げたてのから揚げが運ばれてくる。
(私はレモンを絞る派なので・・どうでもいいか)レモンを上からぎゅっと絞ると、
から揚げがジュッと音を立てる。
最高だー!これ以上の最高があるのかっ!!
「いただきます!」
がぶっと一口でいきたいのに熱さがそれを許してくれない。
もどかしい!!
でもでも美味しい!!!!
「あー、さいほうれす(最高です)」
そんな私をみたカズさんは
「やけどするぞ・・・」
とド正論な注意をしてくれた。
わかっていますよ、そこでビールですよ。
勢いよくビールを流し込む。
カズさんも母もそんな私をみて笑う。
「あ、ミワさん、洗い物置いといて、食べたら私がするから。」
私は洗い物を始めようとした母に声を掛ける
私は母のことを名前である“ミワさん”と呼ぶ。
常連さんたちが、“ミワさん”と呼ぶから、私も自然にそうなってしまった。
母は何も言わないので、そう呼ぶことに悪く思ってはいないのだろう。
「ありがとね、でもサトちゃんも疲れてるんだから、ゆっくり食べてー。」
母が蛇口から勢いよく出た水の音を響かせながら言う。
母は優しい。
いつも私を優先に考えてくれる。
母もしんどいはずなのにさ。
ガラッと引き戸が開く。
「こんばんわー!!!」
常連のリュウさんとヒロさんだ。
「いらっしゃーい!」
母と私の声が重なる。
やっぱり今日も賑やか夜になりそうだ。
『おきろ!おきろ!おきろ!』大音量のアラーム音が鳴り響く。
うああああああ!!!
うるさい!こんなアラーム音にしたのは私だけど、殺意が沸くわ!!
起床はいつも7時。
私は昨晩、結構飲んでしまった…反省。
我が家は、店舗の2階が住まいになっている。
広くはないが、一人部屋をもらっているのはありがたい。
ベッドから出て窓のカーテンを開ける。
東向きの自室は思いっきり朝日が入る。
あーまぶしい!!いい天気だ。
自室のふすまを開くとすぐキッチンがある。
焼き魚の良い香りが漂っている。
「ミワさん、おはよー。」
私より遅く寝たはずのミワさんは、すでに朝食を作り終えていた。
「サトちゃん、おはよう。大丈夫?」
「うん、なんとかね。起きられたから問題なし!」
「はい、お味噌汁飲んだら復活するわよ。」
ミワさんがホカホカのシジミの味噌汁を出してくれる。
私はミワさんと自分のご飯を、食卓テーブルにある炊飯器から茶碗によそう。
ご飯に日替わりのお味噌汁、卵焼きか、焼き魚。これが我が家の定番の朝食だ。
ミワさんが席に着いたところで、
「いただきます」
手を合わせて朝食を食べ始める。
「あ、シジミの味噌汁美味しい。染みる。」
朝のお味噌汁はなんでこんなに美味しいんだろう。
「サトちゃん、昨日は飲みすぎよ。リュウさんのペースにつられて飲んじゃダメ!」
ミワさんが半ばあきれ顔で言う。
「はいはい、毎度のことながら反省しております。」
ご飯をほおばり味噌汁を一口含む。
この会話を何度しているだろう。飲みすぎに反省しろよな、私。
「今日は大将のところに行くの?」と尋ねる私に、
ミワさんがお茶を一口飲んで
「そうね、今日は検査の結果が出るから。」と答える。
“大将”とは父のことだ。
こちらも常連さんたちが、“大将”と呼ぶから、私も自然にそうなってしまった。
父もこの呼び名を嫌がっていない。(むしろ喜んでいる様子)
少し言ったけど、父は今、入院をしている。
元々体が弱かったらしいが、過労でついに入院してしまった。
でもお見舞いに行くといつも笑顔で迎えてくれる。
それがなにより救われる。
朝食を食べ終え、顔を洗い身支度を始める。
身支度を終えたら再びキッチンに行き、食べ終えた食器を洗う。
「お弁当くらい作るから持っていけばいいのに。」
週に一度はミワさんが言うセリフだ。
「いいよ。昼はチャチャっと済ませちゃうから、お弁当なんてもったいないよ。」
と週に一度は返す、私のセリフ。
ありがたいけどこれ以上、ミワさんには負担はかけられないよ。
食器を洗い終えて壁掛け時計を見ると8時を指している。
出勤する時間だ。
キッチンから階段で下に降りる。
毎朝ミワさんは下まで見送ってくれる。
玄関が店舗の裏側にあるが、駅に向かうには面倒なので、店舗の引き戸から出る。
「じゃ、ミワさん、行ってきます!大将によろしくね!」
「はいはい、いってらっしゃい!」
ミワさんはそう言って私の両肩をポンポンと軽く叩いてくれる。
私の安心出来るおまじないだ。
最寄駅から電車に揺られ20分。
駅から歩いて5分程度のところに職場はある。近くて助かる。
職場は高層ビルの5階に有り、朝の廊下はたくさんの人が行き交う。
さあ、今日も頑張ろう。
そう思いながら、ローカーの扉を開く。
―ツジ カケルの場合
ある日、リコさんに呼ばれた俺。
「この分析じゃ、応答率を達成出来なかった理由付けにはならないよ、クライアントも納得しないよ?」
「あ、そうですよね。すみません…も一回出直します。」
「今日中に仕上げてね、今週には報告書を完成させたいから。」
「了解しました。」
ふう、報告書についてのお叱りを受けた。
リコさんには毎日、何かしらの迷惑をかけてばかりだ。
それなのに俺は同じ失敗をし、何度も注意されている。
リコ先輩は、頭の回転が速いし、先を見る能力に優れている。
俺とリコ先輩は、そもそもの頭の構造がもう違うんだと思う。
俺、ツジ カケル。
23歳。
出世コース…には程遠い毎日を過ごしている。
今いる会社は最初、派遣のオペレーターとして入ったのだが、1か月前、契約社員に登用された。
契約社員に登用されてからは通販受発注の部署に異動し、俺はオペレーターからSVになった。
先輩は数名いるけど、俺の教育係は正社員であるリコ先輩だ。
SVになって、リコ先輩からクライアントに毎月提出する報告書の一部である、“応答率の分析”を任されるようになった。
日々の応答率で数字の目標達成ができなかった原因の分析だ。
分析ってそもそもなんだ?
バカすぎるな、俺。
はあ、昼飯食って気合いれるか。
ビルの10階が共有の休憩スペースになっており、昼は毎日カップラーメンかプロテインバーを食べるのが日課になっている。
今日も窓際の定位置で昼メシを取る。
ちなみに退勤後は、この席でコーヒーを飲んで一息ついて帰るのがルーティンになっている。
複数の企業が入居しているオフィスビルのため、行き交う会話は様々だ。
俺は基本一人メシが好きなので、イヤホンをしてスマホで好きな音楽や動画を鑑賞しつつ食べている。
窓からはこの町の景色が良く見える。
複数のオフィスビルがある町だが、ガチガチのオフィス街ということも無く、マンションや戸建住宅も混在している。
そういえば俺が異動したての頃、リコさんの住んでいるマンションは、この窓から見える場所だって教えてくれたな。
どこだっけ…。
あ、あった。
グリーンの壁面で良く目立つマンションだ。
すぐ見つけることができた。
ビルからは恐らく徒歩5分くらいだろうか。
だから終電も気にせず仕事ができる、って聞いたときは、え!そんな時間まで残業するのか???
と内心驚いたのを覚えている。
まあ、実際はそんなことめったにないけどね。
俺は高校卒業後に家を出た。
家を出た後しばらくの間は、高校からしていたバイトを続けて生活をしていたが、20歳の時に派遣会社に登録をした。
登録時に面接をした担当者と、大好きなサッカーの話で盛り上がったからだろうか、すぐに仕事を紹介してくれた。
それが今のコールセンターだ。
コールセンターは時給が高いので、生活はずいぶん楽になった。
俺は母子家庭で育ち、父親の顔は知らない。
俺が小学生の頃、母はパートからフルタイムの仕事に転職し、家を空ける時間が増えた。
母の仕事は朝が早く、夜も終電近い時間まで働いていた。
なので、土曜の朝に母の顔を見て、日曜の夜に見納めして、平日はほぼ見ない環境で育った。
だが俺はというと、寂しく過ごしていたわけではなかった。
明るくて礼儀正しくしていれば、母子家庭ということもあり、親切にしてくれる大人たちはたくさん居た。
この経験からコミュニケーションスキルが高いと自負している俺にとって、コールセンターは天職だった。
その天職も、契約社員になってからは上手くいかないことが多い。
リーダーシップが問われるし、俺は向いてないのかなって本気で悩んでいた。
そんな日々を送る中で、偶然にも俺のコミュニケーションスキルを最大限発揮できるバイト先を見つけた。
毎日では無いが、コールセンターで働いた後や休日に働いている。
正直、バイトの方が楽しいと思うこともある。
さ、話はこれくらいにして、昼メシも終わったし、ブースに戻るか。
―リコの場合②
「あっ!!」
ブースでふいに大きな声で言ってしまった。
周りの目が私に集中する。
「ごめん、ごめん、何もないです。」というようなジェスチャーをし、周囲に謝る。
まずい。家賃の振込みを忘れていた。
トイレに行き、ポケットからスマホを取出し、ネット経由で振込みをする。
便利な世の中なのは助かるが、ついつい忘れてしまう。
そしてふと思い出す。
今日もサトは頑張ってるかな…。
はあ、ため息をつき、ブースへ戻る。
サトとは、突然知り合った仲だ。
私が正社員になって1か月経った頃なので、2か月ほど前になるだろうか、ロッカールームで知り合った。
サトは同じ職場でオペレーターをしているらしい。
同じ職場といっても、たくさんの人が働いているので面識はなかった。
同年代が少ない職場環境で、同じ25歳ということで意気投合した。
サトは優しい両親のもとで育ち、性格も穏やかで優しい。
この頃の私はといえば、正社員の仕事には少し慣れてきた頃だった。
だが近々登用される予定である、契約社員の教育係に決まったこともあって、内心ピリピリしていた。
サトとはロッカールームで色々とお互いのことを話した。
私とサトは全く真逆な環境で育ち、性格も正反対だが、話をしているとなんだか落ち着いた。
それから毎日のように、サトとロッカールームで話すようになった。
―サトの場合②
少し前までは家と職場の往復ばかりで、張合いもなく、向上心も落ちていた。
お給料はいいけど残業も多いし、コールセンターはもう辞めようかな、そう思い始めていた頃だった。
ロッカールームでリコに出会った。
リコはバイトで入社したのに、わずか3年で正社員になったと言っていた。
リコはとても大変だと言っていたけど、私はまぶしく見えた。
私は正社員なんて到底勤まるはずはないが、同年齢で頑張っているリコの話を聞くと、もう少し続けてみようかと、辞めることを踏みとどまることができた。
今思えば、あの時リコに出会ったのは運命かな。
お金を稼ぐのは大変だけど、今はこういう経験は必要なんだと思えるのはリコのおかげだ。
そして最近のリコは忙しそうだ。
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