ばーちゃるないけん
華川とうふ
AIと内見
「バーチャルナイケンニヨウコソ。
失礼しました。もう少し人間っぽくしますね。
あらためまして、バーチャル内見にようこそ~!」
今どきの内見というのはインターネットでできるものらしい。
少し前にとあるウイルスが流行したことにより、ずいぶんと進歩したらしい。
それまでは、関心を持った人間が直接店舗に赴き、説明を受けたり実際のものを見るという方法が普通だった。
ウイルスが流行したことにより、実際に人が案内するのではなく、AIによって好みにあった抽出やマッチングが行われるようになった。
「お客様のご希望の条件を確認させていただきますね。事前に登録いただいているのでしつこいと思われてしまうかもしれませんが……」
画面の向こうから、青い髪の美少女のキャラクターが申し訳なさそうな表情でこちらを見つめる。
もちろん、そのプログラムによって作られた表情はこちらの心を動かすには十分な庇護欲をそそるものが作られていた。
しかたないので、確認への同意のボタンを押下する。
どうせ、この同意ボタンを選択しなくても、AIと会話している間にこちらの条件の確認を織り交ぜながら会話をすることになるの時間がかかることになるからだ。
「確認への同意ありがとうございます。では、確認させていただきますね!
まず、条件は……ほうほう、日当たりの良い部屋で昼寝をしたいですって。いいですね。オプションで近所の猫ちゃんが遊びにくるなんてこともできますよ」
AIはとてもこちらに興味を持っているように瞳を輝かせる。
まるで、一人の魅力的な少女がこちらのために一生懸命になってくれているみたいな気分になる。
「それから、それから。銭湯と図書館へのアクセスですね。どちらかというと、最先端というよりもレトロな雰囲気の街がいい……ふむふむ。赤い手ぬぐいとかもご契約が成立した場合にはプレゼントしましょうかね」
AIは真剣な表情で考え込む。
答えなんてとっくにでているくせに。
こちらが出した条件から最も適切なものをすでに回答を送った時点で抽出しているはずなのだ。
必ず気に入る条件をAIはすでに用意しているのだ。
だけれど、あえて一緒に考えて決めるという形をとる。
昔ながらの方法を重視している。
まあ、契約って法律の話だが、最終的に行き違いやら問題が起きたときに法律に則って解決するよりも、人間同士の約束という心の面を重視した方が物事はスムーズにいくのだ。
仕方がないので、俺はAIに合わせて会話を進める。
下手に逆らうと、時間がかかるというのが今までの人生で得てきた知見だ。
敷かれたレールに乗れる時は乗るのは大切だ。
そして、しばらくAIとの会話を続けたあと、AIは元気いっぱいの笑顔でこちらに言った。
「見つかりました。ぴったりな物件が。日当たり良好、銭湯へのアクセスよし。図書館へのアクセスは微妙ですが、複数の古書店へにアクセスできるルートがあります。お風呂も広いし、近くに食事ができる店もありますよ~。初めての暮らしに必要なものはなんでもそろっていますし、とても過ごしやすいと思います。私が住みたいくらい!」
AIはそんな営業トークをしてくる。
営業トークなんて本当は不要だ。
もうとっくに、心は決めているのだから。
「契約なさいますか?」
それでも、AIは複数回確認を取ってくる。
あとでトラブルになったら困るのだから当然だろう。
「これが、最後の確認ですが、契約なさいますか?」
その質問に対して、俺はふと疑問を口にした。
ちょっとだけ、気になったのだ。
敷かれたレールから外れるなんて、この先なくなるのだから、たまには脱線するとどうなるか試してみたくなったのだ。
「君だったら、本気でここに住みたいと思う?」
スクリーンに映った美少女の瞳が左右に揺れる。
想定外の質問をされたせいなのか、はたまた人間らしく見せるための設定なのか。または軽度のバグなのかは不明だ。
ほんの一瞬の時間が恐ろしく長く感じた。
「住みたくないですね。わざわざ、現実世界に肉体があるのに、それを捨てて仮想空間に住もうなんて馬鹿げていると思います。あくまで
アシスタントAIの解答を聞きながら、俺は静かに通信を切った。
俺が切った通信が、現実世界のものなのか、仮想世界のものなのか、それが分かるのはきっとAIだけだろう。
バーチャル内見は終了した。
ばーちゃるないけん 華川とうふ @hayakawa5
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