1818
月岡夜宵
告白
河村
「待ってろよ。必ず、僕がお前を守る!」
震える手足とは反対に固い固い決意だった。
●
颯にとって瑠璃子とは姉のような妹のような存在だった。
生まれた病院から一緒の付き合い。世にいう腐れ縁でなんとなくそばにいるのが当たり前だった。これからもずっとそんな付かず離れずの距離感を保つんだろうな、と勝手に思っていた。
――それを耳にするまでは。
家も近くだから幼少期などはいつも遊んでいた。どちらかが片方の家に押しかけて相手を待つのは当たり前で。たまにルートの違いで行き違うこともあり、ひどいと2往復しても会えなかった笑い話もある。さすがに最後は親の携帯で通話しながらなんとか向かった。感動の再会は行方不明になってしまった兄妹と再会を果たしたかのようで。僕らは涙で目が溶けるんじゃないかってぐらい号泣したらしい。ちなみにそのときの写真もアルバムに残っている。
『瑠璃子、……あいつ、気に入んねぇな』
『え? ああ、まあ。そうだよね
『裏切りやがって、チッ』
『ちょっとおどかしてやろーぜ』
『ええー、何するの?』
『へへ、これでイイコト、をな』
教室の隅でたまたま忘れ物を取っていた僕は愕然とした。廊下から聞こえる声が信じられなかった。
必死に颯は頭を回転させた。
彼女が傷つけられて慰める役割に僕は収まるのか?
――そんなの冗談じゃないッ。
だって瑠璃子は、――……僕の。
高校ではクラス委員長に抜擢されるほど人柄は明るく社交的な人気者。少しどじなところがまた愛嬌を誘って周囲になんだかんだとサポートされ場が結局うまくいく。そういう子だ。
僕にとっても大事な、姉のような妹みたいな存在。
そんな彼女が、不良男子によってお手つきされて望まぬ不幸な結末をたどるなんてもうそんなおかしな状況を永遠とも思える中思考の海に漂って何度も何度もシミュレーションしてしまいぐるぐるぐるぐるぐるぐると巡らした、末に。
お人好しな彼女が騙される前にきちんとした関係を結んでおこう、と。
「つまみ食いなんて絶対許さない! 瑠璃子ぉ、待ってろ!!」
こうして使命感に駆られた颯はかけだした。
●
そして今に至る。
開口一番、颯は叫んだ。
「僕と結婚してください!」
それは通りすがりの生徒の視線が集中する公開告白となった。
●
「なんだあこの茶番はぁ? ゲロ甘過ぎて反吐が出る」
颯の告白、そこへやってきて露骨に顔をしかめてみせたのは――多摩だった。
多摩虎太郎、颯が今一番警戒する要注意人物。
「あ、多摩く」
駆けだそうとする瑠璃子を颯は見逃さなかった。
「待て瑠璃子!」と瑠璃子を制する。
「え、ちょ、……颯、邪魔だよ?」
「だめだ。やつには近づけさせない!!」
瑠璃子を羽交い締めにして止める颯。
「なんだてめぇ」と多摩の視線が颯に向かった。
颯の様子をみると多摩の態度が急変する。
「っ、まさかおまえの仕業か。
多摩は、なぜかチョークの粉がついた制服姿、水浸しになった体操服が入った袋と、泥がついた上履きを持っていた。
「クソが。こんな陰湿なマネしてただで済むと思うなよ」
走り出す多摩。振りかざした拳が颯の頬にダイレクトヒット。綺麗に決まった拳によろめき倒れる颯。
「ふざけんなよ! こっちは、ああもう、色々あってイライラしてんのに。こんなことで手間取りやがって。覚悟はできてんだろーな、……おい?」
「……それはこっちの台詞だ」
「はあ?」
よろめきながら立ち上がる颯。
この場を去ろうとしていた多摩が振り返った時。
「このゲスがああああ!! 瑠璃子と不埒なことなんて絶対にさせないッ!!」
「えちょ待……ほんとなんのことだよ!?」
「……ぶふ!?」
なぜか本気で慌てる多摩につかみかかる颯。その狼狽ぶりを笑う島も信じられないが、なにかおかしいと感じたのは――瑠璃子だった。
「あの、颯、ひとまず話を」
「そうだった! 瑠璃子、僕と結婚してくれるよね! ね?」
「え……えっー、それ本気なの!?」
「僕と正式にお付き合いしてください、今すぐにっ」
場を取りなそうとした瑠璃子だったが赤面して今度は彼女が困惑してしまう。その間も颯は真剣なまなざしで瑠璃子をみつめている……多摩につかみかかりながら。
「あ、ええと? まずは親身に、っていうかこの話はあとで」
「それはさせない! お友達からってお断りだろうけど、だとしても僕は何度だって諦めないぞ!」
「いや結婚はまだ……親の許可とかも」
「これは僕ら同士の問題だ。親の反対なんて関係ない。瑠璃子の意思を聞きたい。両親のことなら押し切って駆け落ちだってしてみせるから!」
「えーとじゃあ、まずは恋人からとか?」
「それじゃだめなんだ!!」
「えっええー!? なんで? どうしてそこにこだわるの、わけわかんないよ」
瑠璃子は頭を抱えるしかない。そんな彼女にお願いと必死に言いつのる颯。この頃になると多摩は完全に蚊帳の外であった。
周囲はただ颯の熱気に押されていた。
そして真相が語られる。
「瑠璃子をこの男から守るには君を既婚者にするしかない、つまりスピード婚しかないんだよ!!」
「「「は?」」」
「絶対に僕は瑠璃子と結婚するんだああああ!!!!」
●
「その場面にはわたしも居たんだけどな」
「へ?」
「なおいうと虎太郎のいう仕打ちって猫の
「飼い猫? え、学校に、猫?」
「こらばか、話すなよ!! 秘密にしろって言ったよな」
「え、ほんと、なの……?」
そうですよ、と島がちょいちょいと何かを持って手を振る。するとタイミング良く、にゃーんなんて鳴き声が。
「なゃあ!」
「猫の餌だ……え、これもしかして……僕の勘違い?」
●
「えと言い方はあれでしたが、つまりこういうことです」
「わあ、かわいいー!!」
「やっぱり似合うな。ねーちゃんに用意してもらったかいがあったぜ」
へへと鼻の頭をかく多摩。彼が用意したのは――。
「にゃああー」
猫ちゃん用の雨具であった。
「こいつを着せてみたかったんだよな」
「虎太郎くん顔と態度は悪いけど悪い人ではないんです」
「うるせえぞ千一!!」
「ご、ごめん、みんな! あらぬ疑いをかけて……ほんと」
鼻水が垂れるほど颯はわびた。
「おまえら、いい加減授業を始めるぞー」
「「「あ、はい」」」
●
放課後の階段脇。
「早とちりだったわけど、颯は本気?」
「へ? なんのこと?」
「もお、ほんーとに鈍感なんだからぁ。全然アプローチに気づかないんだもん。いくら私でもそう易々とOKはしないぞ」とデコピン。
「なんの話だよ」
「あなたのことがずっとすきだったっていう話」
「ということはつまり……両思いってこと?」
「そう」
じつは誤解がとんでもないスピードで脳内を駆け巡り進行した大団円であった。
「へ?」
颯の脳内でお花が咲く。そのとき二階からバケツが落ちて、颯の体はついに倒れた。
「颯ー!!」
彼女の声が遠くなる颯の寝顔は、たいそう幸せなものであった。
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