バッファローの夢は吉夢か凶夢か?

伊勢

 

夢を見ていた。


それはいわゆる明晰夢というもので、自分は『千と千尋の神隠し』に出てくるカオナシたちに囲まれながら、最寄り駅から会社に向かって歩いていた。


「何も夢のなかまで通勤しなくてもいいのに」


カオナシたちに揉まれながら自分は思った。カオナシたちの身体はしっとりと湿っていて生臭く、妙に生物感が強調されていて不快だった。アニメから出てきた存在ならば、もっと二次元的で無機物的であれよと心のなかで八つ当たりした。


間もなく会社に到着する。先週やり残した仕事がいくつかある。面倒だ。やりたくない。いっそこのままカオナシたち一行についていって、会社なんてサボってしまおうか。そんなことを思っていると、地面から小刻みに振動が伝わってきた。


地震か?


自分は身構えた。でも何か様子が変だ。なんというか、遠くから音とともに振動が近づいてきている気がする。たとえるなら趣味の悪い大型の改造車が、通りの向こうから走ってきているかのような。おそらく地震ではない。けれど嫌な予感がした。


「ちょっとごめんよ」


カオナシたちに断りを入れ集団の列から離れる。カオナシたちはこちらにも振動にも興味がないようで、そのままゆっくりと通勤経路を滑るように歩いてゆく。


自分は振動の原因を確かめたくて、高いところに昇ってみようと考えた。ちょうどいいところに商業ビルの非常階段がある。そこから少し遠くを眺めてみることにした。そうこう考えている合間にも地響きはどんどん大きくなっていく。一階ぶんの階段を足早に昇りきったとき、地響きに混じって、背後で何かが何かにぶつかる鈍い音がした。まるで交通事故のようなすさまじい衝突音。それから「ぴぎゃっ」という生物的な声が聞こえた。どちらの音声も一度だけではなく、断続的に発生していた。自分は「なんだ?」と恐る恐る振り返ってみる。


戦場のような光景だった。


先ほどまで自分が紛れ込んでいたカオナシの一行が、次から次に何かにぶつかり、宙へと高く舞い上げられていた。砂埃のなか、カオナシたちが「ぴぎゃっ」「ぴぎゃっ」と鳴いている。恐怖に怯えながらも「カオナシの鳴き声ってこうなんだ」と場違いな考えが浮かんだのは、これが夢だからなのか。自分はカオナシに勢いよく接触するそれの正体を観ようと、自分は目を凝らした。


バッファローの群れだった。それも、何百という規模の。


バッファローの群れが、カオナシを含めた道中のありとあらゆるものを破壊しながら、突き進んでいく。自分の勤める会社もバッファローにぶつかり、一階の受付が壊れ、建物が大きくぐらついた。「うわあ」「どうしよう」「みんな大丈夫かな」「これで会社に行かなくてよくなった」というプラスとマイナスの気持ちが綯い交ぜになって、自分の思考を埋め尽くしていく。


ふと、バッファローの一匹と目が合った。


そのバッファローはこちらを認識するやいなや、身体の向きを変えた。こちらに突進してくるつもりである。


「ああ、これは死ぬな」――そう確信したところで目が覚めた。


ぼーっとした頭で、スマホを見る。数分前に震度2の地震が来ていたようだった。バッファローの地響きが夢で再現されたのは、これが原因かもしれないなあとぼんやり思った。それから二度寝をするために、自分はもう一度目をつむった。次に起きた時には、バッファローの夢のことはすっかり忘れてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バッファローの夢は吉夢か凶夢か? 伊勢 @sakura_ise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ