第十話 闘技大会

 いよいよ闘技大会当日。いやー、間に合ってよかったよ。


「おう、なんか大変だったらしいな?」

「……え?」

「ん?急な頼まれごとであちこち走り回ってたって聞いたぞ」

「あぁ、そうなんですよ。大会に間に合ってよかったです」


 そういうことになってたらしい。まぁ、急にバックレたらいろいろ怪しまれちゃいそうだしね。おばちゃん辺りがいい感じの言い訳を考えてくれたんだろうね。


「俺たちはこの辺りで待機だな」

「了解です」


 俺たち用務員は舞台の近くで待機して、試合の合間に舞台の補修をしたり舞台上の清掃なんかをすることになっている。つまりかぶりつきで見れるわけだな。たまに魔法が飛んできたりするからそこは注意が必要らしいけど。





 闘技大会を前に観客席は超満員。観客たちも今や遅しと開会を楽しみにしてる。ここで花火とか打ち上げたらよりそれっぽくなるのにな。いや、馴染みのない音だと騒ぎになるかな?


『それでは陛下、開会の宣言をお願いいたします』


 闘技大会は国王の開会宣言から始まる。そういや名前なんてったっけ?


「おぉ、あれが国王陛下なんだ」

「ん?お前見るの初めてか?」

「そうですね。めっちゃイケメンですね」

「学生の頃からめちゃくちゃモテてたぞ。成績もトップだったしな」

「へぇ~」


『――各々が持ちうる力を発揮することを期待している』


 【拡声】の魔道具で会場全体に向かって話すハーテリア王国国王クルト・ソル・ハーテリアは黒目黒髪のイケメンだった。黒目黒髪って珍しいな。まぁ、まったく見ないわけじゃないけど。黒目黒髪は前世では馴染み深かったけど、西洋顔だからなんか不思議な感じがするんだよなぁ。

 それにしても若いなぁ。たしかまだ十代だっけ?挨拶はシンプルだったけど、抑揚の付け方が巧みなのか引き込まれるものがあった。これがカリスマか?アルト君をはじめ出場者たちも一層気合が入ったようだね。


 ……それにしても警備の兵士が多いな。観客席にもズラーッと並んで物々しい雰囲気。まぁ、国王がいるからこれくらいが普通なのかね。


 そんな感じで周囲を見回していると知った顔が視界の中に入ってきた。


「あれ?カイルさんだ」

「ん?あぁ、近衛騎士のカイル様か」

「カイルさん、近衛だったんだ」

「知らねぇのか?あの世代では最強と言われてる方だぞ。いずれは隣にいるノリス・ドーソン様を超えるとまで言われてるくらいだ」

「はぇ~」


 国王の斜め後ろにベルガルドさんちのカイルさんが控えていた。強いとは聞いてたけどそこまでとは思わなかったわ。で、ノリスさんは前回の武闘祭の優勝者なんだって。前回というとフェンフィール氏とネビル氏が対戦したときか。

 でもそんなに強いってことはあの二人、原作にも出てたのかな?ハーテリアとの最終決戦ってなんかバタバタしててあんまり印象に残ってないんだよね。国王はいつの間にか息子に殺されてたしさ。あれって結局何だったんだろうね。




 アルト君は初戦は三年の斧使いに、準々決勝は四年の双剣使いに勝って無事に準決勝に進出した。初戦の斧使い君は結構強かったけど、相手が悪かったね。

 そんな感じで初日の試合はすべて終わって今は舞台の補修と清掃中。


「やっぱお前んとこのぼっちゃまと四年のアイリス・ドーソン様の二強だな」

「アイリス様のお父さんってもしかして?」

「あぁ。ノリス様だな」

「やっぱり。でもこう言ったら失礼ですけど似てませんね」

「たしかにな。だが、父親譲りの武芸好きだそうでな。自分に勝った男に嫁ぐと言ってるらしいぞ」

「はぁ~、ずいぶん思い切りのいい人ですねぇ」


 試合を一通り見た感じ、アルト君とアイリス嬢が頭一つ抜けてて、その次がアルト君が初戦で戦った斧使い君かなという印象。今のところ舞台を損傷させたのは斧使い君だけだからね。

 ちなみにアイリス嬢が例の連覇中の子。立派なガタイのお父さんと違ってスラリとした美人さんで、負けたらその相手に嫁ぐって宣言してるんだって。……相手に婚約者がいたらどうするんだろうね?

 ていうか、決勝でアルト君が勝てばいずれ辺境伯家に来るわけか。まぁ、アルト君は婚約者がいないし……。あれ?もしかしてアルト君に婚約者がいないのってそういうこと?少し前にアルト君に聞いたらはぐらかされたもんな。しかも入学してから前以上に訓練に力が入るようになった。ってことは……。おやおやぁ?これは盛り上がってきましたねぇ!




 二日目の試合も順調に進んで、いよいよ決勝戦。アルト君は準決勝の剣士との戦いにも危なげなく勝利し決勝に進んでいる。


『いよいよ、これが闘技大会最後の戦いです!』

『まさか一年生がこの場に立つとはだれが想像したでしょう。アルト・オブレイン!』

『対するは言わずと知れた学園最強、アイリス・ドーソン!』

『アルト・オブレインは見事アイリス嬢を娶ることができるのかっ!!!』


「ちょっ!?」

「む……。私では不満か?」

「えっ、いや、そういうわけでは。むしろその……」


 魔法科は四年の男子が他を圧倒して優勝。そしてこれが闘技大会最後の試合。なんだけど、なんだか会場全体の視線が優しいというか暖かいというかニヨニヨしてるというか……。やっぱそういうことだよね?いやぁ、いいですねぇ!


『両者、準備はいいか?』

「「はい!」」

『はじめっ!』


 ここまで勝ち上がった二人の攻防は圧巻で、互いに自分の得意な距離に持ち込むために牽制しつつ、ちょいちょい鋭い攻撃を挟んでる。武芸に疎い俺には分かんない駆け引きがたくさんあるんだろうね。

 その後はリーチで勝るアイリス嬢有利の展開が続いたけど、ダメージ覚悟で距離を詰めたアルト君に押されたアイリス嬢が下がったところに飛ぶ斬撃が襲いかかって勝負あり。最後はかなり強引にいったけど、あのままだとジリ貧だったからいい判断だったと思うよ。ああいう戦い方ができるようになったのはネビル氏との鍛錬の成果だね。ああ見えて意外と良い指導者なのかもしれない。ちょいちょい物を壊してるけど。


『勝負あり!優勝はアルト・オブレインだあああぁぁぁ!!』


「アルト、腕を上げたな」

「アイリスさんに勝ちたかったので!」

「……約束通り娶ってもらうからな?」

「はいっ!」


『そしてこの瞬間、学園最強カップルが誕生したあああぁぁぁぁ!!!』

「「「わああああぁぁぁぁぁ!!!」」」


 大歓声で二人を祝福する観客たち。辺境伯たちもニッコニコで拍手を送ってるね。ノリスさんも泣きながら拍手してる。あーあー、アルト君、顔が真っ赤じゃん。いいですねぇ!




 すべての試合が終わって今は閉会式の最中。中央の舞台で国王が挨拶をしている。舞台上には二日目に戦った八人の姿もある。この後は彼らを表彰して観客たちは解散。出場者たちも身支度を整えて帰宅かな。

 俺たちはここの撤収作業をしなくちゃね。壁の再設置もしないといけないし。来週の入学試験に間に合わせないと。


『優勝した二人はもちろん、他の出場者たちも見事な戦いだった。――また、若い二人の門出を見れたことも嬉しく思う』


 国王の言葉に再び会場が盛り上がる。この国王分かってるな。アイリス嬢は堂々としたものだけど、アルト君はまた顔が真っ赤っか。いいですねぇ!


『二人の結婚式には私――』

『暢気なものですねぇ……』


「「「――ッ!?」」」


 アルト君たちをからかう国王の言葉に割って入ったのは、学園長とその子分たち。二十人くらいかな?ご丁寧に完全武装で分かりやすいこと。おっと、警備の連中もそっち側か。どうりで数が多いわけだよ。

 てかさぁ。こっから照れるアルト君を見てみんなでニヨニヨするところなの。なのになにそのアルト君夫婦に剣突き付けてんの?空気読めよ、水差し野郎。


『――あぁ、皆さん動かないように。陛下や生徒たちの身の安全が保障できなくなりますので』

『……どういうつもりだ?』

『陛下に我らのを聞き届けていただこうと思いましてね』

『……私や生徒に武器を突き付けてか?』

『陛下が我らの話に聞く耳を持ってくださらないのが悪いのですよ』


 学園長水差し野郎の言い分としては、この学園の伝統は優秀な貴族が作り上げてきた!平民の受け入れなど罷り成らん!みたいな感じ。まぁ、平民を受け入れてるアルテリア王立学園に完全に負けてるんだけどね。えーっと、優秀な貴族がなんだって?


「ウォルスさん、あいつらまだあんなこと言ってますよ」

「まったく……。傍迷惑なやつらだ」

「おい、うるさいぞ。平民」

「「へぇへぇ」」


 あぁ、イヤミー君もそっちなんだ。まぁ、そりゃそうか。




 と言うか、国王と学園長の話はまだ終わらないのかね?いい加減飽きてきたんだけど。


『ここで私を殺したところで先はないぞ』

『フッ……、心配は無用です。陛下もご存じでしょう?ミルティアとアルミラが動いていることを』


 あっ……。なんかごめんね?てかこいつ知らなかったのか。


『まさか予定通り闘技大会を開催するとは思いませんでしたがね。危機感がないのではありませんか?』

『……』

『両国が動けばこの国がどうなるか。聡明な陛下ならばおわかりでしょう?』

『……国を売ったか』

『まさか!彼らが望むのは我がハーテリアが教国に友好的であり続けること。陛下が考えを正せばそれ以上は望まぬとグラディオル殿が約束してくれましたよ』


 ……これもあいつが絡んでんのかよ。めんどくせえな。公国ちゃんと捕まえてくれるんだろうな。なんか心配になってきたわ。まだオークとキャッキャしてるみたいだし。

 てか、もう学園長水差し野郎の計画潰れてるんだから、誰かさっさとあいつらなんとかしろ。この後撤収作業があるんだから。


 いや、俺はやらないよ?身内枠の人たちだけならいけるけど、この数を犠牲なしで制圧する自信はない。あとあと絶対にめんどくさいことになるし。ということで、やってくれそうな人は、っと。

 おばちゃんとネビル氏は生徒を人質に取られてるから無理っぽい。カイルさんたちも国王が人質に取られてるから無理。辺境伯は……。


[[[マイン!]]]

[[[あいつらお嬢泣かした!]]]

「……あ゛?」

[[[ゆるさん!]]]

[[[ぶっ殺す!!]]]


 うちのセイラが泣いてるんですけど?トール君も泣いてるし、セイラを抱き締めてくれてるリエラ嬢もかなり怖がってる。

 ……マイン君、やっちゃっていいかな?大丈夫?むしろさっさとやれ?よっしゃ任せろ。ぶっ潰す。


「……伝言頼める?」

[[伝言かよー!]]

[[暴れたい!]]

[[[あいつらぶっ殺す!!]]]

「あとで出番あげるから」

[[[約束だからな!]]]


 君たち『精霊』がハッスルするといつぞやみたいなことになりそうだからね。大人しくしててください。とりあえずセイラに知らせれば辺境伯たちにも伝わるし、ネビル氏やカイルさんもなんかいい感じに動いてくれるでしょ。

 他の観客たちは知らん。自分で何とかしろ。


「ウォルスさん、イヤミー君たち任せていいですか?」

「あん?そりゃいいが……どうする気だ?」

「知ってます?あの舞台作ったの俺なんですよ」

「……お前、まさかなんか仕込んだのか?」

「ふふふ」

「マジかよ……」




『さぁ陛下、ご決だ――』

「【土葬】」

「「「――なっ!!!?」」」


 学園長水差し野郎が僅かに気を抜いた瞬間、舞台から伸びた腕が賊たちの身体を掴んで舞台に引き摺り込む。

 俺だって学習するんだ。いつまでも【バレット】や【土槍】頼りだとグロから逃れられないからこの魔法を作っておいた。まぁ、今回はあらかじめ発動媒体の舞台に魔法を仕込んでおいたからこの人数を一度に処理できたわけだけど。【属性付与】の応用だね。ヘンリックさんと話してるときに思いついたやり方だ。不満があるとすれば【土槍】と読みが被ること。語彙力仕事しろ。

 本来は頭の先まで埋めて窒息させる魔法だけど、今回は生け捕りにするために鼻から上は地上に出したままにしておいた。グラディオルの居場所も聞き出さないとね?あいつにも落とし前つけさせないと、うちの『精霊』たちの収まりがつかないんだよ。

 おっと、口を塞ぐだけだと無詠唱で魔法を使われるかもしれないから口の中にもしっかり土を詰めて、と。これなら苦しくて魔法を使うどころじゃないでしょ。頑張って息してね?まだ死なれたら困るんだ。


「おぉ、みんな動きが早いね」


 【土葬】の発動に合わせて、辺境伯やフェンフィール氏、教員たちが賊をサクッと倒していく。舞台の周りの敵はカイルさんとドーソンさんが一掃した。あの人たちめっちゃ強いな。あ、ちょ、ネビル氏、あちこちを壊すな。座ってろ。

 他にも一部の保護者や観客たちが賊を制圧中。この人たちも動きが早いな。そういえば軍の関係者が来るって言ってたっけ。だからかな?ちょいちょい強い人がいる。あ、そこのお父さん、無理はしないで!


「【バレット】」


 危なそうなところに弱めの【バレット】を撃ちこんでフォローしておくのも忘れない。ゴツンと当たるくらいのやつ。外れたり貫通したりで他の人が怪我したらマズいからね。あとでめんどくさくなるのは嫌なんだ。すでに手遅れ感はあるけどさ。

 あ、『精霊』たちもサポートしてあげてね?


[[[死ねー!!]]]

[[[行け、カイル!!]]]

[[[ネビルも暴れろー!!]]]


 あ、こら、ネビル氏をけしかけるのはやめたまえ。




「イヤミーはボコっ……ってお前、なんで蹲って魔法撃ってんだ?」

「死体を見たくないんで……」

「なんだそりゃ……」


 『精霊』たちも観客のおじさんたちも容赦ないんだもん。

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