断罪&婚約破棄三分前の悪役令嬢に転生した~この状況から生き延びられる方法があるんですか⁉~

龍宝

「3 min.」




 私、夏草なつくさ菜奈ななには三分以内にやらなければならないことがあった。


「――この女がどれだけ悪辣なる人物なのかを、諸君は正しく理解すべきだ。今ここで、皆の前で、バックスベリー侯爵家令嬢、ヴァン=ブリュー・オルワブスクの悪行を数えよう!」


 わずかばかりの歓声が上がり、またその何倍ものざわめきが起こる。

 数階分の高さがある天井、優に数百人は収容できそうな幅と奥行きのホール、そしてただいま私が膝をつく形で拘束されている真っ赤な絨毯の走る大理石の床。

 正面には、ひと際高い階段の途中でこちらを見下ろす金髪の青年と、その傍らに立つ小柄な少女。

 ご理解いただけようか、この状況は完全に「婚約破棄&断罪」イベントの真っ最中なのである。


「最初の報告は一年前。バックスベリー嬢は、学園の新入生にして特待生、ここにいるラフィーネ・リーマウ生徒を公衆の面前で罵倒し、さらに自身の配下をして同生徒を転倒するほど強く押さしめたものである!」


 報告書らしい書簡を縦に持ち、声高に叫んでいるのは文官の身なりをした男だ。

 まぬけ、あんたらも公衆の面前で令嬢をはずかしめてんじゃん。しかもやってねえよ!

 と、声高に主張したいところではあるが、それはあくまで夏草菜奈であればの話。

 目下、私が収まっている身体の本来の持ち主――ヴァン=ブリュー・オルワブスク・フォン・バックスベリー――には、心当たりがありまくりときた。



 ――私、乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生しちゃってる。ははっ、マジウケるわ。



「「「――その言、確かなり!」」」


 おっと、笑ってる場合じゃない。

 現実逃避ぎみな私に活を入れてくれたのは、階段の下で整列している騎士たちだった。

 野太い音声に、私の周りでは集まった貴族令嬢のうち何人かがおびえた気配を見せている。


 ――今更だが、私はこの場面をよく知っている。というか、よく覚えていた。

 察するに、私が転生した(?)この世界は、ファンタジー恋愛シミュレーションゲーム『星巡りのクライアンジェ』で間違いない。

 前世ではアニメ化にこぎつけるほどの人気を獲得していた作品で、私もよく風呂上りにリビングで履修していたものだ。


 で、現在はストーリーの終盤。王立学園の学期末パーティで、第一王子のシャリップ――階段にいる金髪の方――が、婚約者であるヴァン=ブリューを断罪し、平民上がりの正ヒロイン、ラフィーネ・リーマウ――こっちが王子の隣にいるピンク髪の少女――と結ばれるクライマックス・シーンだ。

 そう、クライマックス。ここまでくれば、私が何をやらなければならないか、なんてひとつしかない。


 イベントが終わるまであと三分。

(――これから三分以内に、どうにかしてここから生き延びる方法を考えろ夏草菜奈‼)

 できなけりゃ、私の首は胴体と永遠の別れを告げることになる。


 ……くそったれ‼ タイミングってもんがあるだろっ、ええ⁉ 神様⁉

 生まれ変わらせてくれたことには感謝してるさ、そりゃあね!

 まだティーンを抜けきらないで死んだんじゃ死に切れないって後悔もしてた!

 だからって、何もこんな瀬戸際にいきなり転生しなくても……‼ 普通こういうのって子供の頃からスタートか、せめて一通り終わった後に目が覚めるのがセオリーじゃん! こんな土壇場でどうしろってんだ‼


「――他にも、第一王子殿下が御政務で不在なのを見計みはからい、リーマウ生徒に難癖をつけては叱責するバックスベリー嬢の姿が学園のあちこちで目撃されており、証人も多数! 中には脅迫まがいな言動もあったとのこと!」


 ぐおおおおおお、私が絨毯に頭をつけてうなってる間にどんどん話が進んでる‼

 残り時間半分あるかこれ⁉


「これだけの悪行三昧、よくも今日まで涼しい顔で殿下の傍にいられたものだ!」

「左様! いかにバックスベリー侯爵家のご令嬢とはいえ、許されることではありませぬぞ!」

「殿下の婚約者としてのふるまいというものがあるだろう!」

「リーマウさんが不憫だわ。彼女には何の非もないというのに」

「わたくし、以前からバックスベリー嬢が未来の王妃にふさわしいか、疑問に思っておりましたの」


 シャリップ王子付きの文官は大層な雄弁家だったらしい。

 先ほどまでいきなり始まった断罪劇に戸惑っていた周囲の出席者たちも、事の次第を把握した今ではあおられるまま口々に私を――ヴァン=ブリューを――非難し、ここぞとばかりに侯爵家の威信と影響力を削ろうと余念がない。

 そもそもがこのイベント自体、わが侯爵家と王室の結び付きを危惧した貴族間の勢力争いに端を発したものだ。忠臣ぶった敵対派閥らの協力の下、周到に計画された断罪なのである。ヴァン=ブリューにとっては完全にアウェーでの戦いだ。

 しかも――


「お許しください、殿下! 私どもはバックスベリー嬢に強要されて……!」

「そうです! 従わなければ、リーマウさんと同じ目に遭ってもらうなどと脅されてやむなく……決して本意では……‼」


 平身低頭といった感じで、階段上のシャリップ王子へ言い募っているのは、先日までヴァン=ブリューの取り巻きをやっていた貴族令嬢や直属の侍女たちだ。

 いっそ笑っちまうくらいのどん詰まり。

 普段の人望のなさも手伝ってのことだろうが、身内からも見放されたとあっちゃあ、まさに進退きわまったというしかない。


「殿下! かくなる上は、それ相応の処分が下されなければなりますまい! ご下知を!」


 叫んだのは、文官だったか。それとも、正義面して突っ立っている王子の取り巻きたちか。


 時間がなかった。好き勝手にわめき散らす連中に気ばかりが焦って、頭が働かない。王子の下知。それは、まずい。最悪だ。このまま王子が婚約の破棄を宣言すれば、そこが私とヴァン=ブリューにとってのタイムリミットになる。


 ――死ぬ。このままじゃマジに死んじまう。

 冗談だろ。勘弁してくれ。まだ、生まれ変わって三分も経ってないってのに――。


 頭の奥に、首元から鮮血を噴き上げるヴァン=ブリュー自分の姿が浮かぶ。

 一度見たシーンだ、思わず首に手をる程度には生々しかった。


 『ほしクラ』のアニメ版では、断罪に激昂したヴァン=ブリューが懐剣を抜いてラフィーネを襲ったため、かばい立てたシャリップに切り捨てられるのだ。

 そいつが、言うなれば正史。

 今だって、私のドレスの下では、オルワブスク家の家紋が入った短剣がその重さを訴えてきている。


 なら、ヒロインに襲い掛からなければ? みすぼらしく震えながら、このままうずくまってやり過ごせばいい――

 ――そう思っても、運命はそう簡単に悪役令嬢ヴァン=ブリューを逃しはしない。


 後々のエピローグで、自分のためとはいえ仮にも婚約者を殺めたシャリップをヒロインが気遣うシーンがあるのだが、そこで王子は、

「令嬢を手にかけたことを悔いてはいない。……バックスベリー侯爵は厳格で非情な面がある男だ。たとえ血を分けた娘とはいえ、失態を演じたブリューを生かしておくほど、彼は甘くはないだろう。王室とのパイプを失う形になったのだからな。派閥内での面目もある。私がやらなくとも、いずれは落としていた命だったのだ」

 と語っていた。

 つまり、この場で従順に王子の裁きを受け入れるか、あるいは強引に自領へと逃げ戻ったところで、私が事を収めるために首をねられるのは避けようがない、ということだ。


 ああくそったれな状況だ。マジで、ふざけるんじゃねえ。

 逃げ道はない。もうそんな段階じゃない。

 後ろに道がないなら、残されたのは前に進むことだけだ。びびってる場合じゃない。

 私が、ヴァン=ブリューが生き延びる道は、この場で踏み止まることでしか生まれないんだからな……‼


「……ブリュー。今日を限りのものとはいえ、長年婚約者として過ごしたせめてもの情けだ」


 私が握った拳に力を込めたのと同時、今まで口を開くことのなかったシャリップの声が、平坦な調子で広間に響いた。


「何か申し開きがあるなら、発言を許す」


 ここだ。

 生死を分かつ一瞬というものがあるなら、ここがまさにその頂点。

 あれだけ騒がしかった空間が、王子の声にかき消されたかのように静まり返っている。

 全員が、私のことを見ていた。

 王子も、ラフィーネも、取り巻きたちも、そしてこの場に集まったすべての人間も。

 膝をついたまま、まるで呼吸の仕方を思い出せないでいるかのような、開いた口をどうすることもできないでいるヴァン=ブリューの姿を、目に焼け付けんばかりに。


 何か、たった一言でもいい。


 何か言わなければ――――――




「――――――立ちなよ、夏草菜奈。まだ、三分経っちゃいねえぜ」




 つと正面から投げられた声に、思わず顔を上げる。

 そんな、まさか……ありえない……⁉


「最終ラウンド、ゴングが鳴るまで残り数秒って感じだがね……あんたの頑張り次第じゃ、逆転の目もあるだろうさ」


 私、だった。


 数歩離れたところに佇んでいるのは、前世の格好に身を包んだ私――夏草菜奈が、こちらを見据えてそこにいた。


「わ、私……⁉」

「一度死んだ人間のくせに、今更びびってんじゃないよ。どうせ偶然拾った命なんだ。玉砕覚悟で、あのスカシ面の王子にやりな」


 こちらを指さす私に、何度か目を瞬かせる。

 よく見ると、服装や髪の輪郭がおぼろげに揺れている。

 今の今まで誰もいなかった空間に、私と王子たちの間を遮るような形で人ひとりが突然現れたというのに、誰も騒ぎ出したりしない。

 どうやらこの私は、私以外には見えていないようだった。

 まったくわけのわからない状況だが、そもそもがこの転生騒動があった以上、さらに不可解な現象のひとつやふたつ起こっても不思議はない……か?


「で、でも! この状況で、私に何が……⁉」

「何もできないだろうね、ヴァン=ブリューあんたには。……だけど、夏草菜奈あんたにしかできないことならあるだろうさ」

夏草菜奈にしか、できないこと……⁉」

「私らは、いわばイレギュラーだ。ここに至るまでの過程も、この先の展開も、全部把握してるのは私らだけ。ヒロインのことだって、誰よりよく知ってる。どうしてだ? 私らが、この世界の人間じゃないからだ。この場にいる人間の誰が、『ほしクラ』のアニメを毎週欠かさず視聴して、ラフィーネを応援してた? そんなやつはいない。私らだけなんだよ、菜奈。――だからこそ、この世界の人間にはできないことができるし、ひらけない道が拓けるんだ」


 ゆっくりとこちらに歩み寄っていた私が、見上げる私に手を差し伸べる。


「ヒロイン……みち……ッ‼」

「思いついたみたいだね……この場を切り抜ける方法をっ!」


 その手を取って立ち上がった私の前で、私が霧のようにき消える。


「――あと数秒。あと数秒で決着がつく」


 驚きに身を固くした私の耳元で、聞き馴染んだ声が聞こえた。

 ああ、そうだ。そうだな、私!


 〝私〟は、この数秒にすべてを賭ける――‼



「おい、誰が立っていいと言った!」


 背後で拘束役を任されていた騎士が、長剣のさやで私の額を殴打した。

 衝撃でぐらりと傾いた身体を無理やりに動かして、左足で強く絨毯を踏みしめる。

 大柄な男の一撃を堪えて倒れなかった細身の令嬢に、軽くどよめきが起こった。


「――私が、このヴァン=ブリュー・オルワブスクがそう決めた!」

「な、なにぃ……⁉」


 振り返った私の眼光にひるんだのか、あるいは派手に流血している傷口に臆したのか。

 いずれにせよ、騎士は気圧けおされるように後ろへ下がった。

 これでいい。邪魔が入らなければいい。


「……殿下、私はこれまでのふるまいを恥じてはおりません。それらはすべて、愛する方のために動いただけのこと!」


 再び階段上の王子たちに向き直った私の発言に、幾人かは眉をひそめ、王子の側近からは「恥知らず」の声が上がる。


「なんたる厚顔! 言うに事欠いて殿下のためだと‼ 今更そんな言い分が通るとでも――」




「私の愛するただひとりの方――〝ラフィーネ・リーマウ〟のためにしたことなのです‼」




 激高する文官を遮って、私の言い分がホールに響き渡る。

 また騒がしさを取り戻しつつあった空間が、私のひと声にかき消されたかのように静まり返っている。

 全員が、私のことを見ていた。

 王子も、ラフィーネも、取り巻きたちも、そしてこの場に集まったすべての人間も。

 まるで時を戻したかのような状況だが、先ほどと違うところを挙げれば、王子たちが呆気にとられた表情で口を開けたり閉じたりしている点か。

 あと、先ほどから繰り広げられる茶番には興味がないとばかりに壁際で眺めていた、中央の政治に関心のない地方の軍人貴族たちの中には、予想外の展開に思わずといった感じで口笛を吹いた者までいた。



「そう! これが私の回答こたえ! この世界の前提を壊す唯一の選択! 私が生き延びるたったひとつのルート――――〝真実の愛ガールズ・ラブ〟だ……‼‼‼」



 完全に空気が変わったことを確信し、私は一気に畳みかけるべく一歩前に踏み出した。


「な、なにを……⁉」

「ブリュー、今、何と申した? 私でなく、ラフィーネを愛している、だと……⁉」

「ラフィーネを王子殿下から遠ざけようとしたのは、彼女に振り向いて欲しかったから! 王子殿下が御政務で不在の時を見計らい彼女に接触したのは、一時でもラフィーネと過ごす時間が欲しかったから! 私の心は、この一年ラフィーネ・リーマウにとわわれてきた……‼」

「え、えっ……そんなこと、えっ、えええええっ⁉」


 まっすぐに見つめる私の告白を聞いて、戸惑いの声を上げるヒロイン。

 元々、自分をしいたげていた悪役令嬢に対しても、断罪の最中に情けを覚えるような善良な少女だ(アニメ版準拠)。

 ヴァン=ブリューの今までの仕打ちが、すべて愛ゆえのことだったと言われて、混乱の極みにいるのだろう。

 ごめん、夏草菜奈がラフィーネを好きなのは事実だから、「押しまくればいけるな」と手応えを感じている私を許してほしい。


「殿下の婚約者として失格なのは重々承知! ですが、ラフィーネ、あなたへの想いは私自身にも止めようがないほどなのです!」

「う、ウソです! わたしをからかってらっしゃるのでしょう⁉ だって、あの先輩が――」

「どうして、あなたへのこの心を偽れるでしょう! どうか、この場で私の想いを受け入れてください! わがバックスベリー侯爵家は、王国でも五指に入る名家! あなたに不自由な思いはさせないと約束します! 社交などは私が次期領主としてすべてこなします、あなたは私の傍にいてくれるだけで――」

「――え、それ本当ですか?」

「ラフィーネ⁉」


 シャリップ王子が信じられないとばかりに声を上げてラフィーネの肩を掴んだ。

 自分の方が地位が高いからと、ヒロインが自分以外に振り向くことはないと慢心していたようだ。

 甘い、甘いぞ青年!

 王族、しかも将来は立太子確実となる第一王子の恋人とくれば、どう考えてもラフィーネの今後の立場は微妙なものになる。それは、彼女が私の代わりに正式な婚約者となり、いずれは王国の王妃となるか、あるいは王妃は別の名門貴族家から迎え、ラフィーネ自身は愛妾として次期国王に囲われるか、に関わらずだ。

 ましてや、リーマウ家は豪商とはいえ、あくまでラフィーネは平民上がり。聡明な彼女ならば、自分の出自がシャリップとの付き合いにどれほど影響するか、考えないわけがない。

 その点、わが侯爵家ならば幾分かハードルが下がる。

 もちろん問題がないではないが、それは私がどうにかする。こちらの世界での父とも、いずれは話を付けねばならないだろう。だが、すべては今を乗り切ってからの話だ!

 私が幸せにしてみせる! だから――――――


「――黙って首を縦に振りなさい! ラフィーネ・リーマウ……‼」

「いいや、振るのは横にだ! そうだよな、ラフィーネ⁉」

「えーっと……その、申し訳ありません、シャリップ様。わたし、元々入学した時からヴァン=ブリュー様に憧れてまして……あの、今までのことは誤解で、今後は大事にしてくださるそうですし……お顔も大変端整でいらっしゃいますし……その、そんなに愛していただけるなら、ぶ、ブリュー様を選ばせていただくのも、アリ、かな……なんて」

「ば、馬鹿な……⁉」


 可愛すぎるんじゃあないか、ラフィーネちゃんよォ!

 赤面しながらも、どちらを選ぶか宣言したヒロイン。項垂うなだれる王子殿下と、広間の中央で仁王立ちの悪役令嬢。

 これは決定的だ。



「そ、そんな……ラフィーネさんと、ブリュー様が……? な、何だこの胸の高鳴りは……⁉ やめて、いやだ! 僕は知らないっ、こんなの! こんな――――素晴らしいもの⁉」(胸元押さえ)


「ほう、〝ブリュ×ラフィ〟ですか。なかなかやりますね」(眼鏡クイッ)


「あ、あはは……ボク、今まで狙った女の子を逃したことなんてなかったのにな……。でも、何だろ、これ。ラフィちゃんがブリューちゃんに取られるって思うと、今までの遊びが全部どうでもよく思えてきて……こ、このオレが! 興奮してる、のか……⁉」(脳破壊)



 ……なんだか知らないうちに王子の取り巻き(サブ攻略可能キャラ)も陥落させていたようだ。ラッキー。


「意外な展開だったが、〝真実の愛〟なら話は変わってくるか」

「ええ、そういうことならバックスベリー侯爵令嬢の罪を問うわけにはいきますまい」

「まったくですわね。うらやましくなるほどの、〝真実の愛〟ですもの」


 展開を静観していた、ホールの貴族や令嬢たちもクリアだ。

 ついさっきまで私とバックスベリー侯爵家の力を削ごうと思っていた敵対派閥のものたちまでこの調子である。

 さすがに出来過ぎのようにも思えてくるが――



「――こんなことが、まかり通っていいわけがない! この悪女めが!」



 いや、唯一残った王子の味方(サブ攻略可能キャラ)。

 奴隷騎士のマルベットが残っていたか。

 幼少期から王子に仕えるためだけの存在として教育を施されてきた奴隷騎士ムルッカの忠誠心は、劣勢を挽回するためになりふり構わず私を排除すればいいと踏んだようだ。

 ヴァン=ブリューも貴族の令嬢としては長身な方だが、マルベットはまさしく巨漢というべき筋肉の塊。まるで野生の大型動物に襲われた少女のような体格差である。

 気付いた時には、すでにマルベットの接近を許していた。

 私の首は、大剣の範囲内にある。


「――な、んだ……?」


 振り切られた白剣、確かに私を両断する軌跡を描いたその刃は、しかし根元からぽっきりと折れている。

 そして私の、ヴァン=ブリューの身体にはかすり傷すら付いていなかった。


「なに、を……なにをしたんだあああああ⁉ ヴァン=ブリュー・オルワブスク……‼‼‼」

「――ご存じないのですか?」


 残った柄を投げ捨てて掴みかかってきたマルベットに、私は誰かのように指を突き付ける。



「『All is fair in Girl’s Love(女の子同士の恋ではすべてが正当化される)』んですのよ――‼」


「そ、そんなことがあああああああああ⁉⁉⁉」


 まるで不可視の力でぶん殴られたかのように、マルベットが私に触れることすらできずに吹き飛ばされる。

 と、その時、ホールの天井近くにあった時計の針が、かちりと動いた。

 途端に鳴り響く鐘の音を聞いて、私はとっさに快哉を上げた。


ルートは確定した! イベントは終わる! 私は賭けに勝ったんだ!」


 そう、すべては悪役令嬢ルートの強制力!

 ラフィーネがヴァン=ブリューを攻略相手に選んだ時点で、このイベント中においては誰も私を傷付けることができなかった……‼

 そして、これからも――‼



「ラフィーネ・リーマウは、この私――ヴァン=ブリュー・オルワブスクが貰い受ける‼」



 襲われた私を心配してこちらに駆け寄ってきたラフィーネを抱き上げて、私は小柄な少女の唇を奪った。




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断罪&婚約破棄三分前の悪役令嬢に転生した~この状況から生き延びられる方法があるんですか⁉~ 龍宝 @longbao

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