第29話 湯煙混浴温泉(貸切)

「こんなところだべ」


 老婆がビエラに真実を語り終えて一息ついた。


「…………」


 ビエラは顔を真っ赤にして俯いたまま黙っている。


「そろそろ貸切の時間だべ。一緒にあんたの部屋行くだよ」


 ビエラは三人の部屋に向かう老婆の後を覚束ない足取りでついて行く。

 部屋の前まで着いて老婆が部屋のドアをノックした。中から「はい」とネイビスの声で返事があった。老婆はドアを開けてから中にいる二人に言う。


「温泉の貸切の時間だべ。案内するからついて来な」

「あ、はい!」

「…………」


 ネイビスが返事をするがイリスは黙ったままだ。三人は老婆の後をついて行くが、ぎこちない雰囲気だった。


「ビエラ、どうかしたのか? 体調悪いとか?」

「え? ううん、平気だよ! 心配してくれてありがとうネイビス君」


 そうは言ったもののビエラはどこか上の空といった感じだった。一方のイリスは黙ったまま熱い視線をネイビスに送り続けている。そんな三人を見て老婆は不敵に笑って告げた。


「ああ、言ってなかっだが、うちの温泉は混浴だべな」

「え、混浴!」


 ぼーっとしていたビエラが「混浴」という言葉に反応して声を上げる。温泉の入り口までたどり着くと老婆は振り返って言う。


「まぁ、ゆっくり楽しむだべな。貸切の時間は九時から十一時の二時間だべ」


 老婆はそう告げて去ろうとしたが、何かを思い出したようにビエラの元へ行って小声で何かを耳打ちした。それを聞いたビエラは顔を上気させて俯く。


「どうする? 混浴らしいが、二時間もあるし、男女で分けて入るか?」


 ネイビスがそう提案したが、ビエラはネイビスの元へ詰め寄りその手を握って告げる。


「ネイビス君と一緒に入りたい……です」


 ビエラの雪のように白い頬がピンク色になる。


「そ、そうか。イリスはどうだ?」

「え、ええ。ビエラもそう言ってるし、せっかくだしみんなで入りましょうか」


 三人で一緒に入ることに決まり、三人は脱衣所で服を脱ぎ始める。


「俺出てようか?」


 女性陣がコートを脱いでインベントリに仕舞ったところでネイビスが尋ねるとイリスが返した。


「私は気にしないわよ」

「わ、私も平気だよ?」

「そ、そうか……」


 意外にも二人がネイビスの提案を否定した。俺の下半身が平気じゃないんだよなぁとネイビスは思いそっぽを向いた。それを見てイリスは言う。


「そう言えば冒険初日の日もこんなことあったわね」


 三人はスライムの森の隠しエリアに入る際に滝でずぶ濡れになったことを思い出した。


「ああ、そうだな。あの時は裸見てすまなかった」

「良いわよ。私こそ最初はあなたへの当たりが強かったわよね。謝るわ」

「イリスちゃん。ネイビス君に『スラッシュ』試すとか言ってたよね?」

「あったわね、そんなこと。それよりネイビスは服脱がないの?」

「イリスならわかるだろ」


 そう言われてイリスは少し考えて納得した。


「そう言うことね」

「どう言うこと?」


 ビエラだけがよく分かっていない。


「ビエラ。とりあえず私達で先に入りましょう? 私達がいるとネイビスは服脱ぐことができないから」

「なんで服脱げないの?」

「それは裸を見られたくないからよ。私達もこのタオルを体に巻いて入るわよ」


 それを聞いてビエラは言い返す。


「イリスちゃん。私聞いたの。恋人同士はね、裸を見せ合うものだって。そうしたら大人の仲間入りなんだって」

「どこで聞いたのよ?」

「ビエラそれどこで聞いた?」


 ネイビスとイリスは焦って聞き返した。もしかしてビエラが誰かに穢されたのではないかと不安になったのだ。


「あのおばあちゃんに聞いたの。それでね、結婚しても子ども出来ないんだって。そのね。裸で抱き合ったり、裸で一緒に寝れば子どもができるんだよ!」


 それを聞いてネイビスとイリスの二人はそっと胸を撫で下ろした。まだビエラはアレを知らないらしい。


「そうよ、ビエラ。裸で抱き合ったり、一緒に寝れば子どもができるわ。そうしたら大人の階段を上れるのよ」

「でもな、ビエラ。俺達は冒険者で魔王討伐が目的だ。子どもはまだ早いんだ」

「そっか! だからネイビス君は裸にならなかったんだね。もし万が一裸同士で抱き合ったら子どもができちゃうから!」

「そうよビエラ、だから私達もタオルで体を隠すのよ」

「なんだ。そう言うことかぁ」


 ようやくビエラは腑に落ちたらしく、自身の体にタオルを巻いてイリスとともに温泉へと向かった。


「よかった。まだビエラがビエラのままで」


 脱衣所に一人残されたネイビスはそう独り言ちるのだった。

 二人に少し遅れて腰に白いタオルを巻いたネイビスが温泉へと入る。


「ネイビス。この温泉気持ちいいわよ」

「うんうん」


 ネイビスは並んで湯に浸かっているイリスとビエラの向かいに浸かった。二人はタオル越しにそのスタイル抜群の体の線が浮き立ち扇情的だった。ネイビスはあまり二人を見ないようにするが本能から視線が二人の胸元に向いてしまう。


「ネイビス。そんなに気になるなら見せてあげるわよ」

「イリスちゃん。何の話?」

「胸の話よ。さっきからスケベなネイビスがチラチラと私達の胸を見てるでしょ?」

「だ、ダメだよ! 子どもが出来ちゃうかもしれないんだよ?」

「そうだったわね。やっぱりビエラは可愛いわね」

「そうだな。ビエラは可愛いな」

「そうかなぁ? えへへ」


 この純粋な笑顔を守りたいと切に願うネイビスとイリスであった。

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