第26話 兄貴再び
『ワニワニパニック』での周回を終えた三人は、飛空艇で港町クラリスからダンジョン都市イカルまで移動していた。
「あ! イカルが見えてきたわよ!」
「本当だ!」
ここは飛空艇のデッキ。ネイビス達は柵越しに眼下に広がる西陽に照らされる巨大都市イカルの全容を捉えていた。
『間も無くダンジョン都市イカルに到着します』
アナウンスが流れ、飛空艇は徐々にその高度を下げていく。
三人は実に三ヶ月ぶりにイカルの町に着く。
「この発着場懐かしいわね」
「確かここで、ネイビス君が私達に愛の告白をしてくれたんだよね」
「そうだったな」
告白したときのことを思い出し、ネイビスは少し恥ずかしくなった。誤魔化すようにネイビスは話題を変える。
「それより、明日の飛空艇の出発時刻調べるぞ」
三人は発着場にある運行表を見に行った。このダンジョン都市イカルはハブ空港のような機能を持っていて、大陸の各地へと向かう飛空艇が毎日一便は出ている。
「明日の朝9時にフューズ行きの飛空艇があるな」
「そうみたいね。フューズって大陸の南西の豪雪地帯にある都市よね」
「そうだ。目的は大雪山だな」
「大雪山かぁ。大陸一高い山だよね?」
「そうだそ、ビエラ」
ネイビスは次なる隠しエリアに眠るあるアクセサリーを求めて先ずは極寒の地フューズに向かおうと考えていた。
「ねえ。夜までまだ少し時間あるでしょ? せっかくイカルに来たんだからダンジョン進めとかない?」
「いいんじゃないかな」
イリスがそう提案して、ビエラもその案に賛同する。
「そうだな。じゃあEランクダンジョン『カエル沼』に行くか!」
三人は発着場を後にして、Eランクダンジョン『カエル沼』まで歩く。
「やっぱりイカルって広いわね」
「そうだな。伊達に世界最大都市なだけはある」
「ねぇ、ネイビス君。『カエル沼』ってどんなダンジョンなの?」
ビエラの質問にネイビスが答え始めた。
Eランクダンジョン『カエル沼』は文字通りカエルの魔物が出てくる。カエルは中型犬くらいのサイズでぴょんぴょん跳ねて襲ってくる。
掲示板によるとこのダンジョンはかなり不人気だ。というのも四階層から出てくるカエルが毒や麻痺、睡眠などの状態異常をかけてくるからだそうだ。
ランクが低い割に命の危険が高いとして、『カエルの沼』は冒険者人気ワースト一位だ。
こんな説明をしながら一時間ほど歩いて三人はEランクダンジョン『カエルの沼』に着いた。
「本当だ。誰一人いない」
Eランクダンジョン『カエル沼』に着くと閑古鳥が鳴いていた。三人はそのまま受付に行く。
「あれ、受付のところに人がいるね」
ビエラがそう言う。三人の視線の先には受付の女性とその女性と話している白髪の男性がいた。
「もー。いいでしょ? 僕と遊ぼうよ」
「いけません。業務中ですので」
「て言ってもここ誰も来てないよ?」
「それはそうですが……。いえ、今来ましたよ?」
二人の視線がネイビス達に向く。
「あれ? いつぞやのイケメン君じゃないか?」
白髪の男がネイビスを見て尋ねる。
「イケメンかは知りませんが、確かに以前飛空艇で会いましたね」
「ああ! あのナンパ男じゃない!」
「誰だっけ?」
ビエラだけはその男のことを覚えていなかったが、ネイビスとイリスにとってはそれなりに印象に残っている男だ。色白の肌に白髪という珍しい見た目をしているのも記憶に残りやすい。
「心外だな。この僕を忘れるだなんてね。僕はね世界中の女性の味方、『絶対零度』の勇者ルートなのさ! どうだい? これでもう忘れないだろう?」
「世界中の女の敵の間違いではありませんか?」
胸に手を当てて高らかに気障な自己紹介をするルートに受付の女性がツッコミを入れる。ネイビスはやっぱりこの人が『絶対零度』の勇者ルートだったんだと思った。
「どうやらその後もうまく行っているようだね? だけどまだ大人の階段は登っていないって感じかな?」
「大人の階段って何のことですか?」
「ビエラ聞くな!」
「ビエラ、気にしちゃダメよ!」
純粋なビエラがルートに訊いてしまう。意味の分かったネイビスとイリスが止めに入るもルートの耳にはバッチリと聞こえていた。
「ビエラちゃんっていうんだね。うん! 可愛い名前だ。大人の階段の意味知りたいかい? 良ければ今夜、僕が手取り足取り教えてあげるよ?」
「こ、今夜?」
「ダメです! うちのビエラに変なこと吹き込まないでくれませんか?」
「おっと。これは失礼。ビエラちゃんが可愛くてついからかってしまったよ」
「油断も隙もあったもんじゃないわね」
ネイビスがルートを諌める。イリスは呆れ顔だ。
「そう言えば君たちは『カエル沼』に挑むのかい?」
「無理矢理話題逸らしたわね」
「そうですが何か?」
「それならこれあげるよ」
そう言ってルートはインベントリから小さな袋を取り出してネイビスに渡した。
「解毒薬だよ。赤いのが毒消し。青いのが麻痺消し。残念ながら睡眠毒の薬はないけどね」
「え、いいんですか? もらっちゃって。結構高価だったはず」
「ああ。もう使わないからね」
「ありがとうございます! ルートさん!」
「ああ、ビエラちゃんってほんと可愛いなぁ。持って帰りたいよ」
「ダメよ! ビエラは私とネイビスのものなんだから!」
イリスがビエラを抱き寄せて抗議する。
「それは残念。ごめんね、邪魔しちゃって。どうぞ受付していいよ。ミーナちゃん。また今度ね!」
ルートはそう言い残して去っていった。
「ごめんなさいね。ルートが迷惑をかけて」
「二人は知り合いなんですか?」
「腐れ縁よ。それよりギルドカードかマギカードを見せてちょうだい」
三人がマギカードを提出する。
「剣士Lv.39と僧侶Lv.39と魔法使いLv.43ですね。これなら余裕を持ってクリアできるでしょう」
三人はBランクダンジョン『ワニワニパニック』を攻略した後クラリスの冒険者ギルドでマギカードの更新をしていた。受付の女性ミーナが手元にあるノートに三人の情報を書き込んでいく。すらすらと記入していたその手が突然止まった。
「なにこれ? ワニワニパニック? ちょっとお待ちください」
受付の女性が三人のマギカードのダンジョン攻略履歴を見て眉を顰めた。
「確認します。このBランクダンジョン『ワニワニパニック』とはいったい何ですか? それとその下にあるCランクダンジョン『トカゲの巣窟』も気になります」
受付の女性の質問を受けてネイビスはしばし考える。Bランクダンジョン『ワニワニパニック』ならまだしも、経験値効率のいいCランクダンジョン『トカゲの巣窟』が世間の明るみに出るのはネイビス達にとっては不利益なのではないかとネイビスは逡巡する。
「ネイビス?」
「ネイビス君? どうするの?」
困惑顔の二人を見てネイビスは話すことに決めた。
「もういっそのこと教えるか。ミーナさんでしたよね? 実はこれ、未発見のダンジョンなんです」
「未発見のダンジョンですか。そういえば前にネルト山で新しいEランクダンジョンが見つかったとか」
「そうでしたね。ではこれから説明していきます」
それからネイビスはDランクダンジョン『狼の宴』Cランクダンジョン『トカゲの巣窟』Bランクダンジョン『ワニワニパニック』の場所や敵の情報などについて詳しく語っていった。
「情報提供ありがとうございます。冒険者ギルドの方で事実確認をしますのでまだになりますが、情報提供料を後日支払います。場合によってはこの功績を称えて王国から表彰がされるかもしれません。住所や連絡先はございますか?」
「いや、ありませんね」
「では、これから冒険者ギルドに立ち寄る際は受付でこれをお見せください」
そう言って受付の女性がネイビスに証書を渡す。
「大体一週間から一月以内には調査も終わると思うので、そのくらいの時期に冒険者ギルドの受付でそれを見せれば、情報提供料がもらえると思います。表彰についてもその時知らされるかと」
「分かりました。色々とありがとうございました」
「いえ。こちらこそです。お気をつけて」
その後三人は無事に『カエル沼』をクリアして近くの宿屋に泊まった。
「カエル案外弱かったわね」
「いや、それ以上に俺達が強くなったんだろ」
「それもそうね」
「ねぇ。そう言えば、イリスちゃんとネイビス君は大人の階段の意味知ってるの?」
いつものようにネイビスを真ん中にして三人が川の字でベッドに寝て談笑しているとビエラが二人に尋ねた。
「そ、それは知っているわ」
「多分知ってるな」
「なら教えてよ。ずっと気になってたの」
「ダメよ。私達にはまだ早いわ」
「そうだな。俺らにはまだ早いな」
「うぅ。気になるよー!」
ビエラは枕を両腕で抱き、足をバタバタさせている。
「ビエラ。要するにエッチなことよ」
「ああ。それもすごくエッチなことだな」
「ええ? キスよりもエッチなことってあるの?」
ビエラの返答にネイビスとイリスはキョトンとする。
「もしかしてビエラさん、アレ知らない?」
「ねぇ、ビエラ。赤ちゃんってどう出来るか知ってる?」
ネイビスとイリスの問いにビエラは首を傾げて答える。
「赤ちゃんって結婚したら出来るんじゃないの?」
ネイビスとイリスは思った。なんてこの子は純粋なのだろうと。そしてこの子をこれからも大切に守っていきたいと。
「そ、そうよ。結婚したら赤ちゃんができるわ」
「そ、そうだな。なんだ、ビエラも知っていたんじゃないか」
「もしかして結婚して赤ちゃんが出来ることが大人の階段を登るって意味なの?」
「うん。そうだ」
「そうよビエラ」
二人にそう言われてビエラはご満悦だ。
「ねぇ、ネイビス君。まだ寝る前のキスしてないよ?」
「そうだったな。じゃあするか」
ネイビスはビエラと長いキスをしてそのあとイリスとも長いキスをした。
「ネイビス君。私いつかネイビス君の赤ちゃん欲しいな。だから結婚しようね!」
「お、おう。そうだな」
「ネイビス。私とも結婚してよね?」
「ああ。もちろん」
いつか魔王を討伐して全てが無事に終わった日には二人と結婚しようと心に決めるネイビスであった。
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