第6話




 翌日も、夏生は弁当を持ってあのベンチに来ていた。

 どうやら和佳は、昼休みは基本的にここを訪れているらしく、今日も変わらず日傘を差して座っていた。

「こんにちは」

 挨拶すれば、和佳は夏生を見て驚く。

「どうして……」

「外で食べるのって意外といいもんだなって思ったので」

 部活を辞めてからの二年ほどは受験勉強で引きこもってばかりだった。だが、夏生は元来外の方が好きな質だ。ずっと陸上をしていて外にいる時間が長かったというのもある。

 こうして昼休みだけでも外に出れば、気分転換にもなっていいと思ったのだ。

 戸惑った視線に構わず隣に座って弁当を広げる。

 同じようにおにぎりを渡せば、和佳は手元のおにぎりと夏生を交互に何度か見比べ、そろりと口をつけた。

 小さく「美味しい」の言葉が聞こえ、夏生も昼食にありついた。

 ちらりと横目に和佳を見る。ちまちまとおにぎりを食べる姿は小動物みたいだ。そして、その瞳が楽しそうにしていることに気づき、自分の胸が満たされていく。

(なんだろう……これ……)

 胸の中がいっぱいになっていく満足感に、首を傾げる。

 昨日の甘い卵焼きとは違い、白だしを使っただし巻き卵をなにも言わずに差し出せば、小さく肩を跳ねて驚いていた。

 今日のメインは、アスパラのベーコン巻きとポテトのベーコン巻き。ちょうど二個ずつ入っていたので、和佳とそれぞれ一つずつ食べた。

 完食し、綺麗になった弁当箱をしまっている夏生の横で、和佳が満足そうにほっと息をついた。

「……今日もお弁当分けてもらっちゃってごめんなさいね」

「まあ、私が勝手にしたことですし……」

「でも、楽しかったわ。やっぱり宝石箱みたいだった」

 無邪気に笑う姿に、夏生も笑ってしまう。しかし、そっと目を伏せた和佳が言った。

「昨日、私があんな話したから気にしてくれたのよね……でも、大丈夫だから。気にしないでいいのよ?」

 明日からはお友達と食べてね、とニッコリ作った笑顔は、さっきまでの子どもらしさが消えていて、とたんに不満が立ちのぼる。

(さっきまであんだけ楽しそうにしてたじゃん……)

 小さな子どもが、弁当の日を心待ちにするように頬を赤くしてドキドキしていたくせに。

 なのに、今はそんな姿を全部ひた隠すように大人びた顔で笑ってる。

 夏生にもどかしさが募る。

 ここで「はい」と言って来なくなるのは、なんだか負けたような気分になる。

(どうしたらここに来ることを許されるだろう……)

 考えて、この人は自分のことを夏生が気遣うのが嫌なのだと気づく。

 なら、和佳のためではなく、夏生自身のためならどうだろう。

「私、無種族なんです。だからずっと、副種族を持っている人が羨ましかった」

 どれだけ羨んで、どれだけ恨んでも決して音には出来なかった言葉が、驚くほどすんなり出てきた。

 突然の宣言に、和佳は目をしばたたく。

「副種族に苦しんでいるあなたを見ているとスカッとするんで。私が好きでやってます」

 勝手にこちらの心情を決めつけられて、少しだけ苛立ちが出てしまった。

 それをどう受け止めたのか、和佳は眉を落として困ったような顔をしていた。

 あんまりな物言いをしたのは自覚していた。なのに、この人はなんにも言わない。

 少しは怒れよ、とさらにイライラが募る。

「ごめんなさい、私、こんな体だけど痛みはないし、苦しんでないから……その、なんだか期待に添えなくて……」

「はあ?」

 我慢できずに声が出た。訳が分からない。

(この人は一体なんなんだろう……)

 なんでこの人は、夏生の物言いに怒るでも不快さを示すでもなく、申し訳なく思うのだろう。

 ふっと沸いた怒りはすぐに萎んで、残されたのは理解できない困惑だ。

「片桐先輩は、死ぬのが怖くないんですか?」

 その境遇で苦しみを覚えないと言うことは、そういうことだろう……。

「ええ、怖くないわ」

 あの大人びた笑顔で、恐怖なんて微塵もないとばかりに和佳は言ってのけた。夏生はあまりのショックに言葉が出なかった。

 どうにか衝撃を自分の中に落とし込んで、恐る恐る「……本当に怖くないんですか?」ともう一度訊き返せば、再び頷かれて夏生はもうどうしたらいいのか分からなくなった。



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