第33話 人魚の肉【1】

徐福達一行が、若狭の国に上陸してから2年が過ぎようとしていたある日、事件が起こった。


その日、陸信は漁が休みで娘を連れて徐福の家にやってきていた。


陸信の双子の子は、姉の名前は凛凛リャンリャン、弟は陸強りくきょうと名付けられていた。


徐福が二人を非常に可愛がり、相手をするので陸信も頻繁に子供を見せに来る。


その状況は彼らの中で何時もの事であった。


『おお、凛凛の奴、また大きくなった様だなあ。どれ、ジジがどれだけ重くなったか、試してやろう。』と徐福はニコニコしながら、陸信に凛凛を渡す様にと両手を差し出す。


『最近は好奇心旺盛で、何でも口に入れてしまうので、目が離せないのですよ。』と陸信は苦笑いをしながら徐福に愛娘を手渡した。


赤ん坊である凛凛は、人見知りせず、徐福に当然の様に抱かれ、嬉しそうにキャッキャと微笑みを徐福に向ける。


『本当に可愛い子じゃ!。この子が大きくなったら、さぞや若い男達に言い寄られる事じゃろうな・・。』


『徐福様、何を気の早い事を、まだまだ遠い先の事ですよ。』と陸信は照れる様に答える。


そんな会話を徐福と陸信がしていると、漁師の長が漁師の二人が大喧嘩おおげんかしているから止めるのを手伝ってくれと陸信を呼びに来たのであった。


『凛凛は、ワシが見ているので、陸信、行ってやれ。仲裁が終わったら、迎えに来れば良い。』と徐福が凛凛の子守をかって出る。


『徐福様、スミマセヌ、お言葉に甘えさせて頂きます。事が済んだら、直ぐに迎えに参りますので、よろしくお願い致します。』と陸信は徐福に頭を下げ、漁師の長と共に家を出て行った。


陸信が居なくなった後、徐福は凛凛に食べさせれる物は、無いかと思い、凛凛を寝かせれる自分の寝室の寝床へ置いて台所へ向かったのである。


台所に行き、最初に目が行ったのは蜂蜜であったが、蜂蜜は乳幼児には良くない事を知っていた徐福は、他の物を探す事にした。


しかし、男所帯に甘い物は特になく、最終的に雑穀粥をつくる事を選択したのであった。


徐福は粥が直ぐに出来るモノと思い、凛凛を寝かせた寝室には粥が出来る迄戻らなかった。


粥が出来た後、乳幼児が飲める熱さに冷まし、寝室へ持って行った時に徐福が目にした光景は徐福を驚かせた。


凛凛が、寝かせていた寝床から寝具と共に落ち、寝具と共に地べたにうつぶせになっていた。


慌てて凛凛へ駆け寄りたい徐福であったが、両手には雑穀粥の煮汁が入った器があり、先ず寝室の机に置いた。


両手が自由になった徐福は、慌てて凛凛を抱き上げようと凛凛に駆け寄る。


幸い、寝具が転落の痛みを吸収したのか、泣いてはおらず、徐福は胸を撫でおろす。


『スマヌ、スマヌ、ジジがお主を独りにしてしまって、ジジを許してくれ。』と徐福は凛凛の頬に自分の顔を擦り寄せて謝罪の言葉をかける。


凛凛は、まるで徐福に気にするなと言わんばかりに、変わらず愛くるしい笑みを向けた。


しかし、徐福がホッとしたのは、束の間であり、恐ろしい事態に気がつく。


なんと、妖の角の入った小瓶が倒れており、中から二つの塊が外へ出ているではないか・・。


小瓶には、妖が投げた角を3等分にして保管していた。


寝台の下(支える4つの柱の横)に隠す様に置いていたのだが、今その瓶が凛凛がうつぶせになっていた場所の近くに転がっている。


まさか、まさかと、不安が徐福の頭にぎる。


徐福は、自分を落ち着かせるように抱いている凛凛を慎重に寝台の上に寝かせた。


凛凛を寝かせると、慌てて小瓶の中をとり中を確認する。


(最後の一個が入ってる筈じゃ。・・・・・。)


しかし、小瓶の中は空で、何も入っていなかった。徐福は、寝具の上に落ちていた二つの塊を持っている小瓶に戻すと、小瓶を凛凛から遠く離れた場所に置くと、地べたに落ちている寝具を持ち上げる。


寝具を両手に抱え、寝具のあった場所を覗き込む。其処には何も無かった。


『・・・無い。無い。無いぞ。』と言いながら、徐福は血の気が無くなりそうな気持になった。


(何処にいった。何処にいったのじゃ。)


徐福は、持っていた寝具を別の部屋に持って行き、自分の不安をぶつける様に乱暴に投げ捨てる。


慌てて又、寝室に戻り、今度は寝台の下を必死に覗き込む。


(あってくれ、見つかってくれ、落ちていてくれ・・。)と思いながら必死に探す。


しかし、徐福の思いは報われず、何も見つからない。


途方に明け暮れる徐福の横で、凛凛が利口そうな顔で何かを見ている。


それに気づいた徐福は、自分の不安をぬぐい去ろうとする様に『凛凛、お主、まさか食べていないよな。』と話しかける。


凛凛は、当然その問いには答えず、可愛がってくれる徐福へ満面の微笑みを返すだけだった。


その時、家の扉があく音がした。


『徐福様、只今帰りました。蘭華殿から、たくさんの山菜やキノコを貰いました。今日は、久しぶりにキノコ鍋にでもしましょう。』と言う声は、姜文の声であった。

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