第18話 贈り物
十兵衛が、煕子を号泣させたという噂は、瞬く間に明智城の者達の間で噂となり広がった。
二人のオジである明智光安は、頭を抱える。
当初、愛想の無い十兵衛を煕子が知り、煕子が嫌がるのではないかと心配してた光安であったが、箱を開いてみればと表現するように、囲碁をとおして仲良くなっていた二人を見て取り越し苦労であったと思っていただけに、口惜しい、光安の心境は
光安自身は、10年ぶりにあった姪っ子である煕子が、心優しく、そして気がつく女性に育っているのが分かり、既に心の中で煕子を十兵衛の嫁として見ていたので、口には出さないが、この状況を非常に落胆していたのである。
食事の時間に見る煕子の様子も、やはり今迄と違う。
何か、優しい言葉でもかけてあげたいが、娘のいない光安には、何を言えば良いのか、分からない。
『未だ、煕子殿は元気がないぞ。お主、どんなことを言って、煕子殿を泣かせたのじゃ?。』と十兵衛と会う度に、光安は十兵衛に聞くのだが、『私は何もしておりませぬ。』との一点張りである。
気がつけば、明後日には煕子が実家である妻木城に帰る日が迫ってきていた。
焦った光安は、十兵衛を自分の部屋に呼び、直ぐに煕子と仲直りする事を命じたのであった。
『もうすぐ、煕子殿も帰っていってしまう。早く仲直りをするのじゃ。何でもよい、何か女性が喜ぶ贈り物でもするのじゃ。分ったな!。』
『叔父上、贈り物と申されても、何でもよい事はございませぬ、相手を喜ばせるモノ、煕子殿は10代と
お若く、何か良いお考えは有りませぬか?。』
『そうじゃな、ワシなら甘い物でも準備するかのう・・・。』と光安はあっさりと答えた。
『安直な、叔父上に聞いた私が間違っておりました。自分で考えまする。』
『そうじゃ、ワシは年寄りじゃ、若い其方が考えた方が、良い考えが浮かぶ筈じゃ。』
伯父は、優秀なお前ならできる筈と、何時もの様にハッパをかけ、十兵衛の退室を許可したのであった。
光安の部屋を出た十兵衛は、その足で明智城の城下町を歩き煕子への贈り物を探した。
雑貨屋を何件か巡り、やっと煕子への贈り物を見つけた十兵衛は、覚悟を決めて煕子の部屋に向かったのであった。
煕子の部屋の襖の前に立ち、勇気を出して彼女を呼ぶ。
『煕子殿、煕子殿はおられるかな?十兵衛でござる。お話がしたく参上した。』
『・・・。はい、はい、姫ならここにおられます。ホラ、姫様、十兵衛様が参られましたよ。』
聞き覚えのある、侍女の声がする。
『え、お登勢、私、どうすれば良いのかしら。』と煕子の慌てる声が聞こえる。
『何を言っておられるのですか、ただ行けば良いのです。』
『男も、女子も度胸です。それが世の中の暗黙の道理ですよ、姫様。』
『お登勢、貴女、何を言っているの?まったく、意味がわからないわ・・。』
『意味など分かる必要は無いのです。行けばいいのです。さあ、ホラ!。』
『ああ、本当に世話のかかる姫様ですね、仕方が無い・・』
呆れた様な侍女の声が聞こえたかと思うと、足音が近づいてくる、そう思った矢先、ズッサと襖がと床が擦れる音がしたと思うと、襖は力強く開けられた。
『十兵衛様、お待たせいたしました。姫をお任せしますので、宜しくお願い致します!。』と何時もの様に迫力のある侍女は、部屋の奥へ行き、正に煕子を引きずってきたのである。そして廊下へ煕子を放り投げる様に押し出す。
『それでは、御二人とも楽しんできてくださいませ!。』と言うと、襖をピシャリと閉めてしまったのである。
『煕子殿、侍女殿は何時も力強いですな。ハハハッ!。』
『今日は天気が良い、もしよければ私の散策にご一緒していただけないかな?。』
お登勢の豪快な行動のお蔭で、十兵衛の緊張が取れ、上手く煕子を誘う事が出来た。
『ハイ、私で宜しければ。』と煕子は、恥ずかしさを誤魔化すように、即答したのである。
二人は、
城の近くには、桜並木があり、桜が満開であった。
『綺麗ですな。』
『綺麗ですね。』と一人が言葉を切り出せば、もう一人が同意するようにその言葉を繰り返すような、そんな会話をしながら、二人は桜並木をゆっくり歩いた。
会話の内容等、それほど重要では無かった。
美しい桜達は、その姿をみせるだけで、二人を、いやその周辺にいる総ての者を幸せにする力をもっていたのである。そこは正に伝説の桃源郷の様であった。
暫く歩き、桜を満喫した二人は、少し足を止める。
落ち着いた顔で桜を眺める煕子の様子をみて、十兵衛が煕子へ話しかける。
『煕子殿、先日は、私の心無い言葉で、其方をキズつけてしまい、申し訳なかった。許してくだされ!。』
『・・イエ、私の方こそ。変な事を言ってしまい、申し訳ございませんでした。』
謝る言葉を述べる煕子の顔は、どこか寂しげな表情をしている。
『先日、十兵衛様が言ったとおり、祝言とは、家と家の問題であり、祝言を挙げる者達の意思等入る余地は無いのかもしれませぬ。』
言葉を続ける事に、せっかく笑顔になっていた煕子の顔がどんどん曇っていく。
十兵衛は、それを止めるように、急いで語り出す。
『煕子殿、今日は一つ贈り物を持って参りました、貴女が気に入ってくれるかは分かりませんが・・。』と十兵衛は言うと、懐に持っていた桔梗の花の押し花を煕子に手渡した。
白い紙に押し付けられた青い
高価なものではないが、素朴で質素であるが、気品のある美しさが残る贈り物である。
『とても綺麗な押し花ですね。私も自分で作ってみたいですわ・・・この花はもしかして桔梗の花ですか?。』
『そうです、・・・煕子殿、御存知でしたか?。』
『ハイ、明智家の家紋でもある花ですよね。』
『良くお分かりですね。』
『それでは、桔梗の花言葉は、御存知でしょうか?。』
『・・・いえ、そこまでは。存じませぬ。』
『誠実ですよ。・・・。』と十兵衛は、優しい顔で煕子へ教える。
煕子は十兵衛にこんな優しい表情が出来るのだと驚き、そしてその表情に見惚れてしまったのである。
『煕子殿、先日私に聞かれた質問については、私と祝言を挙げる事になり、二人が夫婦になった暁にお答えいたす。それで宜しいか?今日、貴女にお渡ししたその桔梗の花に誓って、いやこの明智家の家紋に誓いまする。』と十兵衛は、そう言い、頭を下げる。
頭を下げた状態で言葉を続ける。
『こんな私で良ければ、祝言をうけてもらいたい。それが明智家の為、妻木家の為でござる。』
十兵衛の求婚を受けた煕子は、暫し沈黙をする。
『十兵衛様、やはり私の心がわかっておりませんね。貴方で良ければではありませぇん。貴方が良いので祝言を受けるのです。』
一瞬、煕子が言わんとしている事が分らなかった、十兵衛であるが、暫く考え、彼女の言っている事を理解し、驚いた様に顔を上げ煕子の顔を伺う。
『私の言っている言葉が理解できましたか。』と意地悪を言っているが、笑顔の煕子が其処にいたのである。
それから、二人は夕方まで散策続け、仲良く手を握りながら明智城へ帰ったという。
2日後、煕子は笑顔で妻木城へ帰っていったのである。
見送る十兵衛、二人の仲の良い姿を見ておじ光安と明智の者達は胸をなでおろしたという。
万事上手くいくと、その場にいた総ての者が思っていた。
しかし、煕子が妻木城へ帰って一ヵ月を過ぎた頃、妻木城からの使者が急報を持って駆け付ける。
煕子が疱瘡(天然痘)にかかり、生死を彷徨っているとの報であった。
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