死神さん

@ku-ro-usagi

読み切り

✕✕さんって人がいたんだ

両親どちらかの昔の知り合いらしいんだけどね

本当に昔に

知り合いの伝で

「お話だけでも」

って二度程保険の勧誘された

そんな程度の知り合いらしいのに

今でも

「忘れた頃に連絡するリスト」

に入ってるみたいなんだよ

保険ではなくて

某宗教のお誘いの電話がね

年に一度くらい

家の固定電話にかかって来るんだ

毎回断るのも無駄に罪悪感沸くみたいだし

(それも狙ってるんだろうけど)

話は長いし電話に出ないと

出るまで留守電に

『✕✕です、また電話しますね』

とメッセージ

ママが溜め息吐いてたからね

一度私が勝手にこっそりブロックしてみたけど

別の番号で掛けてきてた

ママがパパと話しているのを聞いたけど

他の知り合い曰く

電話が通じなくなると家まで押し掛けてくるんだって

心配したふりしてね

そして大量のチラシを押し付けてくる

集会の誘いと共に

なら電話の方がましか

ランダムに年一だしね

でもさ

何が一番嫌って

タイミングがちょうど被るんだ

必ずその人の電話の後に

親戚や知人の訃報が入るの

あと

こっちはもう言いがかりに近いんだけど

その✕✕さんからの電話のあとに

親戚や知人の訃報がなくてホッとしていると

ニュースで有名人の訃報があったりさ

(老衰じゃなくてね、大概事故とか自○とかね)

とにかく

嫌なことが起きるんだ


この間

たまたま私が出てしまった時に

保留を押してたつもりだったのに保留になってなくて

それを知らずに

「ママー、死神さんから電話」

ってママを呼んだんだ

ママは

「こら、やめなさい」

って眉を寄せてきたけど

本当のことじゃんね

また誰か死ぬよ

私までお葬式出なきゃいけない人なら面倒だな

なんて思ってたら

電話はあっさり終わった

「珍しいね」

って言ったらママも少し訝しがってた

それくらい長いし粘るの

こんなの初めてだもんね

でも

次の日だったよ


昼休みに母親から電話来てさ

「○○さんが亡くなったって。ママ、ちょっと病院まで行ってくるから」

って

(わぉ、死神さんの仕事早いなぁ)

て思ったよね

「パパは?」

『仕事場から行くって』

そっか

私は不謹慎にも

バタバタしてるし夜はピザとかウーバーかなとかちょっとウキウキした

でもそう言えば

○○さん

えっと

誰だっけ?

パパと○○さんは昔からあまり反りが合わなくて

でもお互いそれを分かっているから

大人になるにつれて距離を置いて

会うことも滅多になかったと聞いてる

私はさ

誰かの葬式で会った時に

「お久しぶりですね、Wさん」

って

幼い私にも必ず敬語でお話をしてくれる人だったから

嫌いじゃなかったな

そこまで思い出せるのに

交流無さすぎてなのか名前が出てこないし顔も思い出せない

(うーん、確かお葬式は出ないといけない人だよね)

って思いながら学校から徒歩での帰り道

家のすぐ近所に

ベンチしかない小さい小さい公園があるんだけど

そこから

「Wちゃん?」

って私の名前を呼ばれた


そのしゃがれてるくせに甲高い声には聞き覚えがあった

つい最近

あ、昨日だ

公園の名前も知らない木の下のベンチから立ち上がったのは

鶏がらみたいな小柄なオバサンで

昨日私が

「死神さん」

と呼んだ人の声だった

「あ、こ、こんにちは」

私は

まだ中学生だから

仲間内では死ねとか殺すとか冗談で普通に言うし

死神も渾名みたいなものに近かったんだ

でも

この人

✕✕さんにはそうじゃなかったみたいなんだ

後で知ったけど

この人が連絡をすると身近な人が死ぬ現象

我が家だけじゃなかった

それでね

そんな話が✕✕さん本人にも

まことしやかに届いていたのに

自分の信じる生き神を広めようとすることはやめなかったんだって


✕✕さんは

「生き神様へのお布施分を少し自分の栄養に回したら?」

と言いたいほど鶏がらってた

常日頃から

「アイドルの○○ちゃんくらいに痩せたーい!」

が口癖の自分でも

「謹んでご遠慮申し上げます」

ってくらいガリガリでさ

髪も掴んだらパリパリッて崩れそうなカサカサ具合のザンギリ頭

そもそも

この人一体歳幾つなんだろう

ってぼんやり思ってたら

「これねこれ、ほら昨日あまりお話出来なかったから」

って重そうな鞄から

くしゃくしゃになったチラシをカバッと取り出してさ

もう次の資源回収に纏められてる所想像しながら

渋々受け取ったら

「ねぇ、死神って何かしら?」

って

書類から手を離さない✕✕さんが私を見てきた

「えっ?」

って返しちゃったら

「ほら昨日私の事を死神さんって言ってたから」

って妙にギラつく窪んだ目が見つめてきて

「その、聞き間違い、だと思います」

って無意識に書類から手を離したら

足許に

『恵まれない子に』

『癌が治った奇跡体験』

『本気のお布施をしてみませんか?』

みたいな文面や写真がプリントされたチラシが散らばった

それが何だか凄く気持ち悪くて

「うわっ」

って思わず声を上げちゃったんだ

なのに

✕✕さんは微動だにせず

冬の西陽を浴びて

その場にただ立ち尽くして私を見ていた

あれ?

なんか

なんかこの人普通じゃない

もっと言うと

おかしい、変、怖い、異常

ここいら辺を引っくるめた歪な塊に見えた

それに

会ったことのない私のことをどうして知ってるの?

能天気な私は今更それに気付いて

でも周りには誰もいない

しんとした住宅街

遠くで廃品回収車の音楽が微かに聞こえるだけ

鶏ガラさんは微動だにしないし

ただただ怖くて怖くて

どうしようどうしようどうしよう

逃げようかでもどこにと震える足に力を入れた時


車のエンジン音がした


振り返ったら

白い特徴のないセダンがゆっくり走ってきたんだ

散らばったチラシを見て停まってくれないかなと思っていると

願いが通じたのか車は停まってくれた

そしたら

運転席から男の人が出てきて

「どうしました?」

って声を掛けてきたのは

父親の兄の伯父さんだった

私に気付くと

「おや、お久しぶりですね、Wさん」

おっとりと挨拶してくれた

私はもう言葉にならずに

救世主だと

半分泣きべそかきながら伯父さんに駆け寄ると

「あぁ、そうでした、実はさっき君のお袋さんと会いましてね、

駅で買い物をするって言うから

君を駅まで乗せて来てくれと頼まれてたんです」

今思えばさ

強引でだいぶ無理があったんだろうけども

私はとにかくただチラシの中で直立したままの✕✕さんから逃げたくて

「あ、行く行く、乗せて」

と助手席に乗り込むと

伯父さんも✕✕さんをちらと一瞥してから運転席に乗り込んだ

伯父さんも鶏ガラさんが変な人って解ってるのかな

伯父さんはシートベルトも着けずにバックし始めて

シートベルトの未装着の警告音が鳴る中

狭い住宅街の道を器用にバックして✕✕さんの視線から逃れると

(怖かった……)

私はやっと呼吸ができた気がした

車はすぐに大通りに出て

伯父さんは私を駅前まで連れてきてくれた

その間

伯父さんは何も言わず何も聞かずで

ただニッコリと微笑んでるだけだった

私は礼を言って車から降りると

助手席の窓を下げた伯父さんが

「またいつか会いましょうね、Wさん」

って他の車やタクシーに紛れて

駅前のロータリーを回ってそのまま走って行ってしまった

それで私は初めて

伯父さん?

あれ?

何で行っちゃうんだろう?

一緒に買い物しないの?

そもそも何しに来たの?

って

凄い違和感を覚えた


私は回らない頭をぐるぐるさせながら

人で賑やかな駅前通りを抜けて

ママと買い物帰りによく寄る

パパへのお土産買う和菓子屋さん

外にちょこっと並んだベンチで食べられる和菓子屋さん

店員さんと顔見知りなのもあってさ

今はとにかく知ってる人に会いたくて安心したくて

いつもの店員さんに挨拶して少しホッとしてから

苺大福を注文してからベンチに座った

(えっと……待って、ママは今は仕事中で)

仕事中?

違う

仕事中じゃないんだ

だって

「お昼に伯父さんが部屋で亡くなってるのが見つかってね

心臓の発作だって、事件性とかはなさそうだから」

そうだ

隣の県に独身で1人でマンションに住んでた伯父さん

パパとは兄弟でも反りが合わなくて

お互い大人だからとそれぞれ距離を置いてる2人

兄弟で仲の良くない辛さや面倒さを知ってるから

私は一人っ子なんだっていつか聞いたことがある

でもさ

その

すでに亡くなってた伯父さんが

なんで車でやってきて

私をあの✕✕さんから助けてくれたんだろう

夢?

いつから?

今も?

私は大きく深呼吸すると

とりあえず運ばれてきた苺大福を頬張った

柔らかくて甘くて甘酸っぱくて瑞々しい

ちゃんと味が分かるし美味しいから

私は普通に生きてるみたいだし夢でもないっぽい

夢だと何食べても砂の味するもんね

それで

サービスのお茶を貰って飲んでいたら

空気を呼んだようにポケットのスマホが振動した

私は指に付いた大福の粉を

制服のスカートで拭ってからスマホを取り出した

電話をかけてきたのはママだった

通話押したら

『今どこ?まだ学校?ちょっとね、今、家の近所がバタバタしてるから』

って少し早口だった

駅近の和菓子さんにいること伝えたら

学校から反対方向でだいぶ遠いのにも関わらず

『それなら後で迎えに行くからもう少し待ってなさい』

ってなぜそこに居るのかも問われずに慌ただしく切られた

なんだろう

でもママがお会計持ってくれるならと

どら焼も追加して食べたけど

ママが迎えに来てくれたのは

それからゆうに1時間も経ってからだった

その間に

手持ちぶさたを理由に季節の和パフェも頼んでしまった

超美味しかった


車で迎えに来てくれたママの話だと

連絡受けてから伯父さんが運ばれた病院行って

亡くなった伯父さんと対面して

これからの事を話して

パパは仕事に戻るってまた会社へ行ったけど

ママは早退にしたんだって

それで家に帰ろうとしたら

あの例の公園の前がざわついてて救急車も到着してて

何事かと近づいたら

大量のチラシの中に人が倒れてて

それがあの死神さん改め鶏ガラさんだった

「えっ?……あの人どうなったの?」

「亡くなったって」

死んだ

あの後?

あそこで?

私が逃げたから?

鶏ガラさん1人にしたから?


ママは私には話すか迷ってたみたいだけど

私が鶏ガラさんに待ち伏せされていたこと

(待ち伏せだよね、あれ)

でも伯父さんが来てくれて助けられたこと

でもでも

そのせいでもしかしたら

鶏ガラさんが倒れたか何かした時に

私が逃げなければ

助けられたのかもしれないと

パニックになりそうになりながら捲し立てると

ママは


「あの✕✕さんを紹介してきたのは、伯父さんだったの」


って教えてくれた


昔々大昔に

伯父さんはあの鶏ガラさんを好きだったみたいで

(鶏ガラ前は結構な美人さんだったらしい)

恋は盲目

伯父さんは鶏ガラさんの役に立てるならって

仕事でもプライベートでも本当に沢山の人に鶏ガラさんを紹介したらしいんだけど

結局さ

保険云々より本当は宗教の方だったから

物凄く色んな大勢の人に

「地味だけどちょっと嫌な縁」

を結びまくって鶏ガラさんはその縁を欠かさず繋ぎ止め

年月が経つにつれ

結局鶏ガラさんは周りから死神やら疫病神の異名まで付けられる様になってしまった

最近は

電話もそこそこにアポ無しで誰の彼のと構わず家に押し掛けては

ギラギラした目で

信仰を説いたり強制したりしてちょっとおかしくなってたって

我が家に来たのも

おかしくなってからの習性だったみたい

「うちから1つ目の角の家に住んでるお婆さんいるでしょ」

「うん」

「あのおばあちゃんがね

✕✕さんが

あそこで1人で話しているのを見たそうなの

『あら○○さんっ?お久しぶりね、まぁ一緒にお食事?』

『勿論いいわ、でも私今日はお洒落していないのに』

『やだもう、そんな事言って、でもお世辞でも嬉しいわ』

こんな感じの事を話してたんだって

見た目とは想像も付かない若いハキハキした話し方で

誰もいない空間に向かって嬉しそうに笑いながら

ゆっくりとチラシの上に倒れていったって」

救急車が到着した時にはすでに絶命していたし

もういつお迎えが来てもいいくらい身体はボロボロだったと

だから私は悪くないってママは言ってくれた


私は

なんだか色んな意味で脱力した

✕✕さんは私が逃げたから死んだ訳じゃないって安堵も大きいし

伯父さんは

私を助けに来たんじゃなくて

✕✕さんを迎えに来たんだってこと

「一緒に天国へ行きましょう」

って

そうだよね

ほとんど会ったことのない姪っ子を積極的に助ける理由ないもんね

ただあそこに私がいたら邪魔だった

それだけ

でも

それでも

あの時はおしっこ漏らしそうな程怖かったから

伯父さんには感謝してる


伯父さんと✕✕さんがどうして上手くいかなかったとかは

全然分からないけど

(✕✕さんは同じ宗教の人と結婚してたみたいだから色々あるんだろうね)

伯父さんと✕✕さん

今度こそ

天国で2人で幸せになればいいねって思ってる


本当に思ってたんだけどね


半年後かな

また電話が掛かってきたんだ

しゃがれてるくせに甲高くてやたら早口で捲し立ててくる

死神さんからの電話が

『一度だけでいいのよ一度だけでも来てくれればきっと分かるから!ね?いらして?それとね、え、都合が悪い?なら規模が小さい集まりがあるの、お友達も増えるし料理教室はどう?なんならご家族で一緒に、今の時代不安なことだらけ、でも大丈夫、この壺があれば御仏壇があればお札が健康食品がブレスレットがお布施すればお布施をすればお布施さえすればお布施をお布施をお布施をお布施お布施』



宗教って怖いね







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