不止水牛群VS巨大隕石

白夏緑自

第1話

 A.K《Annus.Kaiser》387年7月21日。紀年法がいくつも代替わりしても未だ地球に住まい続ける人類はこの日、皆が空に注目していた。

 なぜなら、不止水牛群全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れと呼ばれる、バッファローの群れが地球へ飛来する隕石へと今まさに突進しているからだ。

 

 この不止水牛群は長く地球に生息していた、れっきとした生物だ。

 どうして生物が宇宙服(もっとも水牛用の宇宙服は存在するのか甚だ疑問だが)も着こまずに宇宙で活動できているのか説明する前に、まずは不止水牛群と人類の出会いから紹介するべきであろう。

 

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが初めて観測されたのは、西暦の中間地点。2,000年代の始まりの頃だ。

 オーストラリアの端っこで奇妙な30頭ほどの水牛バッファローの群れが発見された。

 その群れはとにかく止まらなかった。スピードは大したことないが、ただひたすらに走り続けて、睡眠はおろか食事や水分補給の素振りすら見せない。

 現地の学者もすぐに調査へ乗り出し、水牛の群れの特性に驚愕するまで1日もかからなかった。

 

 水牛はその走行を邪魔する物を全て破壊する。

 捕獲のために張った網は簡単に破ることは当たり前。進行方向に生えた大木、戦車さえも破壊して見せた。

 この事実に驚愕すると同時に、学者は次の問題に直面した。


「市街地へ出たらどうなってしまうのか」

 かくして、問題はすぐに解決した。

 否、受け入れるしかなかった。


 水牛の群れは全てを破壊して進む。民家もオフィスビルも、政府の重要施設も全て破壊された。

 正面がダメなら横っ腹ならどうだ、と弾丸や戦車砲を打ち込んでもダメ。

 誰も水牛の群れは止められない。こうして、大陸の半分を通過するころには政府も捕獲と駆除を諦めていた。もう、なるようになれ、である。


 ただ、どれだけ凶暴かつ強靭な水牛だろうと人類全体はあまり危険視をしていなかった。

 所詮、水牛と言っても陸の生物。さすがに海に飛び込めば溺死して進行を止めるだろう。生きているうちに捕獲して観察できないのは惜しいが、死体を回収してゆっくり解剖でもすればいい。そう考えていた。常識的な範囲であれば、もちろん正しい。

 

 正しいはずの考えを水牛の群れは何食わぬ顔で破壊した。

 水牛は海を渡った。

 正確に、その足で。

 

 海水に浸かり、泳ぐなどまどろっこしいことはせずに、ただひたすら海水の表面を大地が如く蹴りつけて水牛の群れは前進した。

 前進し、海を渡った。

 

 陸から海へ。海から陸へ。

 水牛の群れが通過するたび各国で捕獲と駆除、様々な実験が試された。

 そうしてわかったのは、この水牛の群れはとにかく進行を邪魔する全ての障害を破壊すること。例えば、水も炎も、真空状態でも水牛たちは走ることを止めなかった。

 落とし穴を掘って、閉じ込めるのはどうか、と言う案も出た。しかし、地中に落ちた水牛が地殻を破壊することでの影響も鑑みてすぐに反対・却下された。


 おおよそ考えられる実験もやり尽くされ、水牛が地球を3周ほどすれば研究者たちの興味もニュートリノに移ろい、不止水牛群全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの名前と、彼らの進行方向に障害物を設置しないルールが設けられて、人類は共存の道を取ることにした。


 かくして、時代は途方もなく進み、人類は幾度かの新世紀を迎えながらも不止水牛群との共存を続けてきた。


 時代はそこからさらに進ませ、さらにA.K386年の2年前に遡る。

 A.K384年2月21日。地球へ大質量の隕石が飛来して、このままいけば直撃が免れないことがわかる。


 西暦時代から生み出され続けたSF作品なら、人類はとっくに地球を捨てて宇宙の民となっているはずだったが、A.Kの人々は未だ重力に繋がれた奴隷であった。それどころか、地球史において、A.Kの時代はかつての全盛からひどく衰退した、いわば全てが逆行した時代であった。技術レベルも文明レベルも不足していた。

 2年の間に重力の鎖を断ち切って、新天地へ目指せる見込みもない。差し当たって、人類絶滅を回避するためには隕石をどうにかすること外ない。

 

 この時代の時点で、不止水牛群は列車と同じ類だった。当たれば即死を免れないが、進行方向にさえ出ていかなければ、怯える必要もない。半ば、無視するような扱いをしていた。


 しかし、ここで、ただ人類は幾百年ぶりに不止水牛群に注目を向ける。

 

 すべてを破壊するバッファローの群れを隕石にぶつけてみてはどうだろうか。すべてを破壊すると言っても、坂などの地面の隆起には従う。さらに、真空状態でも走れることは大昔の研究でわかっている。


 荒唐無稽だったこの案はミサイル開発の失敗を重ねていよいよ本格的に始動した。


 紀元前にピラミッドが建設されたように。いくら人類の文明と技術のレベルが低くても、その気になれば大概のものは作れるのである。


 ましてやこの時、不止水牛群のために作ったのは坂だ。柱を立て、床を繋げる工法から橋と呼んでも良いかもしれない。どちらにせよ、コンピューターと重機の無い時代に精巧なピラミッドを建造するよりはるかに簡単な工事だ。


 不止水牛群を隕石にぶつけるための坂──あるいは橋は水牛の速度や角度、地球の自転など様々な計算を要したが、紀元前3000年と違いA.K時代にはひとまずコンピューターがある。

 人類は火事場の馬鹿力と知恵を振り絞って、完成して見せた。

 不止水牛群が橋のスタート地点に到達する1日前のことである。


 A.K385年6月10日現地時間14時24分。“アマノハシダテ”と名付けられた橋に不止水牛群の全頭が足を乗せた。彼らは橋を破壊することなく、天を目指し始めた光景は全世界に中継され、全人類の方向が地球を揺るがした。


 そして、A.K387年7月21日“アマノハシダテ”設置場所現地時間2時32分。いよいよ、地球を滅亡と導かんとする隕石と、幾年、幾百年、幾千年と地球にて人類と共存した全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが衝突する。

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