地上最強のハンターそのなかでも俺、最弱かも

フジノハラ

第1話


意識が朦朧としてはっきりしないなか、クゥーンクゥーンと甲高い鳴き声が四方八方から聞こえてきた。視界は真っ暗で定かではないが、土や草の匂いの他に強烈な獣臭がする。そんななかで微かに甘い香りがする。お腹が無性に減っていて、思わずその匂いを辿った。

思いの外その匂いの元はすぐ側にあり、匂いを嗅ぎ、本能のままにしゃぶった。

四方八方から聞こえていた鳴き声の持ち主達も同じようにこの甘い匂いのするものをしゃぶっているようだった。

お腹が満たされると今度はすぐ睡魔が訪れた。

眠りが浅くなると、瞼の上を優しく撫でる様な感覚が一定間隔で過ぎていった。なんとなく、母親の温もりを感じて安心してまた眠りについた。

そんな事を繰り返しているうちに、目が開く様になった。

初めて視界に飛び込んで来たのは、薄暗い穴の中で子犬の様な生き物がひしめいていた。

どうやら、こいつらは俺の兄弟たちらしい。

まだ、乳飲み子ではあるが目が開き、そこそこヤンチャになってきた俺たち兄弟は今日、念願叶って初めて巣穴から出ることを許された。

初めての外に大興奮の俺たちは草や花の匂いを一生懸命に嗅ぎ、追っかけっこや、群れの大人達の後を訳もなく着いて回った。

そして気がつけば俺は、花の匂いを嗅いでいたら虫を見つけ、その後を追いかけているうちに群れから離れてしまったようなのだ。

(あ、ヤバい、戻らないと不味いんじゃ…)と、不安にかられていたところで、牟礼の大人たちの姿が見えてきたのだ。

これで一安心とおもいきや、大人たちは一目散に俺のいる方向とは違う方向に走って行くではないか。

不思議に思い、後を追いかけていくと、その先には水牛(バッファロー)の群れがあった。

大人たちは水牛の子供を狙って狩りをし始めたのである。

逃げ遅れた水牛の子を取り返そうとする大人の水牛たちであるが、それを阻むように、俺の群れの大人たちが威嚇する。

その最中にも水牛の子供を左右から挟み撃ちにして襲っているのだ。

その様子を遠くない場所から手に汗握りしめながら観戦していた。

(おおっ!すっげー!狩りカッケー!!)

思わず勝利の歓声を挙げた俺を一斉に大人たちが見つめる。

それにビックリした俺は後ろにたじろぐが、

大人のバッファローになると1トンもの体重があると言われる。その巨体が今まさに粉塵を撒き散らし、一斉に水牛(バッファロー)たちがこちらに向かってくるではないか。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ!

そんなものにどつかれたらひとたまりもない、辺りを見回し、何処か避難できる場所を探す。

俺の群れの大人達も気づいてくれたのか、こちらに向かってくるも距離的に間に合うか分からない。

俺はバッファローに背を向けて大人たちの方に走る。

それでも、後ろから地面を揺らす振動と硬く重い蹄の音が刻々と近く。

死の恐怖で身がすぐみそうになるのを叱咤して駈ける。

もうダメだと、諦めそうになったとき、大人の誰かが

「そこの木の上に逃げろ!待ってろ!直ぐに助ける!」

そう声が聞こえた。

走る先に見つけた木に飛びつくように俺はなんとか登った。

僅差でバッファローの角の餌食にならずにすんだが、水牛たちは木の周りを取り囲み俺が力尽きるのをまとうとしている。

暫くすると、俺の群れの大人たちがやって来てくれた。

それから、どれくらいの時間が過ぎたのか分からないが、俺にとっては長い長い時間をバッファローとの睨み合いと威嚇で少しづつバッファローは後退していき、遂に俺はバッファローの魔の手から救われたのであった。

それから俺は、大人たちからこってり絞られて、暫くは群れから離れないように、大人たちから目をつけられるはめになる。

その時にきいたのだが

「おじさんたち凄かったね!あんなにおっきな水牛たちをおいかえしちゃうなんて!」

「当たり前だろ、私たちは地上最強のハンター“リカオン”なんだから。お前だって、大人になれば群れのためにこれから水牛と戦う事だってあるんだぞ」

「えっ!?俺もう、あんな怖い思いしたくないよ〜」と、しっぽを股の間に丸めて言う。大人リカオンは笑いながら、俺のしりを小突く。

思わず振り返る俺は、大人たちの顔を今日初めてまじまじと見た。

精悍な顔。大きな耳がピンとたち、茶色と黒の毛、足は白い毛に黒の斑模様ですっとした姿をしている。牙はそれ程大きくはないはずなのに、あれ程大きなバッファローと渡り合える大人たちをおれは尊敬せずには居られなかった。


***


それから、大人とまではいかないが大きくなった俺は、大人たちと一緒に狩りに行けるほどに成長した。

リカオンの狩りは群れで1頭を確実に狩っていく手法だ。

威嚇、陽動、囲い込み、それぞれに役割がある。

今日の最初の狩の相手はヌーだった。

俺は、囲い込みをするメンバーだったんだが、逃げ場を求めたヌーは何故か俺の方に突進してきた。咄嗟の事とはいえ、普通であれば、威嚇もしくは牙を突きつけるべき瞬間に俺は、あの時の事がフラッシュバックして見がすくみ、何も出来なかった。

あの、“全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ”を思い出して狩りの時は足を引っ張って仕舞うようになってしまったのだ…。


“地上最強のハンターのなかで俺は最弱だった”


いつか、このトラウマを克服できる時がくることを願うばかりである。

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