マズルギさん
真観谷百乱
ケースA 栗原未可子[1]
田端七絵が事故で入院した。
歩道に乗り上げた高齢ドライバーの車に撥ね飛ばされブロック塀に叩きつけられたという。
命に別状はないらしいが怪我はかなり酷いようで、少なくとも2ヶ月以上は入院になるとの話。
朝礼での担任のその報告を聞きながら、一宮鈴子は通路を挟んだ隣の席を横目でちらりと見た。
その席の主、栗原未可子。
うつむいた彼女の横顔は──明らかに笑っていた。
にんまり、と。
(まあ・・・・そうなるよね)
鈴子には彼女がそんな表情になる理由が分かっている。
田端七絵は一言で言えば性悪。
自己紹介で「趣味はイジメなんですぅ」と言ったとしてもすんなり頷けるような、根が腐ってる女だ。
そして栗原未可子は昨日までその悪意のターゲットの1人だった。
(!?)
鈴子の視線に気づいたのか、うつむいたままこちらに少し顔を向けた未可子が右手で小さくピースをした。
笑いを噛み殺した表情で。
苦笑い、を鈴子は返した。
────────────────────
「因果応報ってやつ」
昼休み。
サンドイッチを食べ終え、借りていた本を返却しに図書室に行くため教室を出た鈴子を追ってきた未可子が後ろから肩越しにそう言った。
「え・・・・あ、まあ・・・・」
「ふふ」
人の顔つきが短時間でこんなに変わるのかと驚くほど彼女は清々しく明るい表情になっている。
自分をとことんいたぶっていた悪魔が一時的にでも目の前から消えたことがそうとうに嬉しいのだろう──鈴子はそう思った。
M高等女学院、2年B組、田端七絵。
ロックオンした相手の心身がズタボロになるまで追い詰めるサイコ女。
学院長の従姉妹の娘だというポジションと、兄が武闘派ヤンキーという後ろ楯を傘に好き放題やらかす田端に正面から物を言い抵抗や反撃が出来る者はいなかった。
そして未可子はほんの昨日まで第一ターゲットだった。
自ら命を絶つ方へと転がらなかったことが不思議なほどの悲惨。
わざと転ばされて負った怪我の傷跡も頬に残ってしまっている。
「何も出来なくてごめんね」
母親同士が同じショッピングモールで働いている関係でそこそこ仲良くしている鈴子が田端から守る行動にも出られない自らのヘタレを詫びた時、未可子は言った。
「ぜんぜん気にしないでいいよ。私を庇えば次のターゲットにされるだけだし。それに──」
「?」
「オチは見えてるから大丈夫」
「オチ?」
「うん」
「??」
「たぶんもうそろそろ・・・・終わるから」
「え?」
教科書は破られるわ、弁当箱は教室の窓から投げ捨てられるわ、靴の中には接着剤を入れられるわ・・・・数々の悪意の暴走に痛めつけられてきた彼女がどうやって"終わらせる"と言い切るのか言い切れるのか、その時は正直わからなかった。
そしてその会話から半月経った今。
田端七絵は入院し、教室から消えた。
「ほんと凄いわ、マズルギさん」
図書室までついて来た未可子がひとりごちるように言った。
「え? 何? マズ?」
「マズルギさん」
「えっと・・・・誰?」
「まあ知らない、か」
「う、うん、誰なの?」
「救世主」
「救世主??」
「そ、私の救世主」
「・・・・」
マズルギさん──聞いたこともない名。
そして救世主という言葉。
含みのあるいかにも満足げな表情で鈴子を見る未可子。
もしかして田端七絵の事故と何か関係が?
「ひょっとして、田端の──」
「知りたい?」
「え? あ、まあ・・・・」
「いいよ。じゃ、放課後に」
「・・・・わかった」
何故だろう。
つい昨日までイジメ倒されていた彼女の、憑き物が落ちたかのような澄んだ瞳に一瞬、怖さにも似た気持ちを感じてしまう鈴子だった。
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