第10話 ありえん魔法の命令

 甘酸っぱい幸せが続けば良いと思った次の日の朝。

 カーテンからの朝日が部屋に差し込み、パチリと目を覚ます。

 外は快晴。

 天音さんの笑顔のおかげで今日も元気。


 そういえば、昨日の名前を呼び合ってお互いに恥ずかしくなった後、【聖愛の契り】について補足の説明をされた。


 【聖愛の契り】とは簡単に言えば、生涯独り身だった女神エルマ様を介して契約を結んだ男女を強制的に恋人にして、イチャイチャする命令を下すということなのだが、実は命令をこなしていくうちにエルマ様から魔法を授けてもらえるようになるらしい。


 天音さんによると、習得できるのは強力な神聖魔法。


 現実世界で魔法を習得とか、まじでファンタジーも極まるね。

 

 というか、聖女の加護による身体能力強化に、魔法も使えるようになったら、そろそろ俺も現実世界最強になってしまうかもしれないな。


 そんな夢と希望を胸にグッと背伸びをして、辺りを見渡す。

 

 俺の部屋は昔から変わらず、漫画やラノベ、DVD、そして、美少女関連グッズなどでいっぱいである。昔からのキモオタ具合は変わっていないな。

 俺は机の引き出しを開けると、あの時七瀬さんに踏みつけられた黒髪清楚のヒロインのカバーイラストが入っている。


 この子は俺が肉体改造をする時に体力がなさ過ぎてやめたくなった時も、隅っこで一人寂しい生活をして息苦しい時も支えてくれた俺の心の嫁であり、決して手放すことはできない。


 天音さんの顔が俺の脳裏に浮かんだ。

 

 昨日の笑顔が頭から離れない。本当に俺は幸せ者だよ。

 

 学園カーストトップ、いや、もしかしたら全人類のカーストトップ層にいるお方から毎日笑顔を貰えるのだ。

 それだけで毎日が充実してしまう。

 

 このラノベのヒロインが俺を励ましてくれたから天音さんとの今がある。

 本当に感謝してもしきれない。

 

 今日も一日気分よく過ごそうと身支度をしていたら、不意に頭の中に命令が来た。


【一日以内に、パートナーに愛の言葉を伝えなさい】

 

 ははは、なんたるクレイジー。

 これって告白をしろって言っているようなものじゃないか?

 いや、恋人なら毎日、好きくらい伝えているって?

 キスができたなら、それくらい伝えられるって?


 俺たちは魔法の強制力でラブラブカップルのようなことをしているだけで、まだ本当の恋人同士でもないのだ。

 簡単に好き好き大好きなんて言えないだろ……。

 命令が下ったのは、朝の七時。期限は明日の朝七時まで。


「どうすんだ、これ……」


 俺は悶々としながら、ランニングを終え、学校へ向かった。


         ☆


 八時頃、生徒会室に着き、ドアを少し開けると人の気配がした。

 どうやら天音さんが先に来ていたらしい。


 だが、少し様子がおかしい。

 クッションをぎゅっと持ったままソファーに座って、何かを考えては顔を赤く染めてクッションに顔をうずめ、足をバタバタさせる。それを数回繰り返した後、俺に気づいた。


「来ているなら言ってください!」

「ご、ごめん!」


 俺は苦笑いをしながら生徒会室に入る。

 天音さんがポンポンと自分の隣を叩いた。


「お隣……どうぞ?」

「あ、ありがと」


 天音さんの隣に座る。そのまま少しの間、静寂な時が流れる。

 お互いに何かを言い出そうとしているのだけど、言えないもどかしさ。

 そりゃ、朝っぱらの生徒会室で愛を伝えろとかハードル高過ぎてできないわ。


 今ここで天音さんに【愛している】なんて安い言葉を吐いたら、命令はクリアできるかもしれないが、【え、キモいです】とか言われちゃいそうだ。

 

 それこそメンタル崩壊だし、タワマンの屋上から飛び降りるわ。

 キモい……か。

 急に中学時代がフラッシュバックした。

 

 七瀬さんには色々と言い返しはしたが、自分をさらけ出した初めての告白を一蹴されて笑われるのはトラウマでもある。また、酷い断られ方をするかもしれないという恐怖が頭をよぎってしまう。

 

 あれから二年が経ち、俺の見た目は変わったけど、中身は……。


「大丈夫ですか? 少し顔色が悪いですよ?」


 そっと、天音さんの手が俺の頬に触れた。

 温かい。死にかけた俺の命を救ってくれた手。

 命の恩人である天音さん。

 そんな彼女のことが嫌いなわけがない。むしろ、好きだ。

 ファンの人が思っている以上に、この世界の誰よりも大切にしたい。

 そうだよな。

 どうでもいい過去を気に掛けるより、今、目の前に続く先の未来を掴むべきだ。

 そうしないと俺と天音さんが廃人になるし。


「ありがと、ちょっと楽になった」

「?」


 天音さんは首を傾げた。


「今日の命令についてだけどさ」

「パートナーに愛の言葉を伝える……ですよね」

「……うん」

「……私たちは出会って一週間ほどでありまして、いや、正確には私が転入した時から出会っているので一ヶ月と一週間くらいですね! 確かに私たちはもうキスを終えている身ですが、成り行き上そうなっているだけで、魔法のせいで……順番が逆になっているというか……どうすればいいか分からなくてずっと悩んでいて……」


 お互いの沈黙から察するに考えていることは同じみたいだった。

 時計の針が刻々と時間を刻んでいく。

 もたもたしていたら、一日はあっという間に過ぎてしまうだろう。

 このまま行くと廃人コースまっしぐらだ。

 ならば――、行くしかあるまい。


「今日一日。一緒に過ごそう」


 そうだ。日和ひよっている場合じゃない。

 そこからきっかけを掴むしかないだろ。


「……それはデートしようってことですか?」

「そ、そうだね」

「学校は……どうしますか?」

「俺たちには良いカモフラージュをする方法があるでしょ?」

「……っ! そうでしたね」


 天音さんは鞄から手のひらサイズのデッサン人形を取り出す。

 そう、【模造人形ダミードール】である。

 人形が一日、俺たちに化けて過ごしてくれれば問題ない。

 

 天音さんはデッサン人形の胸の部分をパカリと開ける。そして、自分の髪を一本抜いて胸の中にしまうと大きさ、見た目、雰囲気、全てをコピーした天音さんと瓜二つの人間が出来上がった。

 もう一体のデッサン人形を天音さんから渡される。

 俺も天音さんに習って同じようにすると、一瞬のうちに俺が出来上がった。

 

 す、すげー!

 魔法でDNAとか何かを読み込んだりしているのかな!


「私たちはこれから出かけてきますので、いつも通り学校で私たちのように振舞ってください」


 人形たちはこくりと頷くと、生徒会室を出て行った。

 頼んだぞ、人形たちよ。上手く風紀委員の眼を欺いてくれ。

 始業の鐘が鳴った。


「……じゃあ、行こう!」


 俺は天音さんに向かって手を差し出す。

 天音さんはその手を取り、学園の裏口からこっそりと二人で学校を抜け出した。

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