第7話 ※やべー先輩を捻じ伏せます


「どうして俺が謝るんだよ!」

「あなたは自分が人を傷つけたことも理解できないのですか?」

「俺が先に傷つけられたんだわ。あぁ、いてぇ、いてぇ」

「そのことに関してはこの子は十分に謝ったと思います」

「だから、さっきから謝罪だけじゃ足りねーって言ってんだろ!」


 天音さんはふぅとため息をつく。


「では、あなたはか弱い女の子に謝られたのにぶつかられたことすらも許せない心の狭すぎる男性ということでよろしいですか? しかも、追い打ちをかけて暴力を振るうとんでもクレーマークソ野郎」

「――――っ‼」


 煽るような天音さんの返しが先輩の沸点を引き上げる。

 先輩の眉間にしわが寄る中、ニタリとその顔が悪い笑みを浮かべた。


「あぁ、そうさ! 俺は心の狭いとんでもクソ野郎さ‼ それは否定しねぇ。だが……、てめぇがここにいるせいでこうなったのが分からねーのか⁉」

「?」

「てめぇがこの無能共をカフェテリアに集めているから邪魔になったってことだよ‼ てめぇがいなければ俺はこの女にぶつかられることはなかったんだよ‼」


 カフェテリアの席は自由席だ。早いもの勝ちであり、席は争奪戦になることも多い。そんな中でも天音さんのファン達は周りに気を使っており、隅っこで慎ましく天音さんとの昼食会をやっていた。


 確かに天音さんがカフェテリアにいなければ、先輩と女子ファンが接触することはなかったかもしれないが、そんなのは結果論に過ぎない。

 天音さんがいなくても偶然人とぶつかる可能性だってあるからだ。

 

 というか、ぶつかったことくらい当事者間で謝れば済むことじゃないか?

 

 それに天音さんだってカフェテリアにいて良い権利はあるし、天音さんのせいとは難癖も良いところだし、やっぱりクレーマークソ野郎だろう。


「だから、ついでに、お前も俺に首を垂れろ。地べたに頭をくっつけて、私のせいであなた様を傷つけてしまいましたーって! そしたら、謝罪だけで許してやるよ」

「なら、結構です」

「は?」


 天音さんは先輩を無視して、ファンの子に「大丈夫ですか?」と手を差し伸べる。


「おい、良いのか⁉ それで良いのか⁉ 本当に謝らなくていいのかぁ⁉ 俺のことを無視したらどうなるか分からねーぞ! こ、この学校にいられなくしてやるぞ⁉」


 謎の脅しをかける先輩。

 だが、先輩の声は天音さんには届いていなかった。天音さんは女の子を保健室に誘導するよう手配している。

 対する先輩は、無視されていることに怒り心頭だった。


「俺を無視するなよ‼ 俺の方を向いて謝れぇ‼」


 どうやら自分より上の者を無理やり跪かせて、自分のちゃっちいプライドでも満たしたかったらしい。

 だけど、それはもう無理だ。

 

 先輩がファンの子を傷つけた時点で勝敗は決していた。先輩を相手にする人など周りにはもういない。四面楚歌しめんそかの状態であり、覇気を失っていた他のファンの子たちも睨みつけている。


 女の子がカフェテリアを出ていくのを見届けた天音さんは、ふぅと大きくため息をついて言った。


「まだいたのですか?」

「っ⁉」

「あなたって人は……本当に可哀想な人ですね」


 とても寂しそうに、そして、憐れむように。

 天音さんの言葉と表情を見た先輩の顔がどうしようもなく歪んだ。。


「うわぁぁぁ‼ お、俺をそんな眼で憐れむなぁぁああ‼」


 先輩が天音さんに向けて拳を振り上げた。

 それを見た瞬間、本能が俺の体を突き動かしていた。

 天音さんの危機。天音さんには触れさせない。


 物凄く体が熱い。

 キスをした時以上に体が熱くなっていた。

 そして、一瞬で先輩の所まで行くと、先輩の振り上げた拳を後ろから掴んでいた。


「――――っあ⁉ 誰だてめぇ、何すんだ……よっ‼」


 振り返った先輩がもう片方の手で俺にパンチを繰り出したが――、恐ろしいほどに遅い。

 ぱちんと先輩の拳を片手で受け止める。


「……んなっ⁉」


 先輩は目ん玉が飛び出そうなくらい驚いていた。

 あ、あれ?

 身体能力だけじゃない、動体視力も異常なほどに上がっていた。

 俺に何が起こった⁉

 いや、……今はそんなことを気にしている場合じゃない!


 掴んでいた先輩の手をくるりと捩じると、バシーンと音を立てて地面に倒れた。


「いだだだだだだ! 離してくれぇ‼」


 さらに、捩じりをいれる。


「いてぇぇぇ‼ いてぇぇぇよぉぉぉ‼」


「彼女にもう手を出さないって誓えますか?」

「分かった、分かったからぁぁぁ! 俺が悪かったです! ごめんなさい! 骨が折れちまうから手を離してくれぇぇぇ‼」


 ギブアップの印として、俺の手がバンバンと叩かれたので、パッと離してあげると――。


「っ……ぅぅぅぅ……ふわぁぁあああぁあん‼ こんな奴がいるなんて聞いてないよぉおおお!」


 先輩はしっぽを巻いて逃げてしまった。


 俺たちはキョトンとした顔で見合わせた。


「また助けてもらいましたね。ありがとう、八代君」

「いや、でも、俺――」


 すると、天音さんが耳元でこっそりと囁く。


「今の八代君には聖女の加護が付与されています。身体能力の強化と自己治癒が主ですが、パートナーのピンチにその人の潜在能力を最大限まで引き出すことができるようになっています」


 朝のランニングの異常なほどのスプリントは身体能力が底上げされていたということか。


 天音さんはそっと俺から離れると、微笑んだ。


「私、男性に守られるのって初めてだったので―――――すごく格好良かったです」


 あぁ、キモオタだった俺にこんな日常がやってくるなんて……本当に死ななくて良かった。

 幸せ過ぎて、泣いてしまいそうだよ……。

 その後、他の生徒に呼ばれた先生がやってきて事の顛末を話した。

 俺は天音さんのファンからも感謝され、天音さんを助けた男として学園で有名になってしまった。



――――――――――


※メインざまぁは一部の後半になります。

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