勉強会という名の親睦会

 勉強会――少しは期待したけれどそれは外れた。勉強どころかただの親睦会になっている。

 ここでの成績優秀者――樋笠ひがさ幡野はたの、F組の小原おはら南雲なぐもは確かに成績優秀だったはずだが、彼らの教えるやり方は暗記に特化したものだった。

 B6サイズのカードに要点を書き込んでいてそれを丸暗記するというものだ。すでに分担して試験範囲の途中まで出来上がっていた。コピーすれば俺の分も出来上がる。

 しかし――ノートを丸暗記するのとどこが違うのだ?

「ノート丸暗記とじゃね?」幸村ゆきむらはいつも俺の心を代弁する。

「ノートの半分以下だし覚えやすくなっているよ」どこがだ?

 樋笠たち頭の良いやつらにはこれが簡単なのだろう。俺みたいな凡人にはわからない。

「数学はどうすんの?」

「数学も同じだよ」

 数学のカードも見せられた。例題とその解法がセットになって一枚のカードにおさまっている。

「これを暗記するんだよ」こいつら数学まで暗記科目にしやがる。

「――そしてこれを何度も繰り返し見る」樋笠は英単語カードを次々見るように暗記カードを次々まくった。

「――だんだん速くする」フラッシュだぞ。読めないよ。

「なるほど」と幸村。こいつ本当にわかっているのか?

 しかし地道に教科書やノートを見返す勉強法は俺には合っていない。そんなことができるならもっとましな成績になっているだろう。

「応用が利かないのではないかしら?」名手なてもたまにはまともなことを言うな。

「数学はどうしても時間が足りない。難問とか応用問題に手をつけるくらいなら基礎問題を確実に解いた方が良いよ。小町こまち先生の数学なんて六割は教科書と副教材から全く同じ問題が出るのだからさ。そこだけに

 割り切りが大事なのだと教えられた。まあ今回はそれでやってみるか。

 ふと日葵ひまりを窺うとわずかに口許くちもとがフフンと笑っている。おそらくは俺しかわからない変化だ。ひょっとしたら日葵も樋笠に似た割り切りをしているのかもしれない。

 そして話し合いは今後の勉強会日程についてなされた。

 俺はふとメンバーはこれで良いのかと疑念を抱いた。仮にもE組F組の男女学級委員が揃っているのだ。門藤もんどう名手なて万永まんえい南雲なぐもがいて、成績優秀者の樋笠ひがさ幡野はたの小原おはらがいる。日葵ひまりも優秀者のひとりだ。そこにおまけのように俺と幸村ゆきむらがいるのだ。

 これだけで勉強会を開いて他の生徒に不満を抱く者が出てこないものだろうか。「俺も」「私も」と手を挙げそうなものだ。

 それに対して受け入れはどうなっているのだ?

 いくらでも迎え入れるのか?

 教室を一つ使うほど集まったらどうなる?

 まるで補習授業ではないか。

「俺たちだけで良いのか?」俺は呟いていた。

「このやり方で効果が上がるようなら広げても良いわね」名手が言った。「まずは中間テストで試すのよ」

「そうそう」樋笠も頷く。

 こいつらはこれで良いようだ。

「少数精鋭で良いんじゃね?」幸村の声が響く。

 異論を唱えるものはいなかった。何だか知らないが門藤と幡野は目を合わせ、F組の万永と南雲も顔を見合わせているぞ。そしてそれを名手が鑑賞している。

 もしや名手の目的はペアリングの観察なのではと俺は思った。こいつはほんとうは勉強会などどうでも良いのだ。

 そうなると俺は、俺と日葵が義理の兄妹になってしまったことを名手に気づかれないかと危惧した。

 だから俺は日葵とは関わらないようにしていたのに日葵の方が俺にちらちら視線を送って来る。それはおそらくこの会合の滑稽さとかバカらしさを共有したいだけだとは思うのだが、名手が見ていないところでして欲しいものだ。

山田やまださん、字が綺麗だね。とても読みやすいよ。それをコピーしてカードにしたいくらいだ」

 幸村の声がした。こいつは女子とコミュニケーションをとりたがるが、最近日葵ひまりに声をかけることが多くなった。クラスが違うのに親睦会のようなものを開くからそうしたチャンスが多くなったからだろう。

 俺と日葵の関係に名手が気づかないで済むからこうしたことは歓迎すべきことだと思う一方、俺は何だかむかむかして気分がすぐれないでいた。

 字を褒められた日葵は、両手でノートを覆って隠した。正直、そういう仕草が可愛くもある。

 幸村もその顔を可愛いと思っただろう。

 しかし――日葵の目だけは般若のごとく幸村を睨んでいた。

 怖い――その怖さに気づかない幸村は幸せ者だ。

 いや――単に空気が読めないだけか。

 名手が幸村と日葵のやりとりに目をやるのを俺は陰から窺っていた。

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