屋上に四人目

 俺と日葵ひまりはひょんなことから、いや日葵ひまりの企みにより屋上で弁当を食べていた。

 担任の古織こおり先生もいるから誰かに見つかってもきっと古織先生は何か適当な言い訳を考えてくれるだろう。そんな甘い考えを持っていたのだが、古織先生が予期していたかのようにそこに第四の人物が現れた。

 校舎に入る扉から顔半分だけでこちらを窺う怪しい女。

 俺はそいつに最初に気づいた。はっきりとした太いフレームの大きな眼鏡。編み込みの入った三つ編み。顔半分で十分に存在感がある。

「ほら、あんなのが来るから」

 ここで食べたらダメよと言わんばかりに古織先生は俺と日葵をたしなめた。自分だけ弁当を食べ終わっていて、今さら動きのとれない俺たちとは対照的だ。

「お邪魔しますです」

 古織先生に向かってそいつは言い、こちらに急接近してきた。ほとんど音もたてていない。か?

 日葵が誰?という顔をするので俺はそいつに「伊沢いざわさん」とだけ声をかけた。

 俺と同じ二年E組で新聞部に属する伊沢いざわだ。F組の日葵とは直接面識はないはずだから知らなくても不思議ではない。

 が、しかし、伊沢はこの学園ではどこにでも顔を出す女として有名人だったからその伊沢を知らない日葵は情報弱者だ。

「山田くんと山田さん――」伊沢が俺たちを交互に見た。

 やっぱりおかしいよな。俺はともかく、F組の日葵がここにいて弁当を食べているなんて。

「――同じお弁当」目敏めざとく見つけやがった。

「山田さんが作ったの?」伊沢の目が輝いているぞ。

「お母さん」日葵は平然と答えた。

 お前ではなく愛子あいこさんが用意したのかよ!

「うらやましい! 母の味」

 どういう意味だ。なぜか伊沢は感激している。なんだ、こいつは?

 しかしこいつに俺と日葵が同じ弁当を食べていることを知られるのはまずい。

「私、母の味知らないの。知っているのはお祖母ばあちゃんの味だけ」

「そうだったわね、おお、よしよし」古織こおり先生が伊沢の頭をでる。

 てか、なんで伊沢は古織先生の胸に顔をうずめているんだ? 泣いているわけではない。笑っているぞ。

い匂い。先生、良いお母さんになれますよ。おっぱいもやわらかいし」

「相手がいないわよ。知ってるでしょ?」古織先生はすぐに伊沢を突き放した。

「ぷはー」伊沢は満足そうに笑った。そして日葵ひまりに言う。「お母さんの味、味見させて」

「良いわよ」おい日葵!

 日葵は玉子焼きをひとつ箸でつまんで伊沢に食べさせた。

「オイシー!」伊沢のまわりに花が咲き乱れ、天使が現れた、ような幻覚を俺は見た。

「――私、口は固いから」伊沢は俺に言った。

 もしそうなら日葵の餌付けは成功したわけだが本当にそうか? こいつは新聞部のパパラッチだぞ。校内新聞とは別にSNSで何かと校内情報を拡散しているヤツだ。俺と日葵の訳ありな関係を暴露しない保証はない。

「――そうそう、先生に用があるのでした」伊沢は何やら古織先生に耳打ちする。

 何だかこの二人の方が秘密を抱えていそうだ。

 古織先生の戸惑ったり喜んだりする様子が新鮮だ。

 この先生、無味乾燥な授業しかしないからな。クールビューティーどころか名字の「コオリ」を文字って「アイスドール」と呼ばれている。

 その古織先生が伊沢の囁きに興奮しているのだ。

「これにて伊沢のホウレンソウ終わりです」

 伊沢は敬礼して去っていった。

「大丈夫なのですか?」俺は古織先生に訊いた。

「あの子は大丈夫よ。無害だし」

「そうですか」

 俺は安堵したが日葵は不服そうに頬を膨らませていた。

 こいつはもっとスリルを求めている。秘密がバレそうになるのを喜んでいるのだ。何ならバレても良いとさえ思っているのではないか。

 とにもかくにも、これからこの三人で屋上ランチを食べる日が月に三度くらいあるようだ。やれやれだぜ。

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