ホログラムの恋人

nobuotto

第1話 豪邸

「ほお、こうやって近くでみると、やっぱり豪勢な家だねえ。この辺りは金持ちばかりだけど、この家は一回り大きいもんなあ」

 遠藤巡査部長は閑静な住宅街の家を見上げて盛んに感心している。

「やっぱセコムだな。俺も定年退職したらセコムで雇ってくれないかねえ」 

 豪奢な家が立ち並ぶ区画の中でも、頭ひとつ高い、三階建ての瀟洒た家である。日が暮れると薄青い光で自動的にライトアップされるので、より一層目立つのであった。

「この豪邸にそんな若造がねえ。時代ってのは怖いもんだ」

 新米巡査長の菜々も夕暮れの中にライトアップされ佇んでいる邸宅を、うっとりと眺めていた。

「素敵ですよね。海外のホテルみたい。で、部長。若造でなく、長谷川さん、あの会話システム”スピーク”を開発した天才科学者の長谷川さんですから、若造なんて言わないで下さい」

「リケジョ、長谷川ってのはそんな有名な奴かい」

「常識ですよ。それから巡査部長!」

 奈々が睨むと「おっといけない、河合巡査長どの」と遠藤は言い直した。

 奈々はキャリア組の研修として4月から交番勤務となった。

 国立大学理学部院卒のキャリア組と聞いて遠藤は配属された奈々をリケジョと呼んでいた。遠藤としては、理系・文系を超えた逸材と尊敬の念を込めて呼んでいるのであるが、「リケジョ」と呼ぶ度に奈々に睨まれていた。

 奈々も遠藤に悪意が無いのは分かっているが、市民の前でこのような差別的な呼び名を言うことは、それだけで問題になるご時世なので、「リケジョ」と呼ばれる度にしつこく文句を言って訂正させているのであった。

「部長まだ十年前の携帯使ってるから知らないでしょうけど。みんな長谷川さんのアプリ使ってます」

「アプリねえ。アプリよりセコムだなあ。それにしても、いやあ、若いのに、セコムだもんなあ」

「スピークはですね、相手の会話記録を学習させると、まるで本人と話しているように会話できるんです。これまでの会話システムっていうのは、会話のデータをそのまま繋いでいただけなんですけど・・・」

「しかし、セコムがあるから外部から入るのは至難の技だなあ」

 遠藤の理解を超えていることがわかった奈々は説明するのを断念した。

「で、なんでその天才科学者とやらの豪邸に、俺が来なくちゃいけないんだっけ」

「だからですね、長谷川さんの友人の桜田さんからの依頼があったって、本庁から連絡が来たからでしょう。あの桜田さんからですよ」 

「あのって言われてもなあ。桜田っていうのも、これまた偉い奴なんか」

 遠藤に聞こえるように奈々は”ふー”と大きな溜息をするのだった。

「ええーと、これ知りませんよね、きっと」

 菜々はスマフォを取り出すと、手のひらに乗せ、画面を縦に伸ばす動作をしてタッチした。

 するとスマフォの上に男性が現れた。

「なんだ、そりゃあ。打ち出の小槌か」

「古すぎ。それに振ってないですし。ホログラムですよ。それも昔と違って質感まであるホログラム。これを発明したのが桜田さんです」

「へえ、凄いねえ。彼氏か」

「違います、韓国の俳優です。そうでなくて、色々な種類はありますが、みんな使っています、常識ですよ」

 ボックスの中の小さな男性を触ろうとしたが、遠藤の手は男性をすり抜けていった。

「この桜田さんのホログラムと、長谷川さんは会話システムは大学時代に基礎研究が終わって、卒業と同時にベンチャー会社を作ったんです。日本の大企業から幾つもの買収提案があったのですが、お二人はフランスの友人の会社に合流して製品化を実現したんです」

「やけに詳しいんだな」

「だって、私の大学の先輩ですから」

「そうかあ、やっぱり、すごいなリケジョは」

「私が凄いわけじゃないですし、あ、また言った」

 遠藤は菜々の視線を避けるように腕時計を見た。

「もう、そろそろ来る頃か」

 遠藤に答えるように後ろから声がした。

「済みません。遅れました」

 その声に反応するように奈々が嬉しそうに振り返った。

「あっ。桜田さんだ」

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