第2話 善意で舗装された道

「フィシカ、この前は俺の不注意でごめん。これお詫びに」


 登校して教室に着くや、はにかんだビークの手で渡されたハンカチ。見るからに女性向けの凝ったデザインで、小鳥と蔦と苺の刺繍が美しい。

 綺麗過ぎて日常使いには向かないかな、余所行き用にした……いやちょっと待て。今私の真横に物凄い形相の背後霊かのじょがいる! 分かる、気配がビンビンする!


「え、いい。受け取れない」


 これを受け取れば確実に目を付けられる。なんなら教室の女子があっという間に回覧を回して、何あいつと敵視されかねない。絶対にお断り案件よ。あなたの背後霊が物騒過ぎてとても嫌!


「でも、ハンカチ駄目にしちゃったし」


「気にしなくていいから。本当……に……」


 嘘でしょ、逆に殺意の波動が増したんですけど。横からビシバシ殺気飛ばして来るんですけど。何このひと、もしやお前如きが拒否ってんじゃねえぞとか思ってる?

 いや賭けてもいい。受け取っても絶対殺意飛ばして来る、こういうタイプは。


「……気に入らなかった? 似た物を探したんだけど、近いのがこれだったんだ」


「あ、いえ、素敵なデザインだと思う。けど」


 ビークの悄気た表情が罪悪感を煽る……周囲の視線の圧も比例して増えたね。右向いても左向いても私だけ絶体絶命なのおかしいでしょ。誠実な対応が逆に私の首を絞める。

 うん、ビーク本人に責任はないのよ。申し訳ない、でも私も我が身が可愛い。あなたの背後霊が私の背中に越して来たら最後、次の日にお亡くなりになる末路しか想像出来ないから。


「立派過ぎて受け取れないの。本当にもう充分」


「悪いフィシカ、黙って受け取ってくれ」


「は?」


 ずいと押し付けられ、思わず受け止めてしまった。不意打ちで寄越したセナに引きつった顔を向けると、あちらもあちらで複雑そうな顔。


「何軒も回って女向けの店に入るのは割と苦行だったから……」


「あ、はい」


 この一度で済ませたかったのね、了解した。でも私に向けられてる圧をあなたにも分けてやりたいこの野郎。

 そしてギリギリと微かに聞こえる歯軋り。結局私に全てが集中砲火。おのれ人間、理不尽の権化か。


「あの」


 ビークが口を開いたタイミングで予鈴が鳴った。これ以上謝罪や礼を言われても困る。私は気付かないふりで席に着いた。



***


「……」


 ギリギリギリギリ……


 非常に残念なお知らせです。このひと、ばっちり私の背後に乗り換えてやんの。

 くっ……とうとう明日をも知れない身の上になってしまった。即死性高そうな悪霊となんてやってけるか、私は帰らせて貰う! と声を大にして言いたい。どうにか追い払えぬものか。


「こうなったらもう形振り構ってられないわ」


 なんとしても彼女には神の御元へ行って貰う。無念やら未練だとかは綺麗さっぱり断ち切って、この世から消えてちょうだい。私は生きる。

 背後からはギリギリと歯軋りが絶え間ない。ビークへの飽くなき執着がどこから来るのか、調べ上げる必要があるわ。幸い手がかりもある、ここの元生徒なのは一目瞭然だしね。


「まずは校内新聞かしら」


 彼女の制服、ほぼ同じだけど今私達が着ているのとリボンが異なるのよね。制服リニューアル前に事故があったか、そこら辺から辿ってみましょ。

 死因は恐らく頭部の損傷、頭蓋骨挫傷だから飛び降りもしくは殴打による撲殺か事故。自殺も他殺も可能性あり。


 その上でビークに所縁があるかもしれないし、ないかもしれないのか……ちっとも絞り込めないわね。

 なまじ顔が良い分、赤の他人であれ気に入られただけって可能性が高い。まあそれはそれでちょっと可哀想かも。取り憑かれる側は迷惑しかないし。


 私の知る限り、人を幸せにする幽霊なんてそういない。守護霊って滅多にいないのよ。いる程の人にはそれ相応の守護霊だから、守備範囲が広くて恩恵に与る人も多い、が正解。

 普通の人にはそんなガーディアンまず存在しないのよね。私にもいない。ただ見えるだけの特技で、難儀で、欠陥よ。苦労はするけど幸福感には繋がらない。


「はあ……しんどい」

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